第5話 事情聴取ですもの、包み隠さず伝えますわ

 翌朝、気分良く目覚めたわたくしは、はだけたガウンを綺麗に戻し周囲を見渡した。

 昨日までは牢屋の中で、尚且つ競りにかけられていたのに、精霊王様に落札して頂き、今は精霊王の神殿の自室にいることを再確認する。

 窓から差し込む明るい光に目を細めていると、パンッという音と共に、フェルがやってきた。



『おはよう花嫁ちゃん、良い朝迎えてる?』

「おはようございますフェル様」

『僕の事はフェルでいいよ。様なんてくすぐったいや』



 そう言って微笑む可愛らしいフェルに、わたくしは頷き返すと、フェルはわたくしの肩に腰かけクスクスと笑っている。何か楽しい事でもあったのだろうか。



「そう言えば精霊王様は?」

『ラズならトイレに篭ってるよ。花嫁を起こしに来たら、見事にガウンがはだけて、ほぼ裸の姿をみちゃったからね! 凄く刺激が強かったみたい』

「……御見苦しいものをお見せしましたわね」

『ラッキースケベだよ、アレは』



 顔を真っ赤にしつつガウンを握りしめて言うと、フェルは笑い声をあげながらわたくしの頬をトントンと叩いてくれた。

 小さい手が何ともくすぐったい。

 取り合えず、ほぼ裸の姿をお見せしてしまったことは後で精霊王様に謝罪することにしよう。そして、起きてくるまで部屋に入るのをやめて頂こう。わたくしはお世辞にも寝相が良いとは言えないのだ。



『朝食は出来てるよ。パンに温かいスープにサラダ。後は、飲み物は何が良い?』

「そうですわね……朝は珈琲が助かりますわね」

『後でラズに伝えておくよ。まずは食卓へ案内するから行こう』



 そう言うとフェルはフワリと飛び、暖かみのある食卓へと案内してくれた。

 神殿こそは石でできているけれど、やはり精霊と言うだけあって木を使った家具がとても多い。それでいて、ちゃんと石造りと調和するように置かれている家具を見ると、精霊王様のセンスの良さを感じられる。

 案内された椅子に座り、精霊王様が訪れるのを待つこと10分ほど。彼は少しスッキリした様子で食卓に現れ、わたくしを見て一瞬顔を赤くしたまま目線を背けたものの、咳払いをすると朝の挨拶を軽く行い、ご自分の椅子に座られた。

 途端騒がしくなるのは他の小さな精霊たちだ。

 精霊王様の周りを嬉しそうに飛び回り、その余波はわたくしにまで及んだ。



「人間の食べるものの味を楽しむ精霊たちもいるんだ。だが、この小さな精霊たちは自分の口では食べ物を食べることはできない。だから、精霊王、またはその花嫁が口にするものを通して、食材の味を楽しむんだ」

「まぁ、初めて知りましたわ」

『精霊王が元気で健やかに食事をしていれば、他の小さな精霊たちも健康で居られる。本来であれば、10歳になったラシュリアが神殿に来て共に過ごし、その恩恵を小さな精霊たちが分けてもらえるはずだったんだ』

「ところが……ですのね」

「まぁそう言う事だ。小さな精霊たちは花嫁を祝福しているし、美味しく食べて貰えた方が俺としても作り甲斐がある。さ、食べようぜ」



 こうして朝食を頂くことになったものの、わたくしの頭の中では、これから行われるであろう事情聴取、そして沢山の確認事項が沢山渦巻いている。

 味を楽しむ余裕があるかと言われると、中々に難しい……。

 それでも、精霊たちが喜んで味わっている姿を見ると、少しだけ気持ちは和らいだ。



「食後は珈琲だったな」

「え? ええ……フェルからお聞きになりましたの?」

『僕とラズは繋がっているんだ。だから分かるんだよ』

「それは……精霊王様は沢山の精霊たちと繋がっていると言う事でしょうか」

『まぁ、大まかに言えばそうかな?』

「それでもフェルは特別だ。ほれ、珈琲」

「有難うございます」



 精霊王様から珈琲を受け取ると、フェルがミルクと砂糖を用意してくれた。

 ちょっとした気遣いにお礼を伝え、ほんのりと甘い珈琲を飲むと、精霊王様はわたくしが食事を食べ終わるのを待っていたのだろう、何かを伝えたそうにしていらっしゃる。



「それで……花嫁」

「はい」

「俺の事は、ラズと呼んで欲しい。それと朝はすまない。同意なしにお前の裸を見たんだからペナルティはあって然るべきだと思っている」

「ペナルティですか? では、わたくしのことをラシュリアとお呼び下さいませ。それで当面は許して差し上げます」

『良かったねラズ……当面は許してくれるって』

「あぁ……これが嫁の強みと言う奴だな……」

「想像するのはタダだと昨日宣言しましたもの。想像の中では存分に楽しんでくださいませ」



 わたくしのトドメの一言に、ラズは口に含んだ珈琲を吹き出した。

 精霊王とは言え、彼もまた一人の青年。そう、所詮はオスなのよね。

 盛大に咳き込むラズを他所に珈琲を飲んでいると、シャルは声を出して笑い、ラズは涙目で口元をタオルで拭い、呼吸を整えた。



「食器類の片づけ位は出来ますわ。奴隷として購入なさったのですから、洗い物や掃除と言った雑多の事はお任せくださいませ」

「確かに奴隷として金は払ったが、それは人間社会に合わせてやっただけで、俺はラシュリアを奴隷として扱う気はないぞ」

「ですが、世間一般では奴隷とはご主人さまの命令は聞くものです」

「ふむ、ラシュリアがどうしても奴隷として接して欲しいと言うのなら、そういうプレイと思ってやってみるのもありかな?」

「そう言うプレイとか言うのはどうかと思いますわ。仮にも世界を守る精霊王様が脳内ピンクみたいな発言はお止めください」

『いや、ラシュリア。ラズは君限定で結構脳内ピンクだよ?』

「聞きたくなかったかもしれない……」

「男の性って奴だ」



 開き直ってニカーッと微笑む精霊王様……いいえ、ラズにわたくしが溜息を吐くと、結局家事に関してはラズの趣味でもあるので、一緒にやるくらいは大丈夫だと許可を貰った。

 意外と庶民的な精霊王のラズに、貴族男性ではありえない事のオンパレードでついていくのがやっとではあるけれど、それはそれで刺激のある日々になるのかも知れない。

 そもそも、精霊様を人間の枠組みをはめようとするのがいけないのかも知れないしね。

 家事が一通り終わると、わたくしはラズに呼ばれ、最初に通された客間のような場所に案内された。

 ついに、事情聴取されるのだと分かり、背筋を伸ばす。

 奴隷である以上、彼に隠し事は出来ない。包み隠さず話すつもりだ。



「一息入れてから色々聞きたいところなんだが、各国の神官たちにも通達を急がねばならない事案なんだ。ラシュリアがエルディール王家で受けた内容、そして奴隷に堕とされるまでの出来事を、色々と隠さず教えて欲しい」

「承知いたしました。記録は取られるのでしょうか」

「ここに紫水晶があるだろう? これが声を記録して各国の神殿に流せるようになっている。今頃、各神殿の前にある水晶の前には沢山の神官たちが固唾をのんで待っているだろう」

「解りました。全てをお話しいたします」



 こうして、わたくしは10歳の誕生日にまで遡り、エルディール王国での精霊王の花嫁の扱を語り始めた。




 ・・・・・・



 エルディール王国から、我が男爵家に王家から書簡が届いたのは、わたくしが10歳の時だった。

 既に生まれた時には精霊王の花嫁であることが決定されており、それまで家族からは、将来精霊王の花嫁として恥ずかしくないようにと教育されていた事を伝える。

 しかし、届いた書簡には、わたくしを精霊王の花嫁ではなく、稀有な姿をしたわたくしを、王家の、しかも評判のすこぶる悪い王太子の婚約者とすると言う、一方的な決定事項だけが届いたのだ。

 無論、それを見た両親は困惑し、確認の手紙を王家に送った。

 それまでの世界で現れた精霊王の花嫁とは、聖女とみなされ神殿に行くのだと言われていたからだ。

 ――ところがである。

 エルディール王家は、形だけでいいから暴れる王太子を抑えるために、生贄として精霊王の花嫁を寄こして欲しいと連絡があった。

 癇癪もちで手のつけようのない王太子として有名なニコラス王太子。両親は王家の決定に逆らうことも出来ず、更に各国が、仮の婚約者としてならば良いだろうと許可を出したこともあり、渋々王太子の婚約者になったことを告げる。



「それは初耳だな。各国の王家からその様な話は一切聞いていない」

「そうなんですの?」

「エルディール王家が癇癪王太子を抑えるために、嘘の情報を流したのだろう。これは、追々エルディール王国に各国を通して話をしてもらう必要があるな」



 まさか、各国が同意したことだと思っていた事が、本当は間違いで、エルディール王家が独自に他国の言い分を偽っていたとは知らなかった。

 驚き一瞬戸惑ったけれど、わたくしは言葉を続けることにした。


 エルディール王家の王太子の婚約者となったわたくしは、彼が参加するパーティには必ずついていかねばならず、そこでは、わたくしの髪を掴んで引きずり回すニコラス王子の事や、ニコラス王子が「精霊王の花嫁を俺が奪ってやったぞ!」と周りに自慢していた事を告げた。

 これには目の前にいるラズの顔を見ることが出来ないほどに恐ろしい表情をしていたので、思わず身が縮こまる。

 その横暴は、髪を掴んで引きずり回るだけにとどまらず、時には痣になるような暴力があったことも告げると、ラズが深いため息をついた。

 しかし、そんな事が起きても、エルディール王家はわたくしに我慢するように厳しく言いつけ、王太子を咎めることは一切なかった。

 男爵の爵位である両親も王家には中々苦言を言うことが出来ず、わたくしは家族の為にも、一人痛みと戦いながら王太子と一緒に居たことを告げる。

 すると――。



「本来、他国を含めエルディールも例外ではなく、精霊王の花嫁が生まれた家は、男爵家ならば伯爵家まで、伯爵家ならば公爵家にまで爵位を上げるのが習わしだ」

「そうなのですか?」

「その決まりまでも無視したエルディール王国には、厳しい沙汰を伝える」

「解りました」



 続けて学園に入学しての話を始めた。

 成長するにつれ暴力が激しくなっていく王太子から逃げるように、学園に入ると王太子を避けるように行動し、一緒にいる時間を極力減らしたこと。

 捕まりそうなら、何かしら事情をつけて離れるように努めていた事を告げた。

 その間に、王太子は浮気。

 更にその浮気相手が、自分こそが聖女であり、精霊王の花嫁であると言い出したことと、名も知らぬその女子生徒が、わたくしからのイジメを受けていたのだと王太子に嘘の情報を流して信じ込ませ、精霊王様への祈りの祭典の最中に婚約破棄され、奴隷に堕とされたことを告げると、シャルですら呆れたように溜息を吐いた。

 ラズは――今にも国を滅ぼさん限りの怒りを貯めこんでいるようにも感じられる。



「あぁ、それと」

「まだあるのか」

「ええ、王家からわたくしは一つの指輪を必ず小指につけるようにと言われて、常日頃つけていたのです。どうやらそれが、精霊の目くらましと言う指輪だったようです」

「……ほう」

「エルディール王家では、精霊王様をないがしろにせよと言う教育を王太子にしているのでしょうか」

「どうだろうな、色々と問い詰めなくてはならない事案ではある。これだけの事をしでかした上に、精霊王の花嫁に奴隷印を押したのは……エルディール王家のニコラス王子だな?」

「はい、間違いありません。目撃者は、わたくしの両親と弟、そして奴隷商人と周囲を警護していた騎士達です」

「まさか、お前の家族の前で奴隷印を付けたのか?」

「はい、笑いながら」



 その一言で、水晶にひびが入り、パラパラと壊れてしまった。

 慌てるわたくしの手を掴んだラズは、一瞬悔しそうな表情をしたのち、急にわたくしを強く抱きしめた。

 突然の出来事に驚き身体が硬直していると、次第に頬に雫が……。



「……ラズ?」

「くそっ お前の家族にまで辛い思いをさせて……ごめん……ごめんっ」



 強く、強く抱きしめる腕は震え、ラズが涙を零しながらわたくしに謝罪する……。

 わたくし以上に、そしてきっと、わたくしの家族と同じくらい……わたくしに奴隷印がついたことに怒りと悲しみを感じていらっしゃる。

 ……本当に、痛かった。

 ……辛かった。

 ……苦しかった。

 それでも、それでも耐えられたのは――。



「貴方が助けに来てくれると分かっていたから、わたくしは耐えることが出来ましたのよ……」





=======

朝の更新にギリギリ間に合いました(;'∀')

精霊王様、年頃の男子らしいと言うかなんというか。人間臭い所が大好きです。

奴隷プレイと言う脳内ピンクな考えのラズくんですが

誰よりも花嫁一途。


今後の二人の発展にご期待くださいませ!


また、★での応援や♡での応援、本当にありがとうございます!

今後も楽しかったよ~や続き楽しみにしてるよ~とい売読者様がいらっしゃれば

応援よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る