第十五章 終わりのとき
第十五章 終わりのとき
俺は自分がどうなっても致し方ないと思っていた。
それは覚悟と言うよりも諦めに近かった。
これまでに多くの少年を『変身』させてきたが、果たしてそれが彼らにとって必要なことであったのかと言われると……甚だ疑問だった。
子どもたちがゲームソフトを買ってもらって喜んでいる姿と似ていると思う。子どもたちにとってはそれが大変に幸福なことなのだろうけれども、彼らの人生にとってはあまり前向きな出来事ではない、と言うような事だ。
そう考えると自分も堅物のPTAみたいな考え方を持っていたのだと思い、自嘲気味な苦笑いと安堵が混在するため息が漏れた。
子どもたちは自分たちの素質を刺激され、本来は出会うことのない自分自身と再会し、その魅力に驚き、目を輝かせる。
たぶん、そこまでだったら素敵な物語で終わったのだろう。
俺達は、そうした子どもたちを商売の道具にした。これが悪魔の所業と言わずになんと言えるのか。
あの大邸宅で夜な夜な繰り広げられている悪魔の晩餐と本質は変わりない。たぶん、東京都内で行われていた美少年(美少女)デリバリーと大邸宅の狂乱は、大小の問題であり本質は同じなのだろう。
この悪夢を断ち切る方法など簡単だ。
ナイフでも爆弾でも毒でもない。
「ただ、事実だけだ」
それはそう言って自分のスマートフォンを握りしめ、動画配信の設定を確認した。
幾度か健次郎と実験的なことをやった。
それは想像以上にあっけなく完遂できた。
俺は自分のスマートフォンがいとも簡単に悪魔の晩餐を世に伝えることが出来るのだと改めて痛感した。
俺と健次郎は次の指名が来るまで息をひそめた。
平穏を装い、いつもと変りなく少年たちをコーディネートし「こっちのほうが可愛いかな」などと声をかけながら少女へと変貌させてゆく。
その時は思っていた以上に早くやってきた。
いつものように邸宅のスタッフが俺達のもとへ「今晩、指名が入った」と告げてくる。
ゲストの意向を聞き、竜胆と誰を出すかを取り決める。
俺は健次郎の支配下の少年を出すべきだと言ったが、竜胆は別の指導員の少年を使うべきだと話した。直近で少年を失ったばかりの健次郎から、また少年を出すのはやめた方がいい、という意見だった。
いつもであれば、それに従っていただろう。
けれども、俺は「健次郎の子どもたちの方が、一流だ。失敗させたくない」と食い下がった。
俺の熱量に根負けしたのか、竜胆は「おまえに任せるよ」と手を振った。
そのとき、いつしか俺は竜胆とビジネスをやるまでになっていたと思い、愕然とした。
考えてみれば会社を辞めて無職になり、性風俗をぷらぷらしていただけの若造だったのだ。そんな若造が、悪魔の晩餐が行われている奇妙な島に連れてこられ、こうして生贄を選んでいるのだ。
ばかばかしい、と鼻で笑う一方で、早く終わらせなくてはいけない、と胸の奥が酷く締め付けられた。
健次郎に連絡を入れ、すぐに少年の準備をさせた。
日は海に沈もうとしていて、驚くほどに美しかった。
その日のゲストは某大国の元局長級の男だった。今夜が良ければ、息子と孫にも同様の経験をさせたい、という反吐が出るような優しい心の持ち主だった。
俺は少年のコーディネートを済ませ、健次郎とともに大邸宅へと車を走らせた。
幾度か身分証を求められ、それを提示し、用件を告げ、大邸宅へと入る。
所定の場所に車を止め、セキュリティチェックを受け、俺達は控室へ通される。そこで少年はプレイルームへと連れていかれ、俺達と別れる。
俺と健次郎は今夜の狂乱が終わるのをジッと待ち、少年が戻ってくるなり車で宿舎へと戻る……。これがいつもの流れである。
狂乱が始まって四時間ほどが経った頃、俺はトイレへと席を立つ。
そうしてから紙袋の荷物を手にして大邸宅のスタッフへ言った。
「そろそろ次のコーディネートをしなくちゃいけない」
スタッフは「そんなものは必要ない」ときっぱりと断ったが、俺は食い下がる。
「ゲストからそういう要望を受けてる。準備もしてきている」
そう言って荷物を見せた。
悪趣味な衣装が入った紙袋である。
スタッフはわずかに沈黙してから「中断することはできない」と再び断った。
「お色直しじゃないんだ」
「だから、中断することはできないと言っている」
「あんたは誤解しているよ」
すでにほかのスタッフが異変を察知してこちらに近づいてきているのがわかった。
俺は彼らに言った。
「今日はゲストから『変身』するところを見たいと言われている。男性から女性に、そして女性Aから女性Bへとね。うちの子たちがどれだけ美しく生まれ変わってここへやってくるかを知らないわけじゃあないだろう? 今日は大切な日だ。言ってしまえば、うちの企業秘密を目の前でお披露目するという事だ。そうした大切な約束をあんた達は踏みにじるのか?」
俺の主張はなかなかに彼らを揺さぶった。
竜胆が率いる一派はハイレベルな美少女(少年)を扱う事で、この島に長く居残っている。ゲスト達の間でも話題となり、俺達は次々と優秀なシステムを獲得していった。
この事実は大邸宅のスタッフであれば誰でも知っているところであろう。
だからこそ、俺のコーディネートをその目で見てみたい、という要望も数多く寄せられるのだ。当然に竜胆がそれを許可するわけがない。
スタッフの一人が言った。
「妙な動きをしたら容赦しないからな」
「構わないさ」
そう言って、顎をしゃくって扉を示した。
どうやら彼がエスコートしてくれるらしい。
俺はあえて健次郎には振り返らなかった。
彼を振り返ってしまえば、一瞬であったとしても名残惜しさのようなものを発してしまうだろうから。それを大邸宅のスタッフに見咎められれば、この企ては未遂に終わる。
紙袋の中身を一瞥し、胸のポケットにスマートフォンが入っていることを確認する。トイレに立ったとき、多くの設定は済ませてある。
未遂に終わってはいけないのだ――。
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