第十六章 怪物

第十六章 怪物



 そのあとの事は、あまり良く覚えていない。


 豪奢な扉の向こうで怪物のようにのたうち回る某国の要人を見たとき、ここが地獄の釜の底だと確信した。

 うちの少年は美しく乱れていた。

 まるで浮世絵に登場する芸術的な女性のように、艶やかかつ瑞々しく、ベッドの上で乱れていた。


 スタッフが何かを言った。


 某国の要人は室内に部外者が入ってきたことをひどく驚き、うろたえていた。


 床に散らばる数々の道具と注射器。


 そして、焦点の定まらない目をしている少年の姿。

 人間が人間でありたいと願う半死半生の表情は、形容しがたい美しさがあった。

 涎を垂らし、下唇に泡が溜まっている。

 それでいながら怪物の動きに腰を震わせ、焦点を得ようと瞼が揺れる。

 時おり唇から零れる舌は、赤黒い内臓のように見えた。


 死にたくない。

 生きたい。

 でも、生きれない。

 死んでしまうかもしれない。

 怖い。

 痛い。

 寒いけど、熱いよ。

 助けて。

 痛い。


 死にたくない……。


 美少女だった少年の顔からは、そうした声のようなものが聞こえた気がした。それは音ではなく、意志のようなものだった。


「ああァっ……」


 怒りとも憎しみとも違う声が出たとき、某国の要人は暴力的な英語で叫んだ。


 大邸宅のスタッフがこちらに振り返る。


 殺意に燃えた目だった。


 俺は腹を殴られ、たぶん顔を殴られ、床に崩れた。


 そして、意識が飛んだ。


 殺してくれ、と思った。


 ここは間違いなく地獄の釜の底で、俺は延々と恐ろしい怪物たちに生贄を捧げ続けていたのだと理解したのだから。

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