精霊王の花嫁~奴隷堕ちからの再スタート~
udonlevel2
第1話 婚約破棄されましたけど、とても喜ばしい事ですわ
「――俺はここに、ラシュリア・バーシヴァルとの婚約破棄を宣言する!!」
そう宣言したのは、わたくし、ラシュリア・パーシヴァルの婚約者、ニコラス・エディール王太子。
その隣には、彼に支えられるように一人のストロベリーブロンドの髪をした女性が佇んでいる。けれど、その顔は歪んだ笑みが浮かんでいて、周囲の人々は息を呑んで、わたくし達を交互に見ていた。
今、わたくし達がいる場所は【精霊王の神殿】と呼ばれる神聖な場所の前にある広場。広場の奥には美しい湖が広がっており、その奥に佇む精霊王の神殿へは、聖女と神官しか入ることが出来ないと言われている神聖な場所。
王都の学園に通う貴族や優秀な庶民で、精霊へ日々の感謝を祈る為にやってきた、この精霊王の神殿前で、いきなりの婚約破棄であった。
「理由は、何で御座いましょう」
「我が未来の妃、アーチェリンにした嫌がらせの数々を知らぬとは言わせぬぞ!」
その言葉に、隣に佇んでいた女性は悲しそうに表情を変えてニコラス王太子にしがみついた。
……そもそも、この方、誰だったかしら?
わたくしの記憶違いでなければ、関わったことのない別のクラスの女性だけれど。
「何方かしら?」
「しらを切るつもりか! 嫉妬に狂いアーチェリンにした嫌がらせの数々は彼女から聞き及んでいるぞ!!」
「嫉妬? 誰が嫉妬しますの?」
「何だと!! どこまでもしらを切るつもりか!」
「教えてくださいませ。一体誰が、誰に、嫉妬すると仰いますの? まさか、わたくしがニコラス様を愛しているとでも思ってましたの? 冗談はよしてくださいませ。わたくしは生まれた時からずっと精霊王様だけのものでしてよ?」
更にわたくしから飛び出した爆弾発言でニコラス王太子は顔を真っ赤に染め上げた。
そう、わたくしは精霊王様だけの存在。
この世界に100年に一度生まれてくると言う――【精霊王の花嫁】である証の緑色の若葉のような髪に稀有な金色の瞳をしたわたくしに、ニコラス王太子は震える拳をわたくしに振り上げ、思いきりわたくしの顔に平手打ちした。
目の前に星が飛び交いながら地面に倒れこんだわたくし。その刹那、あちらこちらから悲鳴が上がり、強烈な風がわたくしを守るように吹き荒れた。
――あぁ、精霊たちが怒っている。
そう思っても、彼らの怒りを鎮めることを今はしない。
「自分こそが精霊王の花嫁の証である稀有な色をしているとでもいいたいのか! 貴様のようなクズが聖女だとでも言いたいのか!!」
そう叫んだニコラス王太子に対し、わたくしは痛みで震える足で立ち上がると真っ直ぐ彼と向き合った。此処は精霊王の神殿……無様な真似は夫である精霊王に見せるわけにはいけませんもの。
「貴方が嫌がるわたくしを婚約者にした理由を忘れまして?」
わたくしのハッキリとした言葉に、ニコラス王太子は一歩後退り、周囲の貴族達からは困惑の声が零れた。
相思相愛で婚約したのだと現国王は貴族たちに伝えていただけに、わたくしのこの言葉での反撃は王太子にとっては何としても止めたい言葉だったのだろう。
剣を抜き、わたくしに突き出してきたのだ。
更に上がる悲鳴を他所に、わたくしは真っ直ぐ彼を見つめて声を大きくして答えた。
「精霊王の花嫁を妻にすれば国はもっと栄える! この王太子が欲しているのに断るとは、一族諸共この世から消してやろう! ……そう言って、両親を脅し、精霊王の花嫁を、世界を守る精霊王様から奪い去った挙句、わたくしを大事にすることなく貴族に見せびらかしただけの最低な暴君。どうぞ婚約破棄は喜んで受け入れますわ。貴方にはどこぞの誰かは存じませんけど、その女性がお似合いだと思いますもの」
「ラシュリア!!」
「事実を申し上げましたわ。正式な手続きを済ませてわたくしを精霊王のもとに返してくださいませ」
凛とした声で彼に、そして周囲に伝えると、ニコラスに何やら耳打ちする隣の女性に、彼の表情は醜く笑みを浮かべた。
すると――。
「いいや、この俺と国母となるアーチェリンを見下した態度は許されるものではない。偽物でも精霊王の花嫁と言うのなら高値が付くだろう。王太子の名のもとに、ラシュリア・パーシヴァルを奴隷堕ちにすることを宣言する!!」
――奴隷堕ち。
なるほど、この脳みそアンポンタンは精霊王だけではなく、この国を覆う精霊たち全員を敵に回すと言う事ね。中々に豪快にやらかすわね。
「精霊王の花嫁が性奴隷堕ち等、前代未聞ではないか! 聖女だと嘘偽っていたのだから丁度いいか? ははははははは!!」
「下品な人」
「何とでもいうがいい!! 貴様はもう用済みだ! さっさとこの女を城の牢屋に投げ込んでおけ! 明日にはこの女は性奴隷だ!! きっと高値で売れるぞ!! それと、他国からお前の家に入っていた聖女様へと言う金は全てアーチェリンに寄こす事だな。アーチェリンこそが聖女なのだから!」
「そうですわ。わたくしこそが聖女であり、精霊王の花嫁ですもの。偽りの花嫁は奴隷堕ち、いいえ、性奴隷かしら? お似合いでしてよ?」
一国の王太子とは思えぬ発言に、周囲の貴族も庶民もドン引きである。
私もドン引きである。
小さく溜息を吐き、申し訳なさそうにやってきた騎士たちに小さく会釈すると、彼らは無理やり押さえる事などせず、まるでわたくしを守るように城へと歩き始めた。
「姉上!!」
「「ラシュリア!!」」
途中聞こえた悲痛な声は、わたくしの大事な家族の声……。それでも、わたくしは家族の方を見ることをせず、真っ直ぐ城の牢屋に入るべく歩き続けた。
しかし、国王夫妻が外遊中に派手にやらかしたわね。あのクソ王子。
背後ではクソ王太子とアーチェリンとか呼ばれていた女性の下品な笑い声が響いていたけれど、貴族も庶民も、彼らの顔はこの国の終わりを感じているのだろう……顔面蒼白でわたくしを見つめるか「精霊様お許し下さい」とわたくしに両手を組んで祈っている。
この異様なまでの民の恐怖等、阿保王太子には解るはずもなく高笑いをしているけれど、その余裕もどこまで持つかしらね。
・・・・・・・
元々、100年に一度、世界のどこかに生まれると言う精霊王の花嫁は、聖女として崇められる。その見た目は精霊王様が直ぐに分かるようにと、必ず若葉のような緑色の髪に稀有な金色の瞳で生まれていた。そして、産まれた暁には世界各国の王家から祈祷金として精霊王の花嫁にお金が振り込まれる。
そのお金に関しては、生まれた国の国王が使う事すら許される事ではないらしく、成人した暁にはその金品で精霊王の神殿へ入る為の花嫁道具や衣装を用意するのが習わしだった。
――ところがである。
わたくしが10歳になる頃、王家から「ニコラス王太子が精霊王の花嫁を婚約者にするといって暴れているから、形だけでも婚約して欲しい」と我が家に打診があった。
その頃から阿保のクソだったニコラス王太子に恋心なんて沸くはずもなく、形だけの婚約なら良いでしょうと各国が了承したのがそもそもの間違いだった。
ニコラス王太子はわたくしを大事にする事などせず、パーティなどに行くたびに「俺は精霊王の花嫁を妻に貰う男だ」と豪語し、わたくしの髪を引っ張りながら歩くことも度々あった。
そんな様子を他の貴族たちが良く思うはずがない。
わたくしが王太子の婚約者になってから、各国では作物が育たなくなったり、精霊たちが居なくなった土地すらもチラホラ出始めていた。
それが精霊の怒りに触れたと言う事が解らないエディール王家に対し、他国からは非難が上がったけれど、エディール王家からすれば王太子が静かでいてくれるのなら、他国や自国で精霊が多少いなくなろうと、構わなかったのだ。
この世界では、妖精がいることで魔法が使うことが出来る。
それは生活魔法でも同じことで、精霊が居なくなると言う事は、食事をする為に炎を使うことも出来なくなる、井戸の水が枯れる、魔法で水を出すことも出来なくなる、夜の暗闇を照らす明りを出すことも出来なくなると言う事。
生活に密接している魔法すら使えなくなっていく地域が多い中、それでもエディール王家は阿保な一人息子であるニコラスを優先したのだ。
髪や腕を引っ張られパーティに出れば出る程、その様に魔法が使えなくなる土地は増えていったけれど、学園に入ってからは少しずつ緩和していった。
理由は簡単。
わたくしが王太子と一緒にいることを避けたからだ。
あんな阿呆といればこちらの神経がどれ程図太くても耐えられない。
適当な理由をつけて学園に入ってからは避けまくった結果、王太子の浮気である。
実に喜ばしい事だった。
奴隷堕ちさえなければだけれど。
そんな事を思いつつ歩いていた為か、気が付けば城の牢屋の前に立っていた。
今にも泣きだしそうな騎士たちは、牢屋の扉の鍵を開けた瞬間、号泣された。
「本当に申し訳ありませんラシュリア様!!」
「精霊王の花嫁を……世界の聖女様を地下牢に入れることなど……私の家は、私の代で全て消えるでしょう! それだけの罰が待っていることなど解っています!」
「まぁ、皆さん顔をお上げになって? わたくしとしては、こうなってしまったのは運命だと思っていますわ。ただ、わたくしが奴隷堕ち、それも性奴隷堕ちになることで、世界が亡ぶだけの、ただそれだけですわ。皆さん一緒に死ぬのですから怖くは無いでしょう?」
わたくしの慰めは慰めにならなかったようで、彼らは土下座してわたくしに許しを請うた。
「せめてあの時、阿保王子だけでも世界の為に殺せばよかったっ!!」
「今からでも遅くない……我々の手で世界が亡ぶのを止めることはできるだろうか」
「ああ、阿保王子と隣にいた臭そうな女を殺せば……せめて家族だけはっ」
「まぁまぁ、そのような事をしなくとも……」
「「「世界が亡ぶより、一国が亡ぶだけの方がマシです!」」」
「的を得てますわね」
思わず騎士たちの言葉に頷いたわたくしだったけれど、今頃パーティ会場は騒然としているだろうし、わたくしを大勢の貴族の前で奴隷堕ちする宣言に対して、あの考えなしの阿保王太子がどう対応しているのかも気になるけれど。
そもそも、ストロベリーブロンドで青い瞳の精霊王の花嫁なんて、聞いたことがないわ。
一体どうやったらその考えになるのかしら?ディール王国を歩けば10人に1人は見る色なのよね。
「まぁ、わたくし薄情かも知れませんけれど、この国、一度滅んだ方がいいと思いますの」
「「「同感です」」」
「なので、今回の奴隷堕ちは、少々痛い目にも合いますけれど、国の為に喜んで受けようと思います。つきましてはあなた方に、国王から頂いたこの指輪を返して頂けると助かりますわ」
そう言って、国王から阿保の婚約者になった証にと貰っていた指輪を小指から抜き取ると、それを騎士たちに渡した。
本当は何度も投げ捨てようと思ったけれど、会うたびに阿保が確認してくるので面倒で、嫌々つけていた指輪だった。
「国王夫妻が外遊中に、各国を巻き込むだけの問題を起こしたこの国を他国は許さないでしょう。あなた方も国から逃げる準備をしたほうが宜しくってよ。きっとこの国は他国に攻め滅ぼされるでしょう。そうでなくとも、精霊の怒りで国は衰退するでしょうしね」
「ラシュリア様……」
「それと、牢屋番にわたくしの家族が会いに来たら面会をお願いしたいと伝えてくださる?」
「解りました!」
そう指示を出すとわたくしは自らの足で牢屋に入り、鍵を閉めて貰った。
指輪がないだけでこんなにも気持ちは晴れやか!
何時奴隷に堕とされるかは分からないけれど、あの様子だと直ぐだろうとは思う。
奴隷と言っても、魔法契約がされるわけでもなく、奴隷の焼き印を一目でわかる場所に押すと言うもの。
回復魔法が使えれば、酷い火傷を治す感じで焼き印は残るものの癒すことはできる。
一般的に多いのは手の甲とかかしら?
一度奴隷印を押されると、それは消えることなく一生蔑まされながら過ごさねばならない。
故に、奴隷を買う、奴隷を保持するお偉い人たちは、奴隷が逃げないように最低限の場所で働かせたりするのだ。
そこでキッチリと体や心に自分の主は誰かをシッカリと叩きこまれた後、外と完全に隔離して過ごすのが奴隷の一生。
性奴隷ならば、そういう宿から逃げられないように足首に鎖をつける場所だってある。
「高値が付く……か。誰がわたくしを買って下さるかしら?」
多少なりとこの国にも外に出すことが出来ない闇の部分はあるのだし、そういう方々が買うのだろうとは思うのだけれど。
買えば世界の崩壊。
買わなくとも世界の崩壊。
わたくしを奴隷に堕とす奴隷商人は大変ね……。
『そりゃ大変だよ! だって自分のその行動一つで世界が崩壊するんだから!』
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