第17話 Sランク冒険者へと至る道

 ----はじめ、それ・・を確認した門番はこう証言した。

 "あれは勇者でも人間でもない、魔王だ"と。


 真っ暗に、太陽がゆっくりと地面へ吸い込まれそうになって消えゆこうとする中、"そいつ"は、勇者タツヤは現れた。

 ブラドに復讐を誓う【剣の勇者】であるタツヤ・ドラゴニック・イチノセは、もはや勇者としての面影は一切なかった。


 ボロボロの聖剣を部下に預け、率いるは頭に鎖を巻き付けた100を超える大量のオーク。

 顔には下卑た笑みがこびりついており、身体中についた傷はその強さをひしひしと物語っている。


 大軍の魔物を率いて、街を襲うその姿は、まさしく魔王そのもの。

 勇者が倒すべき災厄に、自らが堕ちていた。


「ヒャッハア! 実に爽やかな気分だぜ! こんな気持ち、生まれて初めてかもしれねぇ!

 なんせ、今から村の女子供、あるモノ全てをぶち犯せると思うと、ワクワクが止まらねぇぜっ!」


 タツヤはそれが当然の事のように、むしろ勇者であった時よりも生き生きとした表情でそう語る。

 彼が右手を上に高く挙げると、それに呼応するかのように配下のオーク達も右手を挙げて応じる。


「さぁ、者共! 略奪と言う名の宴の始まりだ!

 弱きを駆逐し、強き者だけが貪り喰らう! 骸がそびえる悪路こそ、私達が歩むべき道なりっ!」


 ----やれ、豚共オーク


 タツヤの指示の元、10体ばかりのオークが門へと走り出す。


「----スキル【剣聖領域】」


 その10体のオークが、同時にバラバラの細切れへと変わる。


 居合抜き……光を越える速度で放たれた剣の一撃は、一瞬にしてオークを細切れの肉片へと変えたのである。


「ほぉ……流石は、【剣聖】のじじいだな」


 たいして驚きもしていないタツヤの前に、10人ばかりの【剣士】を連れた白髪の老人が現れる。

 修行仲間である【剣士の頂トップ・オブ・ソード】を連れて現れたのは、【剣聖】ストレ・ドラゴニック・フィールド。

 白髪の老体ながら、この場にいる誰よりも剣と己に向き合ってきた彼は、目の前の勇者タツヤに落胆していた。


 勇者----いや、魔王となったタツヤを打ち取りに来たのは、彼1人だけではなかった。

 彼が所属する【剣士の頂】----その講師役や優等生な、優秀なる【剣士】が20人ばかり、【剣聖】ストレと共に、魔王を打倒しに来ていた。


「聖剣ドラディアブレードよ、噂には聞いておったが今回選び出した【勇者】はよほどひどい奴らしいのう。

 その様、まさに【勇者】というより、【魔王】じゃて。後釜がこれではのぅ、おちおちくつろぐ事も出来んわ」


 【剣聖】の爺さんに従うような形で、6人の男女が前に出る。

 【剣士の頂】の修練場にて、居合抜きを極める『参』の部屋で鍛えている、神速の居合抜きを得意とする【剣士】達である。


「老がいのじじいは、退散しろよ。私という若者のため、とっとと道を明け渡しやがれ」


 一方で、タツヤが手を前に出して現れたのは、盾役のオーク。

 無防備なお腹を守るため、鎖を使って盾代わりの大木を巻き付けたオーク。

 鈍重そうだが、盾代わりに、ただ突っ込んで場をかき乱すぐらいは出来るだろう。


「盾の豚共、仕事の時間だ。潔く死んで、道を開けてこい」

《ブッピィー!》


 盾役のオーク達がのろのろと、だけれども真っすぐ門の方へと向かってくる。


「……趣味が悪いのぅ」


 一瞬、空気がブレる。



 そして、盾役のオークが、全員首を斬られて死んでいた。


「たった"これだけ"で、わしらに対する盾になると考えられるなんて----」


 さっ、と爺さんを始めとして、神速の居合抜きの6人の【剣士】が、魔王に剣を向けていた。


「----わしらも、舐められたもんじゃのう」



 剣の刃先を向けられたタツヤは、「甘いなぁ」と口にする。


「なに、一応は降参を待つ、という形を作ってんの? 分かってるんだからな、魂胆なんか。

 剣を向けて、『はい、降参します。許してください』って言って捕まるほど、私はバカじゃないのよ。実はもう既に、スキルの発動領域に入っていて、私が一歩でも動けば攻撃されるんだろう?」


 実際、タツヤの言う通り、既にタツヤを逃がさないための包囲網は完成している。

 タツヤを包囲している、爺さんを筆頭とした7人は、既に【居合いの罠】というスキルを発動しているからだ。


 このスキルは、相手が敵対して向かってきた時に発動する、カウンターのスキル。

 そしてこのスキルのもっとも重要な点は、鞘から剣を抜いた状態でも発動する事。


「(奴がどんな攻撃をするかは分からんがのぅ、わしら7人の速さは必ずタツヤの急所を捕らえる。

 心臓は取らぬが、とりあえず再起不能にはなってもらおうかのぅ)」


 オークなんて彼らからして見れば、ただの動く案山子のようなモノ。

 死角から襲われようが、容易に対処できるデカブツだ。

 

 故に、タツヤから目を離さない。

 聖剣ドラディアブレードをオークなんかに渡し捨てた、街を襲う危険人物を、この場で足止めするのだ。


「しっ、師匠……」

「ここ、これはっ……」

「まさか、そんなぁ~」


「どうした、今は息を合わせるんじゃ」


 剣を向けて、タツヤにプレッシャーをかけているのに、情けない声を出す3人の若き【剣士】達。

 それに対し、爺さんは軽く怒った後、再び、タツヤへと視線を戻して----


「(……むっ?)」


 ----そこで、初めて異変に気付いた。


 動けない、身体の下半分に感覚がない。

 さらに言えば、剣を持つ腕が、これ以上、下へと下がらない。


「おうおう、ようやくスキルが発動したようだなぁ」


 よっ、と。


 自分に向けられている剣の刃先を、のれんをくぐるかのようにひょいっとのけて、タツヤは包囲網から易々と抜け出した。

 そして、オーク達を門の前で、呆気に取られている【剣士の頂】の連中にぶつける。


 オークごときが勝てない事は分かっている、ただこれからの"作業"を邪魔されたくないのだ。


「さて、と。動けない気分はどうだ、誰よりも速く動けるのが得意の居合野郎共?

 あぁ、そうだった。女子もいるなら、者共と言い直すべきかぁ?」


 変な、下卑た笑い声をあげるタツヤ。

 そして、動けなくなった【剣聖】の爺さんを始めとした7人に、一突き、心臓に剣を突き刺していく。

 わざわざ、そいつが持っている愛刀を使って刺す、というこだわりようだ。


「喋れはするだろう? 悲鳴や恨みつらみは、言っておいた方が良いと思うよぉ? 私的には?」

「なにを……した……」

「今世の終わりより、疑問解決とかマジ分からんわ」


 ----つまらん。


 タツヤはそう言って、こちらを警戒して攻めてこず、門をオークから守っている【剣士】群に目を向ける。


「まずは、あいつらからぶっ殺そうか」



☆ ☆ ☆



 門の向こうで、悲鳴が聞こえる。


 男の人が、女の人が、老人が、子供が。

 知らない声も、知ってる声も。


 この門の向こうで、【剣士の頂】の皆が戦っているのは、彼女には分かっていた。


「(でも……)」


 それでも、チエ・ソルナは震えて動けなかった。

 怖いのだ、死が。

 自分の強さに未だに自信が持てないのに、自分よりも強い人達がやられてるのに、自分なんかが行って、何の役に立つのだろうと。


「(行かなきゃ……いけ、ないのに……)」


 彼女チエ・ソルナには、夢がある。目標がある。

 輝かしいその夢は、彼女を未だに【剣士】として奮い立たせている。


 自分が死を覚悟したあの時、さっそうと駆けつけてくれた冒険者----【暗殺者】のブラド・ナル師匠。

 彼のように、誰かの目標となるカッコいい人物になる。それがチエの、ユウキと同じ目標。


 師匠ならば、この状況で一目散に行くに決まっている。

 いや、もしかしたら既に行っているのかもしれない。


「(だから、私、も----)」


 行かなきゃならない。


 腰の剣に手を当てて、死を覚悟して門に手を当てて----



「気負い過ぎだろ、バカが」


 ----ブラド師匠の手が、チエの手の上にそっと重ねられた。


☆ ☆ ☆


「ししょ、うっ!」


 ガシッと振り返って、師匠である俺の姿を見て、満面の笑みを浮かべるチエ。

 目元には、不安から解放された際に溢れ出した涙も流れ出していた。


 ……あ~ぁ、汚いな。おい。


「おう! 無事だったようだな!」

「ユウキ、もっ!」


 勿論、来ているのは俺だけではない。

 一緒に、チエの兄貴であるユウキも一緒だ。


 ユウキの姿、そして俺の姿を見て、チエは一息ホッと息を吐いて、すぐさま事態が急を要すことであることを思い出したらしい。

 彼女は手早く、いや焦った様子で、俺達に状況を話していく。


「たい、へんっ! 門の向こう、に、タツヤがっ! 【剣士の頂】の、みんな! 戦って、る!」

「あぁ、だいたい状況は把握している」


 受付嬢が呼びに来て、門の前にタツヤが魔物の大軍を連れてきたのを知ったこと。

 それの対処に、【剣士の頂】のメンバーが駆け付けたこと。

 応援として、ブラドとユウキも呼ばれたこと。


 俺は、手短にそう知っていると答えた。


「流石、師匠っ!」

「まぁ、案外手助けになる前に終わってるかと思えば、その逆だな。これは、一方的にやられてる声だ」


 何が一番の良作だろうと、俺は悩む。


「(このまま行くべきか、それとも一旦ギルドまで帰って応援を呼ぶべきだろうか?)」


 俺を呼んだ受付嬢も、多分、戦力の1つとして呼んだだけだろう……たぶん。

 【剣士の頂】という、この街でも屈指の戦力が、まさか悲鳴を上げているとは思ってないはずだ。


「よし……とりあえず、俺1人だけで行ってくるから、2人はここで待機して----」


 俺が支持を出していると、いきなり、チエが俺の懐に飛び込んでくる。


「おねが、いっ! 助け、てっ! 師匠っ!

 みんなを、助けられるの、師匠だけしか、いないっ!」

「そうっすよっ! 師匠なら、たとえ勇者が相手でも余裕っすよね?」


 2人の言葉に、ブラドは指を軽く立てて合図を返す。

 このポーズの意味は、『俺なら行ける』という余裕の意味だ。


「当たり前だろう、俺は資格停止中とはいえ、Sランク冒険者だぜ?

 今、俺が悩んでいるのは、俺1人で行くべきか、お前らを連れていくべきかのどちらにしようか悩んでいただけだ」


 ----若いうちの苦労は、買ってでもしろ。


 そういう言葉があるのは、知っているだろうか?

 これは"若者は積極的に苦労しやがれ"という意味ではなく、"若いうちに苦労を経験しておかないと、後々になっても出来ないよ"という教訓だ。

 

 "知っていない"よりも、"経験している"の方がよっぽど強くなれる。

 勇者が魔物の大軍を連れてやって来るだなんて異常事態の経験、人生でもう二度と経験できないだろうし。


「お前たちの目標は、夢は聞いている。

 ----俺みたいな、Sランク冒険者になることが目標なんだろう?」


 俺がそう聞くと、2人は「勿論!」とでも言いたげに、首を大きく振って頷く。


「Sランク冒険者になりたいのならば、こういう場面でこそ、行くべきだ。

 危険な場面こそ、積極的に向かうぐらいの気概。それが、Sランク冒険者へと至る道だ」


 俺がそう言うと、ユウキは「やってやるぜ!」と気概を見せる。

 今にでも、門を抜けて、タツヤに挑みに行ってしまいそうなくらいだ。


「……。」


 しかしながらチエは、どこか緊張した様子で、ビクついていた。

 未だに、彼女に関しては一切、新しい力とかゲット出来てないもんなぁ。


 英雄にはなりたくても、その力が一切ないんだから。


「(----けど、それじゃあ、いつまで経っても、お前がなりたいモノにはなれないぞ?)」


 俺は、チエの肩に手を置いて、優しく声をかける。


「チエ----お前がなりたいのは、Sランク冒険者なんだろう?

 こういう時に、行かないとなれないんだぞ?」

「でっ、でも……」


 まぁ、チエの【剣士】というジョブを与えた神様ってのは、彼女を全然甘やかさないみたいだし。

 もっと、ユウキみたいにこまめに、力を与えてやれば、彼女もここまで折れなかっただろうになぁ。


 ----だから、俺も彼女チエを甘やかさない。


「ここで戦えないのならば、俺はもうお手上げだ。どうやっても師匠として、お前を英雄なんかに導く手段が、1つも、思いつかないんだ」


 そう、完璧に"詰み"って奴。

 もう、打つ手なしだ。


 だから後は、チエが頑張るしかない。

 言いたくはないが、ここまで来たら、気合と根性しか、頼れるものがない。


「チエ・ソルナ。最後の選択だ。

 ----どうすれば、お前を正しく導ける? 英雄という、Sランク冒険者に」


 その問いに、チエは----



==== ==== ====

【Tips】魔王

 魔に類する魔族や魔物などを率いる者。能力の性質などは各魔王によって違いはあるが、基本的には人間にとって絶対悪な王様である。それが故に、この世界の者にとって、極悪犯罪者の類語として揶揄される場合がある

 "子供を作れない"、"魔を服従させる"、"年を取らなくなる"など様々な性質を持ち、多くの物語において勇者によって撃退されている

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