第7話 エディール国王夫妻は困惑する

 その頃、各国は神官から聞いた内容に驚愕し、呆れを通り越して怒りに満ちていた。

 エディール王家がしたことは、決して許される行為ではなく、寧ろ国としての存亡すら危うい立場になったことを表している。

 そんな事を知らずに、他国を外遊していたエディール王国の国王夫妻は、他国の客間にて寛ぎながら上質なワインを飲んでいた。



「ディティール王国は酒が美味いな。ワインが特産なのが売りと言うのが田舎臭いが、この味には金を幾らでも支払っていいくらいの品物だ」

「ええ、本当に」



 各国の神官たちが慌てふためき、国王に事の次第を伝えている最中、エディール国王夫妻はそんなことも知らずに、隣国のディティール城でワインを楽しんでいた。

 しかし、先ほど神官たちが慌ててディティール王を呼んでいた事には、あまり興味はないようだ。

 上質なワインに極上のチーズ、朝から酒浸りのエディール国王夫妻を咎める者はいないが、メイドたちからは不満の表情が見て取れる。



「おい、ワインが無くなったぞ。新しいものを持ってこい」

「……かしこまりました」



 まるで自国のように振る舞う様に、メイドたちは無表情で次のワインを取りに行こうとしたその時だった。

 客間のドアが荒々しく開き、怒りの形相のディティール王が駆け込んできたのだ。

 尋常ではないその様子だが、エディール国王夫妻は気にもしない。



「如何された? そんなに慌てて」



 クスクスと笑うエディール国王夫妻を前に、冷静でいられる他国の王はそういないだろう。

 それでもディティール王は何度も呼吸を正そうと試み、幾分冷静さを取り戻した様子で椅子に腰かけた。



「エディール王よ、確認したい事がある」

「なんだね?」

「……精霊王の花嫁を、自国の王太子の婚約者にしていたのは、誠か?」



 冷え切った言葉に、エディール王は持っていた空のワイングラスを落とし、床にガラスの破片が飛び散った。

 絶対にバレない様にしていたのに、何故ディティール王がその事を知っているのか理解できず、背中に汗が流れる。

 しかし、エディール王のその様子は、間違いではないと言う証でもあって、ディティール王は険しい表情で国王夫妻を睨みつけた。



「先ほど、精霊王様のご神殿より、エディール王家が精霊王の花嫁様に……聖女様にしてきた罪状を聞いてきたところだ。精霊王様は酷くお怒りであるぞ」

「一体何のことを」

「しらを切るつもりか? それも良かろう。だが、聖女様を奴隷に堕とし、更に偽聖女を王家が称えている現状を、我が国も許すことは出来ぬ。即刻自国へと戻り、精霊王様の沙汰を待つことだな」

「どういうことだ! あの娘を奴隷に堕としただと!? 一体誰が!」

「聖女様をあの娘呼ばわりか! この馬鹿者め!! 奴隷に堕としたのは貴様の愚息、ニコラスだぞ!」

「「なっ!!」」

「聖女様と婚約させたと言う罪だけでも大罪だと言うのに、その愚息は聖女様をないがしろにした挙句、堂々と浮気までするとは!! 貴国はどんな躾をしていたのだ! 何と嘆かわしく、何と恥知らずな! 即刻、この国を出ていくがいい!!」



 最早怒号に近いディティール王に、エディール王は言葉も出ず、顔面蒼白のまま身支度を急ぎ逃げるようにディティール王国を後にした。

 何かの間違いであると信じたい。

 だが、我が子でありながら、その我が子を信じられないでいたのだ。



「ユーズル……これは何かの間違いですわよね? 聖女を奴隷に堕とすなんて真似、あの子がする筈ないわ。誰かに唆されたのよ」

「そうであったとしても、聖女を奴隷に堕としたとなれば事だぞ? 国の存亡に関わる事なのだ。まさかあの息子がそんな真似をするとは思いたくはないが、一体何が起きているのだ……」



 ――うちの子に限って。

 親ならば誰しもが思う事だろうが、エディール王夫婦はその考えが特に強かった。

 だから毎回見て見ぬふりをし、毎回別の者に罪を被せていたのだ。

 だが、他国がその現状を良しとしない程の出来事と、絶対にバレてはいけない事がバレてしまった。

 急ぎ国へと帰り、事態の把握に努めなくてはならない。

 しかし――悪い事とは続くもので、悪天候で馬車は中々進まず、自国へ近づくにつれ、草木は枯れ、陽の光を浴びることもなく、空気は淀み、何時もなら清らかな川すら淀んでいた。

 それは、精霊たちがエディール王国を見捨てたと言っているのと同意であった。



「これは一体……」

「なんて酷い有様なの!? あぁユーズル……あの子は精霊王様を怒らせてしまったの? 何故こんな酷いことが精霊王様は出来てしまわれるの? ちょっと花嫁を借りていただけじゃありませんの!」

「その花嫁をちょっと借りたのがいけなかったのだろう……」



 実際問題として、花嫁を借りると言う考え自体が間違いなのだが、エディール王族はそんな事は関係ないのだ。

 自分たちの考えが世界のすべてと言う根強い考えに基づき、二人は悪路の中、精霊王への怒りをぶちまけていく。


 ――傷物にしたわけでもないのに、何故こんな目に国が陥らねばならないのか。

 ――仮に傷物にしたとしても、それは自分たちのせいではない。



「そもそも、聖女が我慢して息子のそばにいれば、こんなことにはならなかったのですわ!」

「全くもってその通りだ。息子はあんなに良い子なのに、聖女は見る目がない!」



 節穴の目である二人には、嫌われ者の王子は民に慕われる王子だと思い込んでいた。

 実際は違う訳だが、この二人の息子が故に、歪んでいるのは仕方のない事だろう。



「それにしても寒いですわね」

「おい、誰か生活魔法で馬車の中を暖かくしてくれ」



 護衛騎士の中には、生活魔法が得意な魔導士も数人付いて来ている。

 だが彼らは生活魔法を幾ら唱えても、精霊たちが反応しない事を既に確認済みだった。



「恐れながらご報告いたします」

「何だ」

「……エディール王国が近づくにつれ、生活魔法も攻撃魔法も、いいえ、あらゆる魔法が使えなくなっております」

「なんだと!?」

「この地に精霊が居なくなっていることの証かと……」

「おのれ精霊王め!! エディール王家を馬鹿にするとはいい度胸だ!!」

「即刻、国に帰ったら神殿に兵を送りましょう! 王家を馬鹿にする精霊王等、この世界に必要ありませんわ!!」



 恐ろしい言葉を口にする国王夫妻に、護衛していた騎士や魔導士たちは驚愕した。

 精霊王の神殿に兵を送るなど、断じて許されない事だからだ。

 そんな事をすれば、他国から一斉に兵をおくられ、国は一夜にして亡ぶと言っても過言ではないのだから。



「どうかそのようなお考えはお止めください!」

「精霊王様に誠心誠意謝罪し、許しを請うのです!」

「ええい! 黙れ!! 貴様たち誰に口答えしている!!」



 そう叫んでも事態は変わることはなく、寧ろドアを開けて叫んでいたため、馬車の中は更に寒くなり、国王夫妻は毛布を取り出し、暖を僅かにとりながら、悪路を進むことになった。

 しかし、ディティール王国で最低限の食糧や水を用意しておけば良かったものを、国王夫妻はその事をしていなかったのだ。



「喉が渇いたぞ! 水を出せ!」

「生活魔法が使えません」

「寒いぞ! 火をおこせ!」

「精霊たちがいないので無理です!」



 喚き散らす程に喉は乾き、徐々に外気温は下がっていく。

 外を護衛する騎士達や魔導士たちの体力の消耗は激しく、馬車を引く馬すら言う事をきかなくなっていった。



「何故王国に着かないのだ!! 何故こんなにも悪天候なのだ!! 何故太陽が見えぬのだ! 何故! 何故!!!」



 国王が何度叫んでも、精霊たちが呼び声に反応することは、一切無かった――。








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 アクセス頂き有難うございます。

 まずは、エディール国王夫妻からのザマァへの入り口回でした。

 短い内容でしたので、時間があれば夜頃また更新したいと思います。


 この親にしてあの愚息あり。


 と言うのを前面に出してみました。

 親がまともなら、まだ救いがあったかも知れない……けど、阿呆王子を考えると

 まともな親ではないだろうなあ~と言う事で。


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 今後も応援して頂ければ幸いです(`・ω・´)ゞ

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