第21話 仕舞いにしよう

「おっしゃあ! もう、一発!」


 絶対に逃げられない、【行動封じの鎖】で作られたリングの中。

 ブラド・ナルはまた一発、タツヤに向かって短剣を投げつける。


「そんなのは、効かないぞ!」


 と、タツヤは防ごうともせず、ただ棒立ちのまま、短剣を受ける。


 ----カンッ!


 硬い金属の音が鳴り響くと共に、短剣はリングの床へと落ちていく。

 落ちた短剣は、そのままずぶずぶぅーと、まるで泥の中に落ちたかのように消えていった。


「今ので、18本……か。いい加減に、短剣を返してくれないか。あれはあれで、値が張るんだぞ」

「失礼、私は綺麗好きなので、使えなくなったモノはこの鎖が自動的に片付けてくれるんだ。

 それともまだゴミじゃなかったか? 私のこの鎧で、防がれて、刃先が無くなった短剣でも?」

「そりゃあ、確かにゴミだけど」


 と、改めてタツヤの恰好を再認識する。


 タツヤは今、全身に【行動封じの鎖】を巻いて、鎖帷子くさりかたびらとして身に纏っている。

 防御力は頑丈で、隙間は一切なく、当たれば武器は折れて、床に落ちて吸収される。


「(良かったのは、剣を床に這わせただけでは、その剣は吸収されないって事。

 厄介なのは、あの鎖帷子に刃先が当たっただけで、武器は壊れて使い物にならないって事)」


 絶対防御の鎧、タツヤが巻いているのはそういう類のモノだ。

 正直、相手の隙を攻撃する【暗殺者】の攻撃方法とは、相性が悪い。


「(短剣もそろそろ弾切れだし、戦法を変えないとなぁ)」

「なんだ、来ないのか。ならこちらから行くぞ!」


 俺が攻め悩んでいると、タツヤが床を蹴って、一瞬で天井へと移動していた。


「いや、床を蹴ったんじゃなくて、移動させたのか!」


 このリングは、元々がタツヤのスキルである【行動封じの鎖】で出来たモノ。

 その気になれば、自分の床の部分の鎖を移動させて、場所を移動させるのも簡単だろう。


「それだけじゃないぞ! 私のスキルは、こんな事だって出来る!」


 ググッと、タツヤの足元の鎖が凹んだかと思うと、タツヤは俺とは見当違いの場所に飛ばされていた。

 ロープを使って加速をつけて飛ぶ----今、タツヤはスキルの鎖で、それを再現している。


 ロープと違うのは、使っているのはロープではなく鎖で、おまけに彼の意のままに操れるということ。


 一回飛び、また飛び、今度も飛び----鎖で飛ばされるごとに、飛ばされている彼の身体がどんどん速くなっていく。

 どんどん、どんどん、どんどん----いったい、何度飛ばされ、今、彼はどこを飛んでいるのだろうか。


「これぞ、タツヤ流必殺技! その名も《チェーン・ホッピング》!

 鎖で飛ばされるごとに、私の身体は加速し続ける! そして、最高速の、私の無敵の鎖帷子にぶつかって死ぬっ!」


 タツヤの身体は見えなくなり、代わりになにかが弾ける音だけが聞こえてくる。


 ----ダンッ! 

 ----ダダッ!

 ----ダダダダンッ!


「死ねぇぇぇぇ!」


 タツヤの声が聞こえ、その次には----俺の身体に、奴の腕が突き刺さっていた。


「グワっ……!」

「死ねぇぇぇぇ!」


 ずきずきっと、鎖を巻き付けたタツヤの腕が、俺の身体の奥へとどんどん突き刺さっていく。

 突き刺さっていくと共に、傷口が広がって、俺の身体から血が徐々に流れていく。


「このまま、血を流しきってやる!」

「----そうは、簡単に事は進まないぞ」


 すっと、俺は身体に突き刺さっているタツヤの腕に手を添える。


「なんだ、ブラド? 今度はその手を、短刀みたいにぽっきり落として欲しいのか?」

「いや、ようやく動きが止まったから、掴んだだけだ」


 ある程度、目測を付けて当てる事も出来なくはない。

 ただ、そんな手を使わずとも、こうやって自分の身体をトリモチとして、動けなくすれば----


「----これなら、外れる事はない」


 ----スキル、【ハッケイ】。



 スキルを発動すると、俺の身体から紫色の気が湧き出る。

 湧き出た紫色の気は、俺の腕を伝い、そして鎖で巻かれて防御してあるタツヤの腕へと伝っていく。


「なにかと思えば、そんな添えただけの攻撃が私に通じる……ウグワーッ!?」


 さっと、慌てて腕を引き抜いたタツヤは、そのまま腕を鎖で思いっきり締め上げる。


「(止血のつもりだろうか?)」


 そんな事をしても、無意味だというのに。


「ウッ、ウグワーッ!? なっ、なんだ?! なんで、まだ痛いんだ?!

 【行動封じの鎖】で、傷が【上がってくる】という行動を止めたのに、なんでっ?!」

「それが、中級職・・・である【暗殺拳法家】のスキル、相手の体力を異常回復させて破壊する【ハッケイ】の力だ」



 全てのジョブには、レベルの上限がある。


 たとえば、ユウキとチエの2人の、【剣士】の上限レベルは、20である。

 そして20にまで辿り着いた彼らは1つの選択を迫られるのである。


 ----そのジョブを、どういう方向に進化させるのか。


 大剣を振るう道を進むのならば、【大剣使い】に。

 踊りを混ざり合わせた道を進めば、【剣士舞踏家】に。

 ドラゴンに乗っての共闘の道を進めば、【ドラゴンライダー】に。


 【千軍万馬】の元リーダー、【剣士】のイキレウスさんは……確か、どんな状況からでも一発逆転を狙える道を選んだ。

 初級職【剣士】を極めて、中級職は"体力が減るほど強くなる"という【ダークブレード】。

 その後、"体力が減るほど威力が上がる"という諸刃の剣を使う【妖刀使い】へとジョブを進化させた。


 そして、俺は----皆と一緒に戦える【暗殺者】を目指した。


「そうして、俺は中級職として、武器がなくても相手を素手でぶち殺せる【暗殺拳法家】を選んだわけだ。

 今、お前に打ち込んだのは、止血しようとも傷を負い続けるスキルだ。回復と同じ原理だ、たとえ回復魔法やスキルであろうともその傷は治せない」


 おぅおぅ、なんかすっごい目つきでこちらを睨んでるなぁ。

 そんな目で見られても、傷はスキル効果切れになるまで広がるし、解除も出来ない。


「舐めんなよ、タツヤ。お前が【剣の勇者】としてちやほやされるずっと前から、俺は自分の弱さと向き合い、強くなるのを諦めなかった。自分がそうなると信じて、冒険し続けた。

 ----だから、今の俺がある」

「説教してんじゃねぇよ! おらぁ!」


 と、タツヤはいきなり全身を、鎖で巻き始める。

 さっきの鎖帷子とは違う、今度は鎖を皮膚に食い込ませていた。


 【行動封じの鎖】を服にするのではなく、今度は鎖を直接、自分の身体に組み込む。

 皮膚を、骨を、血管を----タツヤの身体を構成する全ての部分に、可能な限り、鎖を絡める。



「----【行動封じの鎖】、条件"死ぬこと"」



 全身鎖人間といっても過言じゃない状況になったタツヤは、堂々とそう宣言した。


「今、私の身体は【行動封じの鎖】によって、全ての"死ぬこと"に繋がるモノの行動を封じた。

 これにより、今の私は相手のどんな攻撃だろうとも、絶対に死ななくなった。まさに無敵の姿----名づけて、《無敵のタツヤシナズタツヤ》って訳だ!」


 ドヤぁと、タツヤは堂々と語っていた。


「説教なんて、俺は聞きたくないんだよ! この世界は、すっげー生きやすいんだ! ちょっと頑張るだけでチヤホヤされるだけの、こんな人生イージーモードの世界に来たんだ!

 人生クソゲーなのは、あっちの世界だけで十分だ! 俺は楽をして、生きていたいんだ!

 それを邪魔する奴は、どんな野郎だろうと、ぶち殺してやるっ!」


 ----さぁ、どこからでもかかってこい!


「(とでも、言いたげだなぁ)」


 自信満タンってのは、別に悪い事じゃない。

 自分の実力に自信を持てる奴の方が、俺だって嫌いじゃない。


「----でもさぁ、お前のその理屈だけは、納得できないな」


 人生イージーモード? なんだ、それ?

 クソゲーなのは、あっちの世界だけで十分? 分からんな、それ?


「俺達は、冒険者だぜ? 冒険者なら、危険があろうとも冒険するべきだろう?

 そうでもしないと、ちゃんとした道に辿り着けないぜ?」


 これ、人生の先輩としての、俺からのアドバイスな。


「----っ! だ・か・らっ! そーいう説教なんか聞きたくねぇんだっての!

 私は自分だけが楽しく行きたい! 愉快で生きたい! もう苦労なんてしたくない!

 "苦労したことがない者がなにを言ってる"とか思ってんだろう! どうせよぉ!

 当たり前だろうが、どうして自分から苦労したいだなんて、思えるんだよぉ!? バカじゃないの?!」


 あぁーだ、こーだ。

 がみがみ、くちゃくちゃ。


 けっこう理屈こねくり回して語っているようだが、実質の所、コイツはなにも言っていない。


 ただ、良い感じになりたいけど、それを何の努力もせずになりたいとか、ほざいているだけだ。



「……これが、こんなのが、【勇者】の器かよ」



 なんで、こんなのが聖剣に選ばれるんだか……神様ってのは、本当に、考えていることが何一つ、分かんねぇわな。


「あぁー、もう、うっさいな」


 俺は、力強く握りしめていた拳を開いて、力を抜く。

 そして、とっておきの暗器として隠し持っていた、俺の一番の暗器を、取り出す。


「長剣ブラッドブレード。この剣を見た者は、必ず死ぬ」

「はっ! どんなたいそうな武器だろうと、私は絶対に死なない! 故に、私が勝つっ!」


 うぉぉぉぉ、と、なんの策もなく俺の方に向かってくるタツヤ。

 自身の防御力頼りの、【行動封じの鎖】頼りの、なんにもないただの突進。


 "だから、なんの冒険にもならない"。


 ----ザクッ!


「……えっ? ウッ、ウグワーッ!?」


 トロトロと、鎖の合間から、傷口から血が流れ始める。

 血が流れる、つまりは徐々に死んでいくということだ。



「もう、お前との勝負に、なんの意味も、なんの興奮もない。

 冒険ってのは命の危機があって、それと向き合うのも、乗り越えるのにも、全てにおいて楽しめるからこそ、冒険者は冒険に向かうんだ。

 ワクワクの冒険なんてモノは、お前とは楽しめそうにない」


 ----だから、もう、戦闘は終わりにしようじゃないか。

 お前と話すのは、もういい加減、疲れた。


 もう、仕舞いにしようじゃないか。

 お前はもう終わりだ。


「これからは、冒険はしない。"効くかも"って確かめるのはなしだ、ただ一方的に殺す」


 そう、ただの作業開始だ。



==== ==== ====

【Tips】冒険

 ワクワクして、楽しい、冒険者がする行為のこと。冒険者には色々な者がいて、色々な目的をもっているが、やはり大前提として、なにかに挑むことを楽しめる----それが冒険である

 故に、なんにも挑まず、ただ怒鳴り散らしているだけの者には、冒険者は名乗れない

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