第4話 一億で買われましたけれど、相手が良ければ全てよしですわよね?

 一億。

 この一言で会場は一気に静まり返り、それ以上の値をつける人たちはいなかった。

 大きめのフードで顔を隠し、ローブで体を隠した男性が歩み寄ると、奴隷商人に向かい再度口にする。



「一億だと言っているんだ。聞こえなかったのか?」

「い……一億となると、中々の金額ですが」

「此れで足りないのか?」



 そう言って手を翳した瞬間、ドカドカドカッと言う音と共に床に落ちたのは、この王国でも珍しく、そしてどの国の王族とて早々見ることのできない、金塊の山だった。

 金色に輝く金塊に会場はどよめき、奴隷商人は本物かどうかを確認したのち、震えながら「本物で間違いありません」と口にする。



「足りないなら追加してやろうか?」

「いえ! 滅相もありません!」

「そうか、ならば我が花嫁を貰っていこう。人間のやり方に合わせてやったんだ、感謝して欲しいくらいだな」

「え!」



 奴隷商人が驚きの声を上げたその瞬間だった。

 会場は真っ白な光に包まれ、わたくしも思わず目を閉じて唇をきつく閉じると、柔らかな風を感じて恐る恐る目を開いた。

 ――そこは、青々とした空、瑞々しい木々、そして、鳥のさえずりすら聞こえる、見覚えのある場所。



「……精霊王の神殿前?」



 何とか絞り出した声に、わたくしの手を握っていた男性の手が離れた。

 慌てて男性を見ると、フードを脱ぎ去り、わたくしを見つめる金色の瞳が――。



「精霊王様!」

「よう、花嫁殿。ようやく会えて嬉しいぜ」



 屈託ない笑顔を向ける精霊王様は、年齢はわたくしと変わらないくらいだろうか。

 短い若葉色の髪に稀有な金色の瞳。少しだけ悪戯っ子のような雰囲気を感じる精霊王様に最大の敬意を示すと、彼は呆れたように笑いながらわたくしの頭を撫でられた。



「あ~……そう言うのは良いから。やっと会えた俺の花嫁が畏まってちゃ、ちゃんと話も出来ないから」

「しかし、世界を守る精霊王様です。最大の礼儀を尽くすのは当たり前の事」

「夫婦に最大の礼儀っていらねぇだろ? もっと気楽にさ? な? 取り合えず茶でも淹れてやるから神殿に入ろうぜ。色々面倒ごとになってるから、お前から聞かないといけない事は山ほどあるんだ」

「……畏まりました」



 きっと、わたくしが奴隷堕ちしたことについてなども詳しく語らねばならないだろう。

 先んじて歩き始めた精霊王様の後ろを着いていこうとした矢先、彼は振り返ると、いきなりわたくしを抱き上げ、そのまま神殿の中へと入っていく。



「精霊王様!?」

「靴を履いていないだろ? 素足で歩かせるほど俺は鬼畜じゃないぞ」

「それは……」

「全く、大事な花嫁に、これ以上傷がつくなんて考えたくもねぇよ」



 乱暴な言葉使いの精霊王様。

 見た目通り、少しやんちゃな青年なのかもしれないと思いつつも、わたくしが学園で接してきた貴族の男性陣と比べ、やはり新鮮で、尚且つ愛しさが溢れてくるのは、わたくしが精霊王の花嫁だからだろうか?

 抱き上げられたまま神殿の中に入り、いくつもの部屋を通り過ぎると、開けた一室に案内され、フカフカの上質なソファーに座らせられた。

 まるで宝物でも置くかのようなその行動は、男性慣れしていないわたくしには刺激が強かったかもしれない。

 王国では見たこともない珍しい家具に、優しいリラックスできる香り。中庭が見える窓からは、エディール王国では最早見ることも出来ない青空が広がり、小鳥が囀っている。

 そして、精霊王様から直に淹れて頂いた紅茶は、王城で飲んだものよりも格段に美味しかった。



「……美味しい」

「そりゃ良かった。フェルからは定期的に情報は仕入れていたが、食事に関しては城の騎士達から恵んで貰ってたみたいだし、極度の栄養失調って訳でもなくて良かったよ。まぁそれでも、暫くは身体に優しい食事だな」

「あの……家事は一体どなたがやっておられるのですか?」



 貴族男性でも自分で紅茶を淹れる男性は稀にいたが、料理を作る男性はいなかった。

 それ以前に、この神殿には精霊たちが沢山住んでいるけれど、精霊王様のような大きな精霊様の姿は見つからない。奥で仕事をしているのだろうか?

 そんな事を考えていると、精霊王様も自分で紅茶を用意して向かい合わせにあるソファーに腰かけると、金色の瞳をこちらに向けたまま、ニヤリと微笑まれた。



「んなもの、自分で全部やってるに決まってるだろ」

「下々にやらせず……ですか?」

「自分で出来ることは自分でやる。他人にアレコレやられるのはうんざりだ。最も、花嫁にアレコレやられるのは大歓迎だけどな!」

「申し訳ありません。わたくし料理をしたことはありませんわ」

「大丈夫大丈夫、一緒に飯を食ってくれる相手がいるだけで俺は幸せだから。それより、色々聞かないといけない事も多い。まずは身綺麗にして、明日から話を聞かせて貰おう。花嫁も俺に頼みたいことの一つや二つや三つや五つくらいはあるだろ?」

「そんなに多くは無いと思いたいですが、頼みたい事は御座います」

「んじゃ、お前の部屋に案内しよう。風呂場も備え付けてあるから、生活魔法を使い自分一人で体を綺麗にすることはできるか?」

「ええ、わたくしの家は男爵家ですもの。あまり人がいませんでしたから、一通りのことは自分でできますわ」



 わたくしのこの一言に眉を寄せた精霊王様。

 不思議に思い首を傾げるも、精霊王様の眉間のシワは戻ることはなく、大きく溜息を吐かれるも、わたくしを気遣って苦笑いをして下さり、部屋へと案内してくださった。

 数多く存在する部屋。その中でも日当たりが良く、柔らかい色合いの部屋に通されると、これからは自室として使って良いと言う許可を頂いた。



「食事の際には俺が呼びに来るし、何時もは精霊たちと仲良くしてくれていればいい。精霊王の花嫁の仕事は、精霊たちを元気にすることだ。彼らと過ごすことが花嫁の務めと思って生活してくれ」

「解りましたわ」

「明日からは色々聞くことになる。今日は身綺麗にしてゆっくり休んでくれ。服については本来なら花嫁道具と一緒に届くはずなんだが、今回は特例だからなぁ……。暫くは今着ている服か、風呂場にあるガウンで我慢してくれ。できるだけ早く用意する」

「お気遣い、有難うございます」

「なに、二日もあればお前の服は縫い終わるさ」



 ――縫い終わる?

 その一言に目を見開いて驚いていると、パンと言う音と共にわたくしたちの前に現れたのは、奴隷堕ちさせられた時にわたくしの許へやってきた精霊だった。



『ふ――疲れた。あっちこっちの精霊たちに通達し終わったよ~!』

「お疲れフェル」

『あ、花嫁ちゃん来たんだね! 良かったねラズ! でもやっぱり奴隷堕ちしたから、服とか用意できなかったか~。ラズに服を縫ってもらうしかないね』



 フェルと呼ばれた小さな精霊と、精霊王様のお名前がラズと言う事は分かった。

 これからは名を読んでいいのかと確認の為に聞こうとしたその時――。



『ちなみに、ラズは相手のスリーサイズを一目で見破る眼を持っているんだ! 花嫁ちゃんのスリーサイズをゲットしたラズが、悶々とする日々を想像すると笑っちゃうよね!』

「悶々言うな!」

「スリーサイズで悶々……」

「ヤダー! 嫁の瞳が冷たい!」



 いえいえ、冷たいなんてとんでもありません。

 ちょっと、思わず軽蔑しそうになっただけです。



『軽蔑しないであげてよ~。どんな種族だって男の性ってのがあるんだしさ?』

「そうですわね、何処の世界でも男の性と言う物がありますわよね」

「なんか刺々しい言い方っ!」

「いえいえ、わたくしの身も心も精霊王様の物ですもの。お好きに、想像するだけは、タダと言うものでしてよ?」

『区切っていったね』

「言葉の強調……」

「では、湯あみ等させて頂きますわ。それから精霊王様、服装に関しては、恥ずかしくない範囲の服装で、お願いしますわね」



 ニッコリ微笑んで扉を閉めると、わたくしは「腐ってもオス」と、一言呟きお風呂場へと向かった。

 やっぱり、どれだけ紳士的だろうと、どれだけ世界を守って居ようと、結局はスリーサイズなのだ。畜生、こんなことなら、もう少しスタイルを絞っていれば良かった。

 それでも、この神殿内では生活魔法が使えるのだから、身綺麗にするのはとても簡単。

 奴隷堕ちさせられてからお風呂に入れなかったのが一番辛かったし、やはり精霊たちの力を借りて生活することに慣れていると、生活魔法が使えないと言うのは、本当に不便でしかないのが良く解る。

 湯船にお湯をはり、ゆっくり浸かって今後の予定を組み込んでいくも、当面は精霊王様に起こった出来事を全て、洗い浚い話す必要がある。



「……今日はお言葉に甘えて少しゆっくりして、明日からの事情聴取に備えなくてはなりませんわね」



 それに、自分が一億で精霊王様に奴隷として、買われたこと。

 思いの外ショックはある。けれど、泣いてどうにかできることではないし、どうすることも出来ない。

 けれど――奴隷であっても人権はあるものね。

 この辺りも、明日は精霊王様に聞かないといけない事だろう。

 精霊王様のお決めになる奴隷契約はどんなものになるのかしら?



「考える事、確認することも山積みね」



 横っ腹にある奴隷印を見て大きく息を吐くと、勢いよく湯船から出て体を拭き、真新しいガウンを着こんでベッドに倒れこんだ。

 リラックスさせるいい香りが部屋を、そしてベッドからも香り、緊張が取れるのが良く解る。

 思いの外……わたくし、疲れていたのね……とても眠いわ。

 気を張っていたのだろうけれど……あぁ、家族は無事かしら……。



「明日から……頑張らないといけませんわね……」



 せめて、最低限の人権があることを祈り、そのまま意識を手放してしまった――。






=======

寝る前に一話更新です。

最初こそ、イチャラブっちゃう????

って言う感じで行きましたが、あくまでラブコメ要素強めなので(/・ω・)/


今日は、予定ではもう一話くらいは朝か昼に更新出来ればいいなーと思います。

土日が更新出来ないので。


★での応援や♡での応援、お待ちしています!(`・ω・´)ゞ

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