第2話 奴隷に堕とされましたけれど、復讐はこれからでしてよ?
ふと、牢屋に響いた幼い声に周囲を見渡すと、淡く優しい緑の光を纏った幼い妖精がわたくしの肩に止まっていた。
可愛らしい容姿の妖精さんは、髪の色がわたくしと同じ優しい緑色で、瞳は金色をしている。
「……まさか、精霊王様?」
『あはは! 僕は違うよ? でもやっと君の所に来ることが出来た。王家から貰ってた指輪外したでしょ?』
「ええ、いい加減邪魔だったもの」
『あれ、王家が精霊王から君を隠すために使っていた指輪なんだよ。もう今回の事態に王様はブチ切れさ! 世界は荒れに荒れるよ。楽しみだね!』
あらあら、まぁまぁ!
精霊王様からわたくしを隠すために王家が用意した指輪だったのね。
確か、精霊の目くらましとかいう指輪があるとは聞いていたけれど……まさかそんなものをずっと付けていたとは知らなかったわ。
「それで、わたくしが奴隷に堕ちることに対して、精霊王様はなんと?」
『ブチ切れもブチ切れ。けれど、国を一気に潰すために今は我慢してるみたい。そうそう、精霊王様からの伝言ね? 痛い思いをさせてしまうけれど、奴隷印は受けて欲しいって。それが全てのきっかけにしてしまうからって。その代わり、ちゃんと助けに来るから待っていて欲しいってさ!』
「まぁ、精霊王様が直々に助けてくださるのかしら?」
『長い間、花嫁である君を探していたのに、見つかったと思ったら奴隷堕ちにするっていう阿保がいたでしょ? 精霊界は今、大荒れだよ。もう直ぐ世界にいる妖精たちにも通達が行くはずだから、君が奴隷印を押されたら、まずはエディール王国からは精霊は一人もいなくなる。やったね! 生活魔法であろうとなんだろうと、ぜ――んぶ魔法が使えない! 人はどうやって生きていくんだろう! 楽しみだなぁ!』
【生活魔法無くして人は生きて行けるのだろうか】と言う論文を昔読んだことがある。
その論文には、人々は火を失い、水を失い、風を操れず病気が蔓延し、人類は滅ぶだろうと書いてあった。つまり、生活魔法も使えなくなる程、精霊たちがいなくなれば、国はたやすく亡ぶだけなのである。
「エディール王国の王族が阿保なだけであって、他の貴族や庶民は良民なのだけれどね。わたくしの家族は大丈夫かしら……」
『なら、そこは精霊王様に相談すると良いよ。君の実家くらいは助けてもらえるかもしれないしね』
「そうね、お願いしてみるわ」
『フフフッ』
「あら、どうしたの?」
『流石精霊王の花嫁だね、自分が奴隷堕ちされる事に狼狽えたりせず、冷静に周りを見ることが出来るなんて。普通のご令嬢なら発狂ものでしょ?』
確かに……。
普通の令嬢ならば、自分が婚約者に断罪された挙句、大勢の前で奴隷堕ちなんて言われたら立ち直れないのかも知れない。
けれど、私は阿保の事を好きだったことは一度もなく、寧ろ迷惑この上ない存在だった。
「そうね、阿保のお陰で色々鍛えられたのかしら? それとも、わたくしが元婚約者を疎ましく思い、尚且つ嫌いだったからかしら? わたくしの心は常に精霊王様のモノだったもの。わたくしの身も心も、今も変わらず精霊王様の物よ」
そう妖精さんに告げると、妖精さんは嬉しそうな笑みを浮かべ『やっぱり最高!』と叫んだ。
途端、牢屋の奥の方の扉が開き、三人の駆け寄ってくる足音が聞こえると、一番奥の部屋にいたわたくしの牢屋の前に、流れる汗をそのままに息を切らせた両親と、15歳になったばかりの弟が涙を流しながら立っていた。
「姉上!!」
「あぁ……ラシュリア……なんてことにっ」
「お父様、お母様、それにダリュアル……心配させてしまって、ごめんなさいね」
顔面蒼白した家族を前に柵越しに手を伸ばすと、両親は縋るようにわたくしの両手を包み、ダリュアルは涙を乱暴に拭い、怒りを露にした。
「王家と言えど……この様な行い許せない!!」
「ええそうね、精霊王様もお許しにはならないわ」
「あの阿呆はこの国を無くすつもりなのか!? 正気の沙汰とは思えんぞ!!」
「あの阿保が正常であったことは今まで一度もありませんわお父様」
「やっぱり、この国は一度滅んだ方が良いのですわ……。ラシュリア、貴女の為にも」
「ええお母様、わたくしもそう思いますわ」
三者三様で怒りを露にするわたくしの家族に、妖精さんは、弟のダリュアルの許に飛び『ふむふむ』と口にすると、ニマリと微笑んだ後、わたくしの許に戻ってきた。
そして、パッと光った瞬間、両親と弟の前に突然現れた妖精に、家族は驚き止まっている。
『いい素質の人間がいるじゃないか。この素質ある人間を放っておくのは勿体ない。ねぇラシュリア、君は両親と弟さんが助かる方法を知りたいよね? だったら、阿保が聖女から貰っている金をよこせと言うのなら、それを王家に渡すと良いよ』
「ラシュリア、その高位妖精様は……」
「精霊王様からの使いですわ」
「なるほど……それで、王家が聖女としてのお金を欲するなら渡した方がいいと言うのは本当ですか?」
そう父が問いかけると、妖精さんは強く頷き次のような事を語った。
王家がラシュリアを聖女ではないと認めた証でもあり、その金を王家が偽聖女の為に豪遊に使ったとなれば、エディール王国の名声は地に堕ちる事。
そうなれば、王家への不信感は国民の中で爆発する事。
他国も黙っておらず、金を返せと言ってくるであろうこと。
そして、肝心のラシュリアは奴隷に堕とされており、更に他国からは凄まじい非難や批判を受け、王家は王家として存在することが出来なくなることを語った。
『そして、聖女は何処だ。精霊王の花嫁は何処だと各国から声が上がるだろう? けれど、肝心の君は見つからないともなれば、国は更に混乱に堕ちるだろうね。ああ、安心して欲しい。精霊王様が必ず奴隷堕ちして競りにかけられた君を競り落とすだろうからね。そもそも精霊王の花嫁を、世界が亡んでいると分かっていて買うような阿保は早々いないさ』
「居た場合は?」
『死、あるのみ?』
「まぁ、恐ろしい」
クスクスっと笑うと、妖精さんは『冗談じゃなくてマジなんだけどね?』と苦笑いしていた。
『少なくとも、君には貴族として耐えられないであろう奴隷印が押されることになる。それは屈辱以外の何物でもないだろう。それでもラシュリア、君は耐えられる?』
急に真剣な表情で何を言うのかと思えば、妖精さんは怒りに満ちた瞳のまま、それでもわたくしを真っ直ぐと見つめて問いかけてきた。
そんなの、答え何て決まっているわ。
「わたくしについた奴隷印を精霊王様が嫌がらないのであれば、わたくしはどの様なものでも受け入れますわ」
『わかった。君の覚悟……確かに受け取ったよ』
「では、その事を精霊王様にお話しに?」
『うん、僕もあまり外に居ちゃいけないからね。でも安心して、君と僕は、繋がっている。だから多少の無理をしても君のそばに居ることが出来る』
「有難いわ……でも、絶対に無理をしないで頂戴ね?」
『あはは! まるでお母さんみたいなことを言うんだね! でも、そんな素直な所も僕は大好きさ!』
そう告げると妖精さんは飛び回り、小さく手を振るとパンッという音と共に姿を消した。
途端聞こえてきたのは騎士たちの足音と、阿呆の笑い声だ。
表情が強張る父と母、そして歩いてくる阿呆に向ける侮蔑の表情を隠さない弟のダリュアル。そんな三人を前にしても、阿呆は父を「退け」と押しのけ、牢屋に入っているわたくしを見て笑った。
「はははは! 本当に入ってやがる!! ははははははは!! こんな傑作な事はないな!」
「喜んでいただいたようで何よりですわ。それで、ご用件は?」
「ああ、パーティを抜け出して奴隷商人を連れてきてある。今ここでラシュリアは奴隷堕ちとする。犯罪奴隷でもいいし、性奴隷として売り渡すもよしだ。売れた金はアーチェリンの為に使ってやろう。有難く思うがいい」
この言葉に怒鳴り声を上げそうになる両親と弟を制し、わたくしは真っ直ぐに阿呆の後ろで震えている奴隷商人を見つめた。
彼とて好き好んで聖女を、精霊王の花嫁を奴隷にしたいとは思ってはいないようだ。
「王太子様……失礼ですが、わたくしではとても精霊王の花嫁に対し奴隷印を押すことは出来ません……」
「何を言う。この者は精霊王の花嫁ではないし聖女でもない。それが何故お前には解らんのだ」
「我々奴隷を扱う奴隷商人は、精霊様の淡い光を見ることが出来ます。今この場にいる精霊たちは怒りに見ている……。間違いなく、この御方こそが精霊王の花嫁ですぞ!」
「煩い黙れ!! そんなに貴様が奴隷印を押したくないのなら俺が押してやる!」
「おやめください!!」
「黙れ!!」
そう叫ぶと、熱した奴隷印を手にした阿保は私の横腹に行き成り焼き印を突き当てた。
服の焼ける音。肉の焦げる音。痛みで顔が歪んでも、今にも泣き崩れそうな母を前に、今にも怒りで阿呆王太子を殴りかかりそうな父を前にして、弱音など言えるはずもない。
充分に焼き印が入ったのを見計らったのだろう、阿呆は高笑いをしながら焼き印を床に落とし、わたくしを指さして笑っている。
「ははははは! 偽聖女を奴隷に堕としたぞ! 僕はなんと素晴らしいこの国の王太子なのだろうか!」
「あぁ……なんてことをっ」
「お前の競りは一週間後だ! 精々高値で売れることだな!!」
それだけを伝えると阿呆はさっさと帰り、奴隷商人は顔面蒼白で震えながら、足をもたれさせながら牢屋を逃げていった。
かろうじて外が見える穴からは、ザワザワと風がうねりを上げている。
そこから見える明かりは、まるで消えるように次々に明かりが消えていくのが分かる。
「精霊たちが怒りに狂っているわ……お父様、お母様、ダリュアル。今すぐ領地に戻るのです。せめてあなた達の領地だけでも守れるよう、精霊王様にご相談します」
「姉上……っ」
「さぁ、この王都から逃げなさい。もう崩壊は始まっているのですから。一刻の猶予もないのです、早く!」
わたくしの言葉に家族は悔し涙を流しながら、まるで最後のお別れをするかのように一人ずつがわたくしの手を握りしめ、牢屋を後にした。
せめて両親が領地に帰るまでの間、どうか無事に帰ることが出来るように祈るしかない。
地面が揺れる程の精霊たちの怒りが、エディール王国を覆いつくす前に……。
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此処まで読んで頂き有難うございます。
ボチボチ新連載スタートです(/・ω・)/
妻シリーズでは、毎日更新できていましたが、今回は無理のない範囲での
更新となります。
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