第6話 お願い事と、毒餌のついた釣り竿と

 歯を食いしばり、今にも泣き叫びそうな表情をしているラズに、わたくしは優しく微笑んで彼の頬を撫でた。

 悔しかった、苦しかった、悲しかった、辛かった。

 色々な感情が湧き上がるけれど、それ以上に今は、わたくしの家族と同じくらいに傷ついている精霊王の彼を抱きしめたかった。



「大丈夫ですわ……わたくしは貴方のお側に」

「ラシュリア……」

「迎えに来て下さらなかったら、舌を噛んで死んでいる所でしたもの」

「そいつは洒落にならねぇな。エディール王家には、厳しい処罰を与える。今以上の処罰をだ」

「解りました。ですが、お願いがございます」



 怒りに震える声を遮るように、わたくしが言葉を口にすると、ラズは黄金の瞳をわたくしに向けて続く言葉を待ってくれた。



「……民は、わたくしを想い泣いてくださいました。王家は腐っているのは事実ですが、罪なき民が苦しむのは……わたくしには耐えられません」

「ラシュリア……」

「それと、わたくしの実家の事も心配です。生活魔法が使えなくなった今、エディール王国の空気は淀み、何時病魔が蔓延るかもわからない状態なのです。それともう一つ、ラズ、貴方にしか頼めない、わたくしからの王家へ……いいえ、ニコラスへの復讐の手伝いをして頂きたいのです」



 最期の言葉は思いもよらなかったのだろう。

 ラズは黄金の瞳を見開くと、直ぐに「どういうやり方だ?」と聞き返してきた。



「わたくしが牢屋に居る時、ニコラスと偽聖女のアーチェリンが訪れました。そこでニコラスに、国の貴族たちを招いてアーチェリンに精霊王の神殿へ……今の現状を打破するために、精霊王様に直談判するのはどうか、と言う提案をしたのです。それも大々的に。ニコラスはやる気でしたし、それを是非、神官様を通じて指示して頂ければと思います」

「そいつは良い。王家の面子も丸つぶれに出来る上に、偽聖女であることも知らしめることが可能となるしな。良い案を思いついたじゃないか。咄嗟とは言え、知恵者だな!」

「お褒めに預かり光栄です」



 わたくしの提案に対しては、シャルも乗り気になってくれた。

 シャル自身、あの王家は腐敗しきってると思っていたらしく、ならば徹底して潰しに行こうと、まるで遊びに行く感覚で語りだしたのだ。



『エディールの神官たちも今回の話は聞いているから、今頃大慌てだよね。そこで精霊王様から、新しい聖女が現れたそうだが、神殿には来ることが出来るのか? みたいに焚きつけて、是非、新しい聖女と言うのならば神殿に来るように。って通達すれば、あの阿保王子は喜んで式典をするよ!』

「そこで結界を超えられないとなると、偽りの聖女となる訳だ」

「わたくしは通れるのかしら……」

「通れるも何も、この神殿に来ている時点で結界を通ることは出来てるぞ」

「それもそうでしたわね」

『じゃあ、一つずつラシュリアの心配と悩みの種を消していこうよ!』



 元気いっぱいのシャルの言葉に、ラズもわたくしも頷くと、わたくしがお願いした内容についてラズは真剣に考えてくださった。


 エディール王国に風の精霊だけでも派遣する事。あんなにも空気が淀んでいれば、いつ病魔が巣食い、沢山の命が消えるか分からなかったからだ。

 それに、火が使えなくとも、生命の基礎ともいえる水魔法だけは使えないかと提案すると、ラズは渋々ではあったものの、了承してくださった。

 そして「これらは聖女様からのお情けである」と神官に伝え、国民に伝えるようにと指示を出すことを決めてくれた。


 更に、両親の住む領地に至っては、精霊たちを元に戻すことを約束してくれた。

 しかし、大々的に戻せば国から領地を没収されてしまうかも知れないため、ひっそりと、そして全て願えば使えると言う訳ではなく、三回に一度は火が使えるように精霊たちに働きかけることを約束してくれた。

 これで両親の住んでいる領地は、少しだけ安心できるだろう。


 それでも――。

 両親の目の前で奴隷印をつけられたことに関しては、悔やんでも悔やみきれない。

 あの時の父の顔を、母の顔を、弟の顔を思い出すと……今も胸が締め付けられる。



『ラシュリア……』

「……せめて、式典が終わったらお前の家族を呼び、面会の機会を与えようと思う。それまでは……すまない」

「いいえ、わたくしの我儘ですわ。それより、わたくしが精霊王様に連れていかれたことは、エディール王国では広がっている事なのでしょうか?」

『そこは国民に広がっているよ。王都では王家への怒りで何時爆発するかもわからない程の増悪で満ちている。外遊中の国王夫婦がいつ戻るかは分からないけれど、タダではすまないんじゃないかなぁ』



 淡々と語るシャルに、わたくしが溜息を吐くと、シャルは苦笑いしながらわたくしの頬を撫でてくれた。ラズもそうだけれど、シャルもわたくしに優しくしてくれて、涙が溢れだしそうになってしまう。

 エディール王国の王族は許すことはできない。

 けれど、民が苦しむのは辛いと言うわたくしの心を汲んでくれる二人に、今は感謝しか無かった。

 ――その時だった。

 客間に男性が数人、今にも転びそうな勢いで駆け込んでくるや否や、わたくしたちに向かい深々と土下座したのだ。



「何事だ」

「精霊王様! そして聖女様! この度のエディール王国に対し、どうか寛大なご配慮をお願い致したく!」

「せめて前のように生活魔法が使える程度には……どうか寛大なお心を持ってお願い致したく!」



 何事かと思えば、今生活魔法が使えなくなっていることに対する不満を伝えに来たようだ。

 しかし、先ほど話し合って纏め上げていたのに、ラズは一気に不機嫌になってしまった。



「何かと思えば、そんな事か。お前たちの王国の王家が、我が妻にしたこと許し難い」

「それは……」

「王族の首でも持ってくるのなら考えてやらん事はない。どうだ? ニコラスとやらの首でも差し出すか?」



 思わぬ言葉にわたくしが息を呑むと、シャルは口に人差し指を添えて静かにしているようにと指示を出してきた。

 きっとラズなりに考えがあるのだろう……。私は静かにその様子を見守ることにした。



「お……王家のお世継ぎ様はニコラス様しかおりません!」

「どうか、それだけはご勘弁を!」

「話にならんな。どのみち消えゆく王家など、民を思えば首を差し出すくらいしか使い道はないだろう?」

「き……消えゆく王家とは……」

「言葉通りの意味だ。精霊王、そしてそれに連なる精霊たちは今後、王家を助けることは一切しない」



 この言葉に、神官たちは息を呑み、わたくしも眼を見開きラズを見た。



「しかし」

「「「!」」」

「我が妻、ラシュリアによれば、新たなる聖女が現れたと聞く。その者が本当に精霊王の花嫁なのか、聖女なのか。本当に聖女であれば、王家を見捨てずに様子を見ることも可能だろう」



 ラズの言葉に神官たちは一気に顔色を悪くした。

 ――神官たちには解るのだ。

 アーチェリンが偽聖女であり、わたくしこそが聖女であることを知っているからこそ、言葉に詰まっている。

 わたくしに奴隷印を押すきっかけとなった偽聖女、アーチェリン。

 彼女は精霊王の怒りに、王家共々触れたのだ。



「それは……少々難しく」

「何が難しい。新しい聖女だというのであれば、連れてくることは簡単なはず。結界を超えることは可能だろう? それを何故難しいと言うのだ。理由を申してみよ」

「それは……」



 口篭もる神官たち。

 その瞳は、わたくしに助けを求めていたが、神官たちがシッカリ働いていれば、わたくしとて奴隷印を押されることなく、精霊王の許へ来ることが出来たのだ。

 少しは彼らにも罪はあるだろう。

 続く沈黙に、耐えかねたように神官は溜息を吐き、自国が亡ぶ様を見ることを決意したかのように項垂れた。



「……精霊王様、発言をお許しください」

「何だ」

「エディール王家の王太子、ニコラス様が囲っておられる聖女は、聖女では御座いません」

「ほう? ならば、何故他国から祈祷金として聖女の家に送られていた金を、何故あの女が使っているのか説明して貰おう。この事は他国の神官を通し、各国の王家に通達をする」

「……畏まりました」

「それで、説明は?」

「……ニコラス王太子が……聖女であると言って聞かず……申し訳ございません」



 最早、取り繕う事もやめてしまった神官たちは、王家の暴走を、いいえ、阿呆の暴走を止めるだけの手段が、自分たちには無い事を伝えた。

 激しい浪費。それに加え、生活魔法が使えぬことによる苛立ちを、メイドや目についた騎士たちにぶつけて居る事。そして、阿呆に刺激を与えぬように、城は静まり返っていることを伝えてきた。

 しかし、それが一体何だと言うのだ。

 自分たちの尻ぬぐいくらい、自国でして貰わねばならないし、国を支えるべき次期国王がそれでは、最早亡んだと言っても過言ではないではないか。

 呆れた溜息を吐くと、神官たちはビクッと身体を震わせた。



「ですので……寛大な処置を」

「する必要はないな。だがいい機会だ。阿呆の目を覚まさせるためにも、その偽聖女とやらを国を挙げて大々的に神殿に来る式典を行えばよい。いくら阿呆でも目を覚ますだろう」

「それで、精霊王様の留飲が下がると言うのであれば……」

「ただし、偽聖女には神殿へと向かってもらう。途中で結界に阻まれるだろうが、それを大勢の貴族なり民に見せつければよい。我がエディール王国をどうするのかは、その結果次第で考えよう」



 助けるとも言っていない。

 だが、見放すとも言わなかったラズの最後の言葉に、神官たちは青かった顔色を少しだけ持ち直させ、立ち上がると最大の礼をもって退出していった。

 後に残ったわたくしたちは、少しだけ長めの溜息を吐くと、シャルは呆れた様子でラズを見上げる。



『助けるとも言わない、見放すとも言わない。けれど心の中では決まってるんだよね?』

「まぁそうだな」

『悪い精霊王だ』

「結局、どう致しますの? 助けますの? 見放しますの?」

「ああ、もう少し様子を見させてもらおうかと思っている。まぁ結果は予想通りになりそうだが、あいつらが何度も神殿に来られるのも面倒くさいというのもある。それに、他国への連絡や確認事項が多すぎるからな。エディール王国だけに構っている暇などないのが本音だ」

「でしょうね」

「シャル、命令だ。各国の王を鏡の間に集めさせ、先の神官たちからの情報を聞いた各国の対応を確認してきてくれ。その結果を精査したのち、沙汰を決めることも頼む」

『はーい』



 そう言うと、シャルはパッと光ると同時に部屋から消え、大きく溜息を吐いたラズは、冷たくなった紅茶をわたくしの分も下げ、新たに温かい紅茶を淹れてくれた。

 確かに確認することは山のようにあり、各国の王族と語り合わねばならない事は多いのだろう。精霊王とは何かと忙しい存在なのだと、改めて痛感した。



「ラズ、阿呆たちはわたくし達が、いいえ、貴方が巻いた餌に食いつくかしら?」

「どうかな。阿呆たちが餌に食いつくのかも見ものだが、他国の王たちがどう行動するのかも見ものだな」






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 寝る前に投稿。


 次回からは少しだけザマァ回が始まります。

 とは言え、今日は少々忙しいので、更新時間は不定期です。

 出来るだけ早めに更新したいと思いますので、応援よろしくお願いします!


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 とても励みになっております/)`;ω;´)

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