第四章 転職面接

第四章 転職面接



 親分は「自分らは暴力団でも半グレ集団でもない」と断った。

 最初のうち、俺は自分が反社会勢力の一員になるかもしれない、という事をしきりに気にしていたが、親分が経営する系列店の『男の子たち』を見るなり、そうした不安は吹き飛んだ。

 親分が暴力団員だろうが半グレの構成員だろうが、もうどうでもよくなっていた。

 所属している男の子たちの詳細が、アルバムのような大きな冊子となって手元に運ばれ、それを眺め始めたとき……多くの不安要素は霧と消えた。


 俺の主張は概ね正しい。


 すべての男が女性的な美しさを獲得することはできない。

 それは正しい。

 しかし、健次郎のような素体が世間の大多数のごく一部であることは間違いない。

 健次郎は選ばれた女性的な素質を含んだ男性なのだ。

 俺は男の子たちの名簿を見ながら、指折り素体となりうる子の名前や容姿の内容を頭に叩き込んだ。

 親分が経営する性風俗店のスカウトは、ある意味で優秀なのかもしれない。

 彼らは女性的な要素を多く含んだ男性をしっかりとスカウトし、客へ提供している。しかし俺から言わせると……それは上質な和牛の部位を生のまま提供しているようなものである。

 しっかりと調理し、最高の状態でお客に提供することが必要なのである。

 俺はしばらく親分が編纂した高度な男性たちの紹介アルバムに目を奪われていた。

 そのアルバムがスッと奪われたのは、数分後の事だったのだろう。


「やる気は出てきたかい?」

「やる気は出てきた。ただ、すべての子を女の子にする事はできない。それに、彼らの性的な指導をすることもできない。俺はあくまでも外見的なコーディネーターに過ぎないから」


 外見的なコーディネーター。


 このとき、口をついて飛び出した言葉だったが……意味合いを考えたときに、今の自分を表現するのにしっくりくる言葉だと思われた。

 親分は「外見的なコーディネーター」と幾度か頷き、満足そうに微笑んだ。


「それで結構だ。性的な指導についてはうちにも専門家がいる。きみに彼らの仕事まで奪われてしまったら、大いに困る。バランスというものがあるからね」


 彼はそう言ってから「おい」と近くの男に声をかけた。

 男が金庫に近づき、ダイヤルを回し……中から札束を取り出した。

 それを親分に手渡す。


「秋田竜胆だ。源氏名が本名になっちまったわけだがな」


 彼はそう言ってこちらのテーブルに札束を投げた。三百万円だった。


「りんどう、さん?」

「おまえの上司になる。安心しろ、身内に性的なことは要求しない。俺達の仕事は性を扱う。あんたもわかっていると思うが、人間の性は枯れるのが早い。むやみに気力や若さを吐き出さんようにしてくれよ」


 俺は手元に滑ってきた三百万円に目を落とす。


「若さを吐き出すことはしませんが、俺にとっての人生のバランスが大きく崩れています」

「金は人間を崩す。ただ、おまえの人間としての本質は崩れちゃいない」


 どうして、と俺は竜胆に目を向けた。

 すると竜胆は武骨は顔に笑みを浮かべて、答えた。


「おまえの人生の本質は、ここから始まるからだ」

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