第20話 初めての、神殺し


《さて、これで十分、マスターしたな》


 と、剣士神ラウンド様は、満足したような顔でそうおっしゃった。


 一方、チエは----ラウンド様から手ほどきを受けて得た力----全捨流派ゼンシャスタイルの力に震えが止まらなかった。


「これが流派スタイル……いや、私の力ですか」


 私がユウキのように、何故スキルを貰えなかったかが良く分かりました。

 スキルをくれなかったんじゃない、"必要なかったんです"。

 この流派スタイルの力があるなら、むしろ不要なスキルなんて必要ない。


 それほどの力が、神から指導を受けて会得した流派スタイルにはありました。


《さて、では我はこの辺で失礼するぞ。また頑張り続けていれば、いずれ我に出会う事もあるだろう》


 ラウンド様は剣を収めると、私に向かって手を差し伸べてくる。

 私はその手を、高貴なその人の手を急いで握り返す。


「あっ、ありがとうございます!」


 握り返すと共に、私の身体に金色の光が入ってくる。

 金色の光が腕を通って、私の身体に力として組み込まれていく。



===== ===== ===== =====

チエ・ソルナ 剣士Lv.2/20→全捨流派ゼンシャスタイルの剣士Lv.1/20


>特殊条件「剣士神ラウンドに出会う」を達成、特殊初級職に【練度変更ジョブチェンジ】されます


>体力に、大幅に上昇補正がかかります

>攻撃力に、大幅に上昇補正をかけます

>防御力に、大幅に上昇補正をかけます

>敏捷に、大幅に上昇補正をかけます


>流派スタイル全捨流派ゼンシャスタイル】を会得しました

>スキル【全捨流派ゼンシャスタイルー体技の術】を取得します

>スキル【全捨流派ゼンシャスタイルー剣技の術】を取得します

>スキル【円の太刀】を取得します

===== ===== ===== =====



 身体能力の大幅な上昇と、大量のスキルの取得。

 光として私の身体に入ってきたのは、あそこまで私が待ち望んでいた、戦うための強い力だった。


「これって、私の、力……?」

流派スタイルを指導するだけが、我の愛ではないぞ? 我が愛しき子よ》


 ----なにせ、我が愛を受ける条件は厳しいからな。


 ラウンド様は、コクリと頭を振っていた。


《我が流派スタイルの力、我が愛しき子はどう思った? 率直な意見を述べてくれたまえ》

「意見って言われても……」


 ……そりゃあ、シンプルに強い。


 自分がユウキのような力を手に入れられなかったのは、この流派スタイルの力があんまりにも強力すぎるから。

 そう言われて納得してしまうくらい、この流派スタイルの力はあまりにも強力すぎる。


《----そう、強すぎるのだ》


 "そこが一番重要なのだ"----ラウンド様はそ個を強く強調する。


《我が流派スタイルの力は、常人が持つには大きすぎる。強すぎる。

 強すぎる力は増長を呼び、新たな脅威となってしまう。

 故に、我と同じような神々は、加護を与えし愛しき子に試練を課す》


 力を持つに、相応しいかどうか。


 私の場合は、他の【剣士】とは違って専用スキルを手に入ることはなく、レベルアップに必要な経験値が多かったみたい。

 実際、私はそんな神様の試練によって、ユウキとの戦力差に悩んで、冒険者を辞めようと思ったくらいだった。


《力不足を自覚しつつ、それでも純然たる正義を諦めない。それが我が愛しき子に求める魂なり。

 そういう者にこそ、我が素晴らしき流派スタイルを伝えるのに相応しき愛しき子だよ》


 ----だから、教えたんだよ。我が流派スタイルの力を。


 手を私の肩に乗せて、ラウンド様は"良く頑張ったね"と私に伝える。


 けれども、私は知っている。

 私が腐らず、【剣士】の道をまい進出来たのは、師匠の、ブラド・ナル様のおかげ。

 彼がいてくれたから、目標であったから、私はここまで出来たんだ。


「----! そうだ、師匠!」


 そうだ、師匠を助けないと!

 今、師匠はタツヤと一緒に、鎖の檻の中に閉じ込められてしまっている。

 師匠が負けるとは思わないが、万が一、タツヤが自分の負けを認めずに、自分ごと檻を狭めて圧殺を考えたら?


 うん、その時こそ強くなった私が、師匠をお助けしないと!


《そうだね、もう修業は終わった。と言う訳で、この時間停止も、我と愛しき子との逢瀬も終了だ》

「ありがとうございます、神様!」


 神様のおかげで、全捨流派ゼンシャスタイルという流派スタイルを教えてもらった結果、私は今まで以上に強くなれました。

 挫折スランプなんて、跳ねのけちゃうんですから!


「私、まずはあの聖剣持ちのオークを倒して、師匠を助け出します!」

《----あぁ、その事なんだけどね》


 と、うっすらとラウンド様の姿が見えなくなっていく中、神様は最後にこう伝えてきた。



《倒すべきなのは、英雄オークヘルトオークじゃない。

 我が愛しき子が真に倒すべきは、【勇者】だ》



☆ ☆ ☆



《ブォォォォォン!》

「行くっすよぉぉぉぉ!」


 ----戻ってきた。


 世界は再び動き出し、ユウキはヘルトオークの攻撃になんとか対処しながら戦っている。


「(動き、出したんだ……)」


 状況は、先程と何一つ変わっていない。

 いや、たった一つ変わっているとすれば----それは、チエが流派スタイルという、新たな力を得た事。


 たった一つしか変わっていない。


 けれども、そのたった一つが、先程までとは違って、チエに勇気を、戦う希望を与えてくれる。


「----行き、ますっ!」


 次の瞬間、チエの身体はヘルトオークの前にあった。

 瞬間移動と思わしきほどの速さでいきなり現れた彼女に、ヘルトオークも、そしてユウキですら驚いて一瞬、攻撃が止まる。


「(なにも、おかしなこと、ないのに……)」


 いきなり超高速の力を得たのではない。

 ただ、"身体にかかる重さ"を捨てただけ。


「(そして、こう----)」


 するりと、まるで柔らかい水面に剣を刺して動かしたかのように、力もなく、ヘルトオークの左腕を切断する。


《ブモォ?!》

「あぁ、両腕は無理、だった」


 ヘルトオークの腕を両方とも斬り落とすつもりで振るったのですが、寸前で聖剣を沿わせて軌道を変えられてしまった。

 オークの肉を断ち切ることは出来ても、聖剣を斬る事は出来なかったみたいですね。


「ちっ、チエが、あのオークの腕を、いとも簡単に!? 俺でも斬れなかったのに、どうやったっすか?!」

「これが、流派スタイル、の力……」


 

 速く走りたい。

 ----ならば、身体にかかる重さを捨てれば、羽のように軽くなって、速く走れるだろう。


 硬い肉を斬りたい。

 ----ならば、相手の肉の厚みを捨てれば、するりと刃が通るであろう。


 剣士神ラウンド様に教えてもらった全捨流派ゼンシャスタイルとは、自分に不利なモノを、無駄なモノを、"全"て、"捨"て去る、"流派"。

 そうやって無駄なモノをそぎ落としていき、最高の戦力パフォーマンスを発揮するのが、この流派スタイルの力なのだ。


《ブモォォォン!》

「騒いで、も、無駄……」


 そう、この流派スタイルでは、余計な力は要らない。

 要るのは相手を倒すために必要な、必要最低限の力だけ。


 怒りと共に向かってくるヘルトオークの心臓、ドックドックと無駄に大きく鼓動する。

 それに対し、私の心は研ぎ澄まされて、そのまま一点に力を集約する。


「----【全捨流派ゼンシャスタイル】。"一点突き"」


 スキルでもない、ただ剣の刃先以外の不要な力を失くして、ただ一点のみに集約する突き。

 その突きは、ヘルトオークの筋肉を紙のように貫き、心臓を的確に貫いた。


《ブモォ……》


 口から大量の血を吐き、そのまま身体から生命力が消えていく。

 オークの死を剣先から感じつつ、私はホッと一息を吐く。



 その手にいつの間にか、聖剣が転げ落ちてるなんて、気付きもしなかった。



☆ ☆ ☆



《----我、そなたに勇気を見たり》


 と、一息吐いた私の頭に、声が響いてくる。

 ラウンド様と同じように、神々しく、心地いい素敵な声。


「(でも、ちが、う……)」


 この声は、ラウンド様とは、まるっきり違う。


 ラウンド様の"声"は、愛しい者に優しく声をかける、まるで母親のような声のかけ方。

 けれども今、頭の中に響いている"声"は、優しい声を装って、自分の思うように操作したいと願う、力でねじ伏せようとする犯罪者のような声のかけ方。


 声質は同じでも、私はまったく違う印象を抱いていた。


《我、名を勇者神ソルディアン。この聖剣の中で、そなたの活躍を見ていた。故に、我はそなたに"乗り換える"ことにする》

「えっ……?」


 なに? 今、なんか変な言葉が聞こえた気がするんだけど……。


 ……乗り換える?


《勇者とは、正義を為す者にあらず。勝利する者、正義だと勝ち誇れる者なり。故に、我が聖剣は勝ち馬に乗る。勝利する者こそ、聖剣が認めし勇者なり。

 多少の敗北は認めるが、お前の強さは【複写コピー】しようがない。あれは神の加護、理解を越えうるこの世界の常識をも超えうる力だから》


 その通りである。


 流派スタイルは、スキルとは違って、再現が出来ないモノだ。

 なにせ、神から直接指導されなければ、使う事ができない代物を、教えただけで「あぁ、分かった」って出来るようになるはずがない。


 全捨流派ゼンシャスタイルは、自分の行動を妨害する、障害となっているモノを外す。

 それによって、理論上でしか出せない、100パーセントの力を発揮する。

 その妨害や障害を失くすのに使っているのは、身体の奥底に眠っている力だとか、魔力だとか、気合いだとかではない。


 ----神の加護だ。


 故に、私が今からユウキや師匠に教えても、2人とも使えない。

 加護は、自分個人が手が出せる領域ではなく、神様の領域なのだから。


《我が【複写コピー】の力は、相手の良い所を真似る力。しかしながら性別を変える事や、ましてや加護を自由自在に操るなど、常人が出来る領域ではない。

 故に、そういった力を使う者に----積極的に勝ち馬として乗り換えようと思う》


 《お前は、新たな【剣の勇者】となるのだ》と、聖剣の中にいる神様が言っているが、私には意味が分からなかった。


 こんなののせいで、タツヤが威張ってられたの?

 こんなのの加護で、タツヤは好き放題やってたの?

 こんな日和見野郎が、私の中にいるの?


「……ふざ、け」

《ふざけてなどいない、我はそういうやり方で勇者を選んできた。さぁ、勇者という輝かしい人生を----って、ちょっと待って》


 ----待たない。


 私は、こんなのを神なんかに認めない。


「ユウキ、手伝って」

「……? あぁ、分かったっすよ。この聖剣が気に入らないんっすね?」

「流石、ふた、ごだね」

「いやぁ~、なんとなく変な声が聞こえていたからなぁ。あと、双子だからかな」


 そう、私達は師匠に育ててもらった、【剣士】のソルナ兄妹。

 私達が目指すのは、こんな情けない聖剣に認められる事なんかじゃない。


《なに、こいつら? まさか聖剣を、我を叩き折る気?

 無駄、無駄! 我は最硬の剣なり。勝ち馬がどんなに粗野な馬鹿でも、振り回して壊されないようにする、最硬の剣なり》


 どんなに硬かろうが、関係ない。


《そもそも、天界に住まう神と、オマエラ下々の者の考えが一緒な訳ないでしょ?

 オマエラは勇者になる、我はその勇者が活躍するのを他の神々に自慢する。それがもっとも、良い関係って奴だ》



===== ===== ===== =====

>ユウキ・ソルナが、スキル【神割りの剣】を取得します

>チエ・ソルナが、スキル【神割りの剣】を取得します


>【神割りの剣】

 神が宿りし神物を破壊する、神殺しの剣。神しか壊すことが出来ないが、神ならば絶対に破壊できる。

 このヘラヘラ勇者神に鉄槌をっ!

===== ===== ===== =====



《ちょっとぉ?! このタイミングで、そんなスキルとかおかしいだろう!

 天界の神が、そんな事して良いと思ってるの!? 同族を、同じ神を売ってるような、卑怯な行為だぞ!》

「勝ち馬野郎が、なにを言っているんっすか……」


 そう、これは神からの啓示。

 こんな腐れ神を倒せという、神からの啓示である。


「「行きます、【神割りの剣】!」」


 2人揃ってスキルを発動すると、私達の剣が聖剣ドラディアブレードの上に持って行かれ、そのまま突き刺すと共に聖剣にヒビが入って行く。


《ひぃ~! お、おれは、災厄の存在たる魔王を倒すための聖剣だぞ! 魔王を倒すための勇者選定の神だぞ!

 そ、そんな神を、オマエラなんかが殺して----》



「良い、と、思って、るよ」



 そう、こんな腐れ神が知らなくても、私達は知っている。


 私達が憧れる師匠なら、こんな聖剣なんてなくても、


「「誰にも負けない。それが師匠だから」」



==== ==== ====

【Tips】勇者神ソルディアン

 聖剣ドラディアブレードの中に宿りながら、勇者を選んでいる神様。一番強い勝ち馬を選ぶ、腐れ神

 勇者の人格や性質などどうでも良く、ただ勝つ者を選んでいる。矜持も誇りもなく、他の神々からあまり好かれていない

 最終的にはあまりにも見苦しいという理由で、神々から意図的に与えられたソルナ兄妹のスキルで、聖剣と一緒に殺された

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