第22話 うちの師匠は冒険しない


「へっ……! なにをバカなことを!」


 タツヤは、ヘラヘラ笑いながら、冒険者----ブラド・ナルの言葉を否定する。


 血が出たと感じたところも、既に血は止まっている。それどころか、流れた痕すらない。

 恐らくは幻覚、ただの勘違いって奴だ。


 なにせ、この勝負は、絶対にタツヤが勝つのだから。


「なにが冒険! なにがワクワク! なにが興奮だ!

 これは戦いだ、命のやり取りだ! そこに驚きや感動なんてモノはない、ただ強いモノが勝つ! それだけだ!」


 ----そして、その強いモノとは、私のことだ!


 タツヤは、【行動封じの鎖】で無敵となった身体で、そのままブラドへ向かって、突っ込む。


「私が戦闘に求めるのは、圧倒的なる力のみ!

 一発も攻撃を喰らわず、当たってもダメージにならない、そんな圧倒的なる戦闘格差!

 私が求めるのは、そういう圧倒的すぎる力の差だ!」


 だからこそ、タツヤは運命の女ファム・ファタルに幾つかのスキルカードを見せられた際、迷わずこの【行動封じの鎖】というスキルを選んだのだ。

 相手に一切行動させない戦い方、それがタツヤが望む戦いだからだ。


「もう、私は死ぬことはない! 死につながる行為は決して行われない!

 傷も、毒も、病も、ましてやさっきの謎攻撃すら、私を殺すことも、倒すことも出来ない!

 私は、真に無敵の超人となったのだ!」


 そして、防御力のみならず、タツヤの鎖は、死をも運ぶ絶対的な攻撃力をもある。


「(クーッククク! 実は"死ぬこと"を禁止する鎖の上に、"防ぐこと"を禁止する鎖を巻いていたのだ!

 今の私の身体は"死ぬこと"はないのと同時に、私の身体を"防ぐこと"は出来ないのだ!)」


 転生する前の世界で覚えた、《矛盾》という言葉を、タツヤは思い出していた。


 簡単に言えば、"どんなものでも貫ける矛"と、"どんなものでも貫けない盾"なんてものは存在しない。

 何故ならば、その矛で盾が貫けたら盾の欠陥が、貫けなかったら矛の欠陥が分かってしまうから。


 けど、そんなのはおかしな話だ。

 その2つを持つなら、試したりせず、ただ持てばいい----それだけで、最強の兵士の誕生だ。


「(今の私のように、な! 無敵の身体となった今の私を倒すことは、誰にも出来はしない!)」


 笑いが止まらなかった、タツヤは何の考えも持たずに、ただ突っ込む。

 それだけで良いのだ、いくら逃げられようがリングは狭い。

 なんだったら、リングを狭めて、さらに逃げ場を失くしてやれば良い。


 タツヤの勝利は、もう確定していた。



「----お前がどんなスキルを取ろうが、もうこれで負けは決定してるんだよ」


 ブラドが、その長剣を振るうその前までは。



☆ ☆ ☆



 ----長剣ブラッドブレード。

 ブラド・ナルのとっておきのこの武器を見ても、タツヤは無策で突っ込んでくる。


「(勢いよく突っ込むのは良いが、無策で突っ込むのはいただけないな。完全に、自分のスキルに安心しきってやがる)」


 スキル頼りの戦術は、これだから冒険心がないのだ。


 《縦斬り》で縦に斬るだけ、《足払い》で足を払い、《吹き飛ばし》で相手を吹き飛ばす。

 強力だが、それしか出来ないなんて、情けないじゃないか。

 もっと、頭を使って、楽しいワクワクする戦闘をしなきゃ、意味ないだろう?


 特に、"圧倒的に格下相手の戦闘"だったら。


「----よっ、と」


 俺は、長剣ブラッドブレードをただ真っすぐ振るう。

 相手との距離とか、方向とか、そういうのも考えずにただ振るう。


「ウグッ……!」


 だって、それだけで攻撃になるから。


「なっ、なんだ! 今の衝撃は!?」


 ふらっ、と倒れそうになるタツヤだったが、すぐに立て直す。

 なにせ、"死なない"からな。倒れる事もしないのだろう。


「ぐふっ……! ちっ、血がぁぁぁぁ!」

「おぉ、血まで出たかぁ」


 案外と、脆かったな。

 まぁ、このブラッドブレードを使うのなんて、実に何年ぶりという話だし、感覚がまだ掴み切れていないみたいだ。


「失敗、失敗。やっぱ、普段使わないとどうもなぁ」

「て、てめぇ! 私の身体に、なにを……!」

「ほいっ、とな」


 なんか喋ろうとしていたので、俺は再び剣を適当に振るう。

 すると、タツヤの身体から、勢いよく血が飛び出す。


「うぐぅぅぅぅ!」

「さらにもういっちょ!」


 どーん、っと、俺は今度は剣を一回転~♪

 あらあら不思議、タツヤの血も、噴水のように、飛び出した~♪


「やっ、止め……!」

「言っただろう、これは作業だって」


 戦闘じゃないんだ、もうこれは。


「剣を一振り~!」

「ウグッ……!」


 血が、どばーんっ!


「もういっちょっ!」

「ウググッ……!」


 血がどんどん、どばーんっ! どばーんっ!


「さらにもういっちょおまけに、今度は2回!」

「ウグッ、ウグググググッ----! ウグワーッ!」


 あらら、偉い吹き飛んじゃったなぁ、おい。

 大丈夫か、これ?


「たっ、体力がヤベェ……! 【行動封じの鎖】で死ななくなっているはずなのに、どんどん体力が削られてやがるぅ……!

 てめぇ、その剣、なんなんだ! 一体よぉ……!」


 バシッと、俺の剣を指差すタツヤ。


「やだぁ~。なんかカッコつけてるみたいだけど、身体から血を流されたままじゃあ、全然様になってないぜぇ?」

「良いから答えろっ! 答えた瞬間、それを【行動封じの鎖】で封じて----」


 ----無駄だよ。


 剣を振り、さらにタツヤの身体から血を飛ばす俺。


「ウグワーッ!」

「俺の剣が凄いんじゃない。この剣を持つことで初めて作用する俺の上級職のスキルがヤバいんだ」


 そう、最難関にして究極。

 初級職【暗殺者】のレベルをMAXにし、中級職【暗殺拳法家】としての暗殺拳を極めに極め。

 超特殊条件にてようやく辿り着いた俺の、【暗殺者】としての到達点。


「----上級職【トリックスター】、そのスキル【絶命剣】だ」



===== ===== ===== =====

>【トリックスター】

 【暗殺者】系統のジョブが到達する、最高地点である上級職の1つ。神や世界の秩序を破る、万物の暗殺者

 相手に直接触れずとも、見ずとも、その刃はあらゆる物を殺す。そして魔術や話術など、様々な方法にて戦況をひっくり返す


>【絶命剣】

 【トリックスター】専用スキルの1つ。使用条件は、自分の血を半分以上混ぜた剣の装備

 相手のパラメーター上限そのものを削り取るスキル。自分が思った物のみ、この剣は削り殺すだろう

===== ===== ===== =====



「このスキル、実に冒険心がないと思わないかい? なにせ、思っただけで、もう勝ちが確定してるんだ。

 どんなに強かろうが、厄介なスキル持ちだろうが、このスキルには叶わない」


 なんで、死なないはずの自分に攻撃が、血が飛び出ているか、不思議に思ってるな? その顔は。


 簡単な話だ、別に体力を削り取っているんじゃない。最大体力を削ってるんだから。

 タツヤの最大の体力が例えば100あったとして、それから俺の攻撃でダメージが与えられて20減れば、それは死に近付いたと言えるだろうさ。

 けれども、タツヤの最大体力が----減っただけなら?


「死----ってのは、万物の終着点。であると同時に、体力が無くなった状態だ。

 俺の【絶命剣】は今の体力を1つも減らすことは出来ない。出来るのは、お前の体力が----もう、それ以上は回復しないという事実だけ」


 さて、もうお前の最大体力は、さっき鎖で全身をしっかり防御する前の数値になった。

 つまり、満身創痍の今の体力以上、お前の体力は回復しない。


「----さて、問題だ。最大体力が今、"60"だとして、体力が"50"あったとする。

 俺のこの【絶命剣】のスキルで、"20"分、最大体力を減らすと、体力はどうなると思う?」

「どっ、どうなるんだ……」

「答えは簡単だ、今の体力がその分だけ減る」


 最大体力以上に、体力があるなんてのは神様的にはおかしいだろう?

 その分の、いわゆる辻褄合わせって奴だ。


「そうやって小まめに最大体力を減らしていって、小石がぶつけられた程度で死ぬくらいにまで最大体力を減らしたらどうなると思う?

 そして、防御力を担っているスキルの源----まぁ、魔力を使えなくしたら、どうなると思う?」

「うっ、嘘だろう……? 冗談、だよなぁ?」

「答えは簡単、スキルが使えなくなって死ぬ。お前が倒したっていう、レッドドラゴンだって、俺にかかれば酒場で酒を飲みながらでも、この方法で殺せるんだ」


 すっげー、つまんないスキルだろう?

 ここまで強いと、頑張るって事が、冒険をワクワクして楽しむって事が、なんて言うか、無意味に思えてくるだろう?


「そっ、そんなチートスキル! ある訳ないだろうがっ!」

「だったら、相手の行動を全て封じる鎖なんて、もっとないだろう?」

「ちっ、ちくしょぉぉぉぉ!」


 破れかぶれ、タツヤはリングに使っていた【行動封じの鎖】を俺への攻撃に使ってきた。


「スキルで封じる俺の行動は、《生きること》か? それともこのスキルを《使えること》?」

「死ねぇぇぇぇ! このチート吸血鬼がぁぁぁぁ!」


 ----だから、言ってんだろう?


「ここからはただの作業、つまんない勝利確定してしまった戦いだ」


 バリンッと、俺を襲おうとしていた鎖が、全て砕けた。


 耐久力がほぼゼロに近いほど"殺して"おいたからなぁ、激しく動いてしまって風の勢いに耐えきれなかったんだろうなぁ。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!」

「分かるか? 真の強者ってのは、戦いに美学を、興奮を求めるもんなんだ。

 縛りプレイだとか、ちょっぴり舐めた感じだとか、そういう感じの。だってそこまでしないと、なにも楽しみがないじゃないか?」


 じりじり、と、後ろへ下がっていくタツヤ。


「逃げても無駄だぞ、【絶命剣】に距離は関係ないからな」

「こっ……」

「こ? 殺さないでくれ、っていう安易な台詞だったら、俺は知らねぇぞ?」


 というか、その鎖は、一応はお前が死なないように頑張ってるんじゃないの?


「俺がするのは、お前が小石を踏んだくらいで死ぬくらいにまで虚弱すぎるまで体力を削って、スキルもろくに発動できなくなるくらいにまで魔力を削る。

 たったそれだけ、そうお前が死ぬほど気を付ければ、生きていられるよ?」


 タツヤは絶望しきった顔をしているが、しょうがない。

 それが、ワクワクとした冒険を忘れた俺のこの力なのだから。


「----さぁ、素振りを始めるぞ? 今度はどれくらい、削り殺そうか?」



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【Tips】トリックスター

 人知れずに殺す【暗殺者】系統のジョブの、最終地点である上級職の1つ。ジョブ保有者は、ブラド・ナルなど

 あらゆる万物を、使用者の意のままに殺せるため、相手に出会わずともターゲットを殺せるチートすぎるスキルを幾つも会得できる

 だが、ほとんどの保有者がこのジョブのスキルを使わない。何故ならば、"そんなチートを使わない方が楽しめる"ということを知っていることが、このジョブの会得条件の1つだから

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