第3話 泣き喚く国民と競りの始まり
――震える大地。
――明りの消える街並み。
わたくしが奴隷堕ちしてから、それらは徐々に精霊の怒りとして周囲に影響を及ぼし始めていった。
牢屋の中では詳しい話までは聞くことはできないけれど、訪れる騎士達からは「精霊の怒りをお鎮め下さい」と懇願するものが、あとを絶たない。
「わたくしでは、もうどうすることも出来ないのです」
「聖女様、どうか、どうか精霊たちを……精霊たちに生活魔法が使えるようお願いして頂きたく……」
「賽は投げられたのです。そう遠くない未来、この国は終わるでしょう。わたくしは最早聖女ではなく、奴隷なのです。この国の王太子が、そう決めたのですから」
――だから文句があるなら、あの糞の役にも立たない阿呆に言え。
そう言いたいのを堪えて、悲しそうに微笑むと、騎士たちは涙を零して地面を拳で叩いたり、嗚咽を零して泣く者が相次いだ。
「それに、本当の聖女様がいらっしゃるのでしたら、彼女が精霊たちの怒りを鎮めることは可能でしょう。王太子は彼女こそが聖女であり、精霊王の花嫁なのだとあの場で仰ったのです。ならば、本物の聖女様が、この精霊たちの怒りを鎮めてくださることを祈りましょう」
「それは……」
「それは無理な話です! あの者は聖女ではありません!」
「そうかも知れません。ですが、この国の王太子が聖女と認めたのです」
――何度でも言おう。あの偽りの聖女に全部頼み込んでこい。
憂う表情で首を横に振り、彼らを諭すと、騎士たちは泣きながら肩を落として牢屋を後にする。それが一日中続くのだから、結構疲れる。
でも、いい話を聞くことも出来た。
阿呆は、偽聖女と共に国庫を食い尽くし始めたのだと言う。
贅沢三昧し、国民の税をどこまで引き上げるかを話し合い、そして己たちの豪華で華美な結婚式をどのように行うのか話し合っているらしく、そこでは「光の精霊たちに祝福して頂きましょう!」などと、生活魔法すら怪しくなったエディール王国で言ってのけるアンポンタン偽聖女に、更に輪をかけて阿呆な王太子は笑いながら了承しているらしい。
――ところがである。
わたくしが奴隷堕ちして四日目にして、城では一切の生活魔法が使えなくなってしまったと言う報告を受けたのは、昼の事だった。
「聖女様……」
「わたくしに頼まれても困りますわ。一介の奴隷に何が出来ましょう」
「ですが」
「それに、聖女様なら精霊の怒りをお鎮めになり、生活魔法が使えるようにしてくださるのではないのですか?」
毎回お決まりである。
しかし、今回はどうも様子が可笑しいのだ。
騎士たちの話を聞く限り、生活魔法が一切使えなくなったことを知った阿呆は、わたくしを『この国に害を及ぶす魔女』と、喚き始めたのだと言う。
まぁまぁ。そんな事を仰って大丈夫かしら?
魔女ならば斬首刑かしら? まぁ奴隷ですもの、斬首刑にするのも容易いですわよね。
そう思いながら騎士たちが差し入れする水を飲んでいると、牢屋の入り口から阿呆の声と金切り声を上げる偽聖女の声が響き渡り、騎士たちに起立し、阿呆に礼儀を欠かぬよう指示を出すと、立ち上がりアンポンタン二人を待った。
大きな靴音を立ててやってきたのは、まぁ言うまでもなく……。
「おのれ魔女め! 聖女の力すら使えなくするとは!!」
「酷いですわ! これでは聖女の力を使い、精霊たちの怒りを鎮めることが出来ませんわ!」
悲しそうに泣き喚く偽聖女。そもそも聖女じゃないのだから精霊たちが言う事を聞くはずもない。
そんな簡単な事が解らない程、この鼻が曲がるほど臭い香水の匂いをさせている偽聖女……アーチェリンだったかしら? 彼女は思い込みが激しいタイプなのかしら。
「奴隷に堕とす前は聖女と言ったり精霊王の花嫁だといったり……奴隷に堕としてからは今度は魔女ですの? 素晴らしい脳内レパートリーですわね! 感心しますわ。次はどんな奇怪な言葉が飛び出しますの?」
「この国の王太子に向かってなんという口の利き方だ!」
「どうせ亡ぶ国の王太子ですわ。今更取り繕うだけ無駄ですもの。そんな相手に労力を使う程、わたくし出来た人間ではございませんの」
「減らず口を!!」
「そもそも、聖女は魔女の呪い等受けない存在ですのよ? それなのに、何故呪われて力が出ないと仰いますの? 貴女、聖女では無かったのですか?」
わたくしの言葉に目を見開き一瞬慌てる臭い女。
それでも何とか取り繕うと、ウソ泣きしながらわたくしを罵った。
「清らかだからこそ呪いを受けやすいんです! そんなことも魔女には解らないんですか!」
「そうだぞ! アーチェリンは清らかなのだ!」
「では、精霊様を鎮める最終手段はとられたのですよね?」
「最終手段……なんだそれは」
「亡ぶ国の王子の事など消えてしまえばいいと思いますけれど、国民に罪はないのでお教えしますわ。そこの臭い……失礼、アーチェリン様は、精霊王の神殿へと続く道を歩き、精霊王様のお住まいに行かれたことは?」
「え? え??」
「無論、聖女ですもの。しかも精霊王の花嫁ですもの。神殿には神官と聖女しか入ることが許されない結界が張られていますけれど、アーチェリン様なら神殿へと入り、精霊王様に直談判できるのではありませんこと?」
ニッコリと微笑んで教えて差し上げると、阿呆は目を輝かせ、臭い女は顔面蒼白になって震えた。
「わたくしは、国王様から精霊王の神殿内部に入ることを禁止されていました。ですが、本物の聖女であり、精霊王の花嫁であるアーチェリン様なら、結界に拒まれることなく神殿に入ることは可能でしょう。どうです? ニコラス王太子」
「そんな簡単な方法があるなら先に言え!! ついでに精霊王様に貴様を八つ裂きにしてもらうよう頼んでやろう! なぁ! アーチェリン!」
意気揚々と語る阿呆に対し、臭い偽聖女は顔を青くしたまま「え、ええ……」と小さく口にした。
今更自分が聖女ではないとは言えないでしょうし、きっと結界も嘘だと思っているでしょうね。けど残念。結界は実在し、神官と聖女しか入ることが許されないのは間違いのない事実。
ニコニコしながらアーチェリンを見ると、彼女は気分が優れないと言って走り去っていった。ザマァ見ろ。
彼女を追いかけようとした阿呆を呼び止めると、イライラした様子で振り返ってくる。
「ニコラス王太子様」
「なんだ!」
「是非、この国の生活魔法が使えなくなってしまったことを、本当に次期王として憂うのであれば、沢山の貴族たちを呼び、アーチェリン様こそが聖女であることを知らしめるために、彼女を大々的に神殿に向かわせる式典を行うべきですわ。そうすれば王太子としての面子も保たれ、そして、本物の聖女はアーチェリン様だと全ての貴族に知らしめることが出来るかと。そうすれば不安に陥っている国民が納得するでしょう」
「ほう、奴隷の割には良い事を言うな。良いだろう、斬首刑は無しだ。だがお前が奴隷から解放されることはこの先一生無いのだ。精々、性奴隷になって色んな男に抱かれて汚れるがいい」
そう吐き捨てるようにして言って去っていった阿呆に、周りの騎士たちが剣を今にも抜こうとしてたことには気が付かなかったようだ。
怒りで震える騎士達に目をやると、少しだけ儚げに微笑み小さく息を吐いて見せた。
「この国の王太子とは……国を亡ぶす暴君であることは間違いありませんわね」
「もう、国に未来がないというのであれば……」
「我々も聖女様と共に奴隷に堕ちた方が……」
「まぁ、滅多なことを仰らないで。最悪、王家が亡ぶだけで国は亡ばない可能性とてあるのですから」
「それは!」
「あくまで、可能性としての話ですわよ?」
クスクスっと笑うと、彼らは少しだけ希望を見出したような瞳で顔を見合わせた。
でも、その事は、わたくしが精霊王様に直談判するしかない事であり、それを聞き入れてくださるかは分からない。
それでも、毎回わたくしを心配し、果物や水を持ってきてくださる騎士様たちに、何かしらの形で報いたいと言う気持ちがあるのは間違いのない事実。
本来であれば、わたくしは水すら与えられず、このまま奴隷市で売り出されるはずなのですから。
・・・・・・
それから数日後、わたくしは着の身着のままに牢屋を出て、奴隷が靴を履いているのはおかしいと喚き散らした阿呆に従い、靴を脱ぎ去り、素足で久しぶりの外に出た。
――暗い。
太陽は顔を出さず、風も無く、空気が淀んでいるのが分かる。
生活魔法が使えなくなったことは聞いていたけれど、世界を彩るはずの精霊たちすらも、この王国からいなくなったことを肌で感じることが出来た。
枯れ行く花。
濁る水。
淀んだ空気。
暗さゆえに明かりをつけようにも、炎の精霊もいなくなったこの国では、明かりをつける事すら出来なくなった。
「奴隷商! この魔女をさっさと売りに出して、売り上げの金を持ってこい!」
そう叫んだ阿呆は、わたくしを足蹴にして前に突き出すと、騎士達からは悲痛な声が零れた。
奴隷商は困惑した表情でわたくしを見つめ、悲しそうに溜息を吐いて首を横に数回振った後、わたくしの両腕を縄で縛り「……申し訳ありません」と小さく謝罪した。
その声は悲痛そのもので、わたくしは彼を労うために優しく微笑む事しかしない。
「さぁ、行きましょう」
「そ、そうですね……行きましょう」
――こうして、わたくしは奴隷商に連れられ、徒歩で、まるで見せびらかされるように街中を歩き、奴隷市場へと入ることになった。
道中泣き喚く国民の声、王太子への恨み、怒り、王家への負の感情が爆発していたけれど、わたくしはその事について言及することはなった。
無論、国民から「精霊様のお怒りを鎮めてください」と言う懇願する声が上がったけれど、わたくしの横っ腹にある奴隷印をみた国民は嗚咽を零して、流れる涙をそのままに地面に伏すものすら相次いだほどだ。
さぁ、見なさい国民たちよ。
聖女に、精霊王の花嫁に王家が行った大罪を。
わたくしが悲しそうな、それでいてどこか諦めた表情で歩いていることが、国民の悲しみに更に火をつけ、わたくしが奴隷市場に入ることを拒む国民も多くいたけれど、わたくしが前に出て無言で首を横に振ると、泣き喚きながら道を開けてくれた。
奴隷市場の奥、檻としては比較的綺麗な檻へ入ると、奴隷商人は涙をそのままに歯を食いしばり、わたくしに大きく頭を下げると走り去っていった。
――今日、まだ明るいうちに、わたくしは競りにかけられる。
その前に、貴族として伸ばしてきた長い髪は、ある程度切り落とされる事になっているはずだし、軽くウェーブしているこの長い髪とも暫くお別れだと思うと、少しだけ清々しい。
ああ、でも精霊王様が長い髪がお好みだったらどうしましょう。
また伸びるまで待ってもらわなくてはなりませんわね。
そんな事を考えながらも、奴隷商で働く従業員は、わたくしの存在に驚愕しながらも、震える手で、長かった髪を肩より少しだけ長めの所で切って下さった。
そして始まる――奴隷たちの競り。
阿呆の命令で、わたくしの競りは一番最後。
一人、また一人と奴隷たちが競り落とされていく中、最後にわたくしの競りの番になった時、今まで無風だった空からは強風が吹き荒れ、空は暗く、暗くなっていった。
「これより……エディール王国王太子、ニコラス様より出品されし奴隷を紹介いたします。詳しい話は姿を見ればお判りでしょう。まずは100万からスタート致します」
奴隷商のその言葉に静まり返る会場。
しかし――。
「500万だ!!」
一人の男の叫び声に近い金額を聞いた奴隷を仕入れる人々は、それを皮切りに一気にわたくしを競り落とし始めた。
値上がっていくわたくしの値段。
意外とこの国の上級社会は、腐っているのかしら?
競り落としても世界の崩壊。
競り落とさなくとも世界の崩壊なら、一度は甘い思いをしたいのが男性の性かしら?
呆れたように溜息を吐いたその時だった。
「一億だ。それ以上出せる奴がいるなら出してみろ」
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時間は不定期に更新しています。
此処までお読みいただき有難うございます!
やっとスタートした感じがしますが、競りも始まりましたね!
精霊王様ってどんな方なのか……是非お楽しみに!
そして、面白いや、続きが気になられたら、是非★や♡をお願いします!
励みと心の栄養源になります(`・ω・´)ゞ
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