第19話 手にしたいのは……


 ----圧倒的な強さ。


 チエは、目の前のオークの圧倒的な強さに速くも心が折れそうでした。

 それは、私の横で剣を構えるユウキも同じく。


《ブーヒッヒヒヒ!》


 聖剣を手にしているそのオークは、他のオークよりも身体は少し小さめ。

 しかしながら、赤い特徴的な紋様。それと瞳に映る焔が、ただのオークでないと私達に告げていました。


 事実、そのオークは、たった1匹で、【剣士の頂】の皆さん。そして私達兄妹を吹っ飛ばしました。

 皆で一斉に囲んで逃げようとしていた私達を、たった一振りの聖剣の衝撃波で。


「----次元が、違うっす」


 兄は震えながら、オークをそう表現しました。

 私も、言葉にこそしなかったが、同じ意見でした。


《ブォォォォン!》


 オークが高らかに、顔を上げながら咆哮する。

 すると、どこからともなく、次々と現れたオークが、【剣士の頂】の皆を襲ってきます。


英雄オークヘルトオークの【勇者の咆哮】だっ!」

「てめぇら、何も考えずにオークが突っ込んでくるぞ! 歯ぁ、食いしばれ!」

「【剣聖】は重傷だ! 皆、【剣聖】を守れぇ!」


 私よりも強い皆は、まるでゾンビのようにどこからともなく、あふれ出て向かってくるオーク達に手が離せないみたい。


「(あのオーク達、私がさっき倒したのと同じ種類……の、はず)」


 ----だけれども、強さが圧倒的に違う。


 今襲っているオーク達は、さっきまでのオーク達と動きのキレが全然違う。

 赤いオーラを纏っているからだろうか、あれが強さを段違いに跳ね上げている。


「チエ、あのオーク達。多分だが、なにかしらの【強化補正バフ】を受けてる」

「……うん、そう、だね」


 先程のヘルトオークなる上位オークの咆哮。

 アレがこのオーク達に対して、強さを上げている。

 恐らく、スキルかなにかで、攻撃力、もしくは狂暴性を上げているのでしょう。


《ブォォォォォ!》


 ヘルトオークは先ほどよりも高らかに咆哮をあげ、物凄い勢いで私とユウキに走って迫ってくる。

 そして、ヘルトオークは私達2人を掴んで放り投げ、【剣士の頂】の皆から強制的に距離を取らされる。




「「うぅ……!!」


 雑に投げられてしまったせいで、腕の骨から変な音が聞こえていました。

 ボキッと、2人とも骨が折れた音が聞こえるも、苦痛に悶える暇はなかった。


《ブモォォォン!》


 ヘルトオークは聖剣を乱暴に振るう。

 まるで子供がそこらで拾った木の棒を振るうかのように、型もなにもなく。

 そのオークは、たったそれだけなのに、私達を圧倒していた。


 私達2人は、その猛攻を、剣でかろうじて捌いていた。

 剣で攻撃をきちんと捌く方法なんて教えてもらってないので、ただ本能的に防いでいただけど。


「あっ……!」


 だから、そんな付け焼刃のような剣捌きは長続きせず、私の手から剣が吹っ飛んでいく。

 その隙を狙って、ヘルトオークが聖剣を振るってきて、私に斬撃が迫る。


「チエっ!!」

「お兄ちゃっ、んっ!?」


 私へと迫る聖剣の刃に対し、ユウキの剣がぶつかる。

 ぶつかり合う剣の間、そこに火花----ではなく、暗雲がいきなり現れる。


「----スキル、【落雷斬】っ!」


 現れた雲からは稲光が輝き、そこから雷がヘルトオークへと放たれる。

 放たれた雷は、ヘルトオークの顔を真っ黒焦げにしてしまっていた。


《ブォォォォォン!》

「----っ! なんのっ! 【静止の呼吸】、自動化オートっすよ!」


 ヘルトオークに【落雷斬】が効かなかったが、ユウキはすぐさま次の戦法に切り替えていた。

 私の目には止まらないほどのヘルトオークの斬撃を、【静止の呼吸】によってギリギリな所で避けきっていた。


「(流石、ユウキ……)」


 兄のユウキは【静止の呼吸】で呼吸を整えつつ、ヘルトオークに剣で対抗している。

 それなのに自分は手持ちの剣を、吹っ飛ばされている。


 対処できている兄に、吹っ飛ばされているわたし……。


「(同じ双子なのに……)」


 クッと、自分の無力さを改めて感じる。



『----どうすれば、お前を正しく導ける? 英雄という、Sランク冒険者に』



「(----っ!)」


 その時、私は師匠から受けた問いについて思い返していた。


 私が、タツヤと【剣士の頂】の皆との戦いに、加わるべきかどうか。

 それに迷っていた時、師匠はそう問いを出した。


 それに対して、私は----



「あの時の、師匠のように----誰かのための英雄になりたい」


 あの時、私は無力な子供でした。

 ちょっとした悪戯で、冒険者達のゴブリン退治の見学に行って、そのせいで、チカラお兄ちゃんは死んでしまった。

 師匠が来てくれなかったら、私も呆気なく死んでしまっていただろう。


 チカラお兄ちゃんを殺したゴブリンが自分に迫って来た時、私は死を覚悟しました。

 そして、そんな死を運ぶ死神としか思えないような存在を、たった一撃で倒した師匠。


 私は、絶望をたった一撃でひっくり返した師匠に、希望を見つけたんです。



「----誰かの希望になりたい。目標になりたい。

 師匠と同じように、自分も、誰かの危機に颯爽と駆けつけられる人になりたい。

 師匠と同じように、自分も、誰かが目指す道標になりたい」



 それが、私なりの、冒険者になった理由です。



《ふむふむ、実に気持ちが良い啖呵だったぞ。流石は、我が愛しき子なり》


 いきなり現れたその人は、朗らかに笑いながらそう言った。



☆ ☆ ☆


《やはりいつの世も、我が愛しき子の活躍を見るのは、微笑ましき者だなぁ。

 特に、なにかを追いかける若者というのは、加護を与えておいて楽しいなり》


 身体が、動かない。

 

 ----いや、全てが、動いてない。


 さっきまで激しく斬り合っていたはずの、ヘルトオークとユウキとの斬り合い。

 身体に感じられる程度の、そよ風。

 ユウキが生み出して、今も存在している黒い雷雲。


 世界の全てが、止まっているようでした。


《安心しろ、この場で動くことを許されているのは、我のみだ。あそこの聖剣持ちは、我が愛しき子に傷一つ付けられんよ。

 ここでは状況は悪くならなければ、良くもならない。だから、ゆっくりと我との会話を、邂逅を楽しみたまえよ》


 そんな全てが停止している世界で、たった1人、動いている人物がいました。


 ゆったりと長く伸びた白のローブに身を包んだ、4つの腕を持つ赤髪の男。

 人間でないことは確かだが、それ以上に彼からは何故か神々しさを感じました。


 それはヘルトオークとの戦場であるこの場所で、のん気にくつろいでいる姿を見せているからなのかもしれませんが。


 少なくとも私には、4本の腕を持つその赤髪男を、敵だとは思えませんでした。


《……ふむ、いきなりの状況を飲み込みきれていないようだな?

 よろしい、会話することを"許可する"》

「----! え、えっと……!?」


 いきなり口が動く……いや、"動けるようになった"という感じでしょうか?


 私は戸惑っていました。

 "何故、色々なモノが動かなくなっているのか?"ではなく、"なにを、話したら良いんでしょうか?"って。


「(この人、なんか、すっごい神々し、い……だから、怖い。

 私なんか、の言葉で、怒りを、買ってしまうのが……)」


 4本腕の男が纏っているオーラがあまりにも神々しすぎて、私なんかの言葉で怒らせたら、どうしよう……。

 色々と聞きたいことはあるけれども、それ以上にどういう言葉ならば話して良いか分からない。

 怒りを、不機嫌にしてしまったら、私はどうなってしまうのだろうか?


 ずーっと偉い人に話しかけて、変なところで怒りを買うのが怖くて話せない。

 今、私が、目の前の4本腕の男に対して抱いているのは、そういう感情によく似ています。


 聞きたいけど、怒らせるのが怖い。


 私が震えながら、言葉選びに迷っていると、4本腕の男は手を振って、私に落ち着くように手を振るう。


《あぁ~、大丈夫だよ。言葉一つで神罰をくだすほど、我は心が狭くないよ?

 それに神罰をくだせるほどの権能を、我は持ち合わせていないのだ》

「心を……!」

《うむ、読むくらいは造作もない。なにせ、我は神だからな》


 《どやぁ!》と、4本腕の男は----


《あぁ~、もうそれ良いから。"4本腕の"では、少し呼びづらいだろう?

 そこは我の名を、剣士神ラウンドの名を呼んでくれた方が嬉しいよ。我が愛しき子よ》

「剣士……神っ?!」

《そうだ、剣士の神様だぞ。我が愛しき子であるそなたに【剣士】のジョブを与え、それからも頑張りに応じて、力を与えていた、あの神様だ》


 かっ、神って、もしかして神様っ?!

 なんで、神様が、こんな所に?!


《ふむ、確かにそうだのぉ~。神が我々の前に現れるなんて、普通は予測せんものなぁ。精々が、【強度上昇レベルアップ】の際に、神からの施しを与えたのを感じるくらいだものなぁ。

 "スキルを取得しました"とか、"攻撃力に上昇補正をかけます"とか。そういう形の報酬という加護を。

 お主の兄に力を与えている剣士神なんかは、その代表的なヤツじゃものなぁ。頑張りに応じて、スキルを与えて、力を上昇させる----ほかの神々も天界からそうやって力を与えておる》


 天界から力を与えている----確かに、私の思う神って、そういう者だった。そういう存在だった。


 私達なんかが一生かけても辿り着けない聖なる場所で、私達に力を与えて、見守っている。

 そして頑張りに応じて、さらなる力をくれる。


 それが私が住んでた村に来た教会の人が教えてくれた、神様って存在。


 だからずっと、私はそう信じてきた。


 ----じゃあ、この目の前の、手が届きそうなくらい近くに居る者は、神ではないのか?


 いいや、違う。この人は、剣士神ラウンドと名乗ったこの男は……いや、このお方は紛れもなく神様だ。

 人間や獣人、エルフとか、そういう種族の皆が纏っている雰囲気とは一線を画す存在----もはや神としか表現するしかない存在。


「神、様……なんで、ここに……」

《無論、我が加護を与えた子に会うためだ。我が愛しき子よ》


 ラウンド様の4本の腕。その手の中には、それぞれ刃渡りが違う4本の剣が握られていました。


《ほかの神が力を、ただ与えるだけなのと違い、我は愛しき子に直接、指導という形で与える。

 我がジョブの真なる実力は、スキルという枠で収まりきらない。故に、目をかけてる者には、我が直接出向き、この動かざる世界で我が力の一端を与えるのだ》


 ----さぁ、剣を構えよ。我が愛しき子よ。


 ラウンド様は4本の剣を構えながら、私に剣を抜くことを"許可"した。

 身体が動くと、私は当たり前のように剣を抜いて構えていた。


 神の教えを、ひとつ残らず受け取るために。


《剣士神ラウンドの加護の、真なる実力。それは神自身が教える流派スタイルの力。

 我が教えるは、とある地にて生み出された実戦向けの剣術なり》

「それは、いったい……」


 私が聞くと、剣士神ラウンド様は誇らしげに答える。


《身体の不自由さ、待つことの無意味さ、対することの儚さ、自分の魂に嘘をつく惨めさ。

 全ての流れを断ち切り、全てを得る無敵の流派スタイル----それが全捨流派ゼンシャスタイルなり》



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【Tips】流派スタイル

 神々が与えるとっておきの戦術であり、スキルの類似物。ジョブを与える神が手解きすることで初めて会得できる強力な武器

 一つ一つの流派が主題テーマに沿った形で生み出されており、《一撃一撃が強力になる流派》もあれば、《相手よりも遠い位置から攻撃できるようになる流派》など、ひとくちに流派といっても様々である

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