第15話 素晴らしき、クランへようこそ!

 ----集団クラン、【剣士の頂トップ・オブ・ソード】。


 【剣士】による、【剣士】のための、【剣士】のためのクラン。

 自分達と同じ【剣士】を育てるために活動しているその組織なのだが、この街の道場は街外れの、今にも壊れそうな民家の中にあった。


「おっ、あった。あった」


 部屋の真ん中に置かれた机、そこをどけると剣を差し込む穴があった。

 その穴に、剣を差し込むと、部屋の奥の壁がパカッと開いて、下へと降りる階段が見えてきた。


「さっ、降りるぞ」

「けっこう、ややこしい、場所、です……」

「まぁ、確かにややこしいわな」


 書類には、【剣士】ならば誰でも来てオーケーみたいな感じだが、流石にそれでは来る者が多すぎて、なにより冷やかして入ってきてしまう者も出てしまう。

 それを避けるために、こういう面倒で、知っている人が居ないと絶対に分からない仕様になっているんだとか。


「多分、そういうのが好きな人が居るんだと思うんだけどね」


 本当に入れたくないのなら、入り口に交代制で【剣士】を配置しておけば良いんだ。

 そうして問答とかを用意しておいて、それに正解できた者だけを通せば良い。

 あるいは問答ではなく、合言葉とかそういうのでも。


 面倒だとは思うが、わざわざこんな仕掛けを作るよりかは、よっぽど楽だろうに。




 そんな事を思いつつ、チエと2人で階段を下りていくと、道場が見えてきた。

 地下ではあるが天然の魔石の影響で昼間みたいに明るく、なにより十分に訓練できる広いスペースには、既に10人ばかりの若者が剣を振るいながら、訓練に明け暮れていた。

 部屋のさらに奥には『壱』から『弐』、『参』と書かれた3つの扉があり、その奥からも同様に修練に励んでいるだろう若者の声が聞こえてくる。


「良く来たのぅ! ……おや、【暗殺者】のブラドじゃないかの」

「久しぶりだな、【剣聖】のじいちゃん」


 階段の下りた先で、椅子に座る形で俺達を出迎えてくれたのは、この辺境にある【剣士の頂】支部の中で最も偉い立場にいる白髪の爺さん、【剣聖】ストレ・ドラゴニック・フィールド。

 この道場の責任者であり、最も強い力の持ち主であり-----かつての【剣の勇者】の成れの果てだ。


「本当に久しいのぅ、お主が前に来たのはいつだったかのぅ?」

「リーダーのイキレウスが、稽古中にぶっ倒れた時だ。それ以来、来ていない」

「----肝心のリーダーは、別の国に行ってしまったからのぅ」


 飄々と、軽口を叩く爺さん。

 だが、その瞳の奥には、今もなおドラゴンを倒せるだけの強い実力者の炎を宿していた。


 髪は白くて弱弱しく、身体も痩せ細ってポキリと折れてしまいそうなくらい細い。

 それなのに、一向に暗殺すころせる隙はない。


「(相変わらず、この爺さんは強いなぁ)」


 実際、この人は【勇者】であった時に、ドラゴンを数匹倒している実力者だ。

 しかも、聖剣ドラディアブレードの【複写コピー】の力を使わずに、だ。


「(聖剣の力ではなく、ただ純粋に剣の道だけを磨き、そして当時迫っていた災厄の魔人を斬り殺した勇者。

 ……今はもう、聖剣を振れるほどの力はないらしいが、それでも分かる。この爺さんは本物だ)」


 そう、この爺さんこそが、本物の【剣の勇者】だ。

 あんな、なんちゃって勇者とは違って。


「して、ブラド。今日は何用でここまで来た?」

「彼女を訓練して欲しくて」


 ただ懐かしい話をしに来た訳ではない。

 爺さんの力を借りに来たのだ。


 老いても未だに強者である爺さんなら、俺に分からない方法で、チエの悩みを解決してくれるだろう。

 聖剣は使えなくなっても、剣を極めた【剣聖】の力は本物なのだから。


「とある縁で、指導をしているチエ・ソルナだ。彼女の今後の指針を示して欲しい」

「チエ、です……。【剣士】、やってます」

「ほぅ、なるほどのぅ」


 俺の説明で納得した爺さんは頭を振って頷き、チエの顔をじっと見つめる。


「……ふむ、どれどれ。【剣正眼】と」


 爺さんがスキル名を発動すると共に、爺さんの瞳の中に剣の模様が浮かび上がる。

 続いて、チエの瞳の中にも、爺さんと同じように剣の模様が浮かび上がった。


「ほぅ、こういう事かのう」


 爺さんが瞬きをすると瞳の中の模様は消え、同じようにチエの瞳の中の模様も消えた。


「事情はだいたい、今ので理解した。チエ・ソルナよ、お主は兄と同じだけの攻撃の力を求めておるんじゃな」

「すごっ、いっ! 当たって、る!」


 パチパチッと、拍手をするチエに、爺さんは奥の『参』と書かれた部屋を指差す。


「チエよ、お主はあの『参』の部屋に行け。中におるコジュロウに稽古をつけてもらえ。

 コジュロウは、最速の剣技である居抜きの達人じゃ。指導を受ければ、今よりかは強くなるじゃろうて」

「……! かん、しゃっ!」


 満面の笑みを浮かべて、チエは爺さんに一礼した後、『参』の部屋に向かって走り出していった。


「良い子じゃ、なににも染まっておらぬ良い【剣士】じゃ。あの娘なら、コジュロウの指導も素直に聞いてすぐにでも強くなるじゃろう」


 しみじみとした、達成感すら感じられる言葉。


「----だが、本職には叶わんのだろう?」


 だからこそ、俺は爺さんにそう尋ねた。


「ほう、何故そう思う?」

「"すぐにでも強くなる"って、いつもの爺さんは言わないよ」


 そう、いつもだったら、そんな事は言わない。


 この組織の目標は、若き【剣士】に修練の場を与えることではない。

 この組織の目標は、チエに見せたあの紙に書いてあった通りだ。


「"全ては、【剣士】こそがこの世で一番強いことを証明するために"----それがこの組織の目標だろう?

 だから、いつもなら、"あの娘なら、【剣士】としての頂に辿り着けるかもしれない"と言ってたでしょ?」


 ----違いますか?

 ----元【剣の勇者】である、【剣聖】のストレ・ドラゴニック・フィールドさん?


「……確かに、そうじゃのう」


 ふぅ、と小さく溜息を吐いて、爺さんは何故いつもとは違う事を言ったのかに、こう答えた。


「----あの娘、どう指導して良いか分からなかったからのう。

 なんなら、今すぐ連れ帰ってくれんか?」



☆ ☆ ☆



「……分からない? 今すぐ連れ帰れ?」


 チエと同じ【剣士】、それも【剣士】の最上級職と言っても過言でもない【剣聖】にまで上りつめたストレが?

 多くの【剣士】を、剣のさらなる高みへと導いてきた歴戦の指導者が?


「分からないって、どういう事か説明してくれます?」


 もし仮に、連れてきたのが俺と言う【暗殺者】だからという理由で、ちゃんとした指導をさせないのなら、俺は断固として抗議しなければならない。

 最悪、この爺さんに、手傷の1つや2つ、負わせようとまで考えている。


「俺は頑張っている奴には、とことんまで付き合うのが誠意だと思っている。勿論、【暗殺者】である俺が、チエを、そしてユウキを正しく導けるはずがないから、素直に身を引きたいとまで考えている」


 そう、頑張っている限りは、報われるべきだ。

 正しく評価されるべきだ。

 そうでなければ----あまりにも理不尽だろう。


「だからこそ、彼女にはちゃんとした指導を受けさせて欲しい。じゃないと、俺も示しがつかんだろうが」

「ふむ、お主は本当に面倒見が良いのう。そこまで思っておるなら、自身で指導を続けてやるが良かろうに」

「面倒見が良いのは当たり前だ。これでもSランクにまで上りつめた冒険者だからな」


 なにかを極めた者っていうのは、大抵は面倒見が良いんだ。

 自分が弱かったことを知っているから、そういう時に手を差し伸べて欲しいと思ってたから。


「まっ、でも面倒なんだよなぁ~」


 うん、そればっかりはどうしようもない。

 やっぱり、お酒の方が美味しくて、そっちの方が良いし。


「うむ、Sランク冒険者は変人揃いとは良く言うが、お主も大分変人じゃのう。

 【暗殺者】であるにも関わらず、吸血鬼という長い生を楽しむために、スキルとして使えもしないのに、色々なジョブの者達の話を聞いて勝手に身に着けたとかいう、ブラド・ナルは」

「殺すには、相手の事を良く知っておかないといけんだろう。それに変人具合では爺さんも同等だ。

 王家の所有物の聖剣を勝手に持ち出して、結局、【剣の勇者】である間、【複写コピー】のスキルが分からずに、知らずに剣の道を上りつめた爺さんとは」


 「若気の至りじゃった」と爺さんは語るが、流石にどうなんだろう、それは。

 まぁ、俺も、爺さんも、どちらも端から見れば変人なのだろうが。


「いや、でも……これ以上、俺に指導が思いつかんのだ」


 ユウキには、神が与えてくれた指針がある。

 【落雷斬】だの、【大切断】だの、彼が加護で貰えてるスキルは全部隙こそ大きいけど破壊力は抜群だ。

 あとは、その隙を失くしつつ、破壊力をさらに高めていけば良い。


 けれども、チエの方にはそれがない。

 これから【強度上昇レベルアップ】していけば、それが分かるのかもしれないが、少なくとも今の段階ではどう指導していけば良いかが分からんのだ。

 そして、それを苦しいと思っている。


「そんな奴に、適当なアドバイスは出来ん。あと、俺よりも師匠として相応しい人物がいると思う」

「【剣聖】と言う、ワシとか?」

「そう思ってます」


 「若者に頼られると、嬉しいのぉ」と、爺さんは笑っていた。


「とは言え、あの娘に関しては、多分じゃが、やっぱりうちの道場では面倒を見切れんと思っておる」

「おいっ、爺さんっ!」

「老人の話は最後まで聞くべきじゃよ。若者は結論を急ぎがちじゃ」


 ごほんっ、と爺さんは一旦、場を落ち着けると、訓練場を----今も10人くらいが剣を振っている訓練場を指差した。


「うちには、【剣士】を4つのグループに分けておる。

 まず、今見ておるように、基礎の基礎から学んでおる者達。そして『壱』、『弐』、『参』という、さらに剣の道を研ぎ澄ませる道----まぁ、その4つに分かれて、学ばせておる。

 あの娘は、ブラド、お主の指導で基礎はしっかり出来ておるようじゃから、あの子達とは別の3つの部屋に居れようと思っておった」


 ----じゃから、【剣正眼】を使った。


「ワシとあの娘、両方の瞳に剣の模様が映し出されておったじゃろ?」

「あぁ、確かに」

「あのスキルは、【剣聖】でないと使えない上級スキルで、相手の【剣士】の加護を与えた神----その神がどういう神かを判別するスキルなのじゃ」


 【剣士】の加護を与える神、と一言で言っても、色々と種類があるらしい。

 その数、主に4種類。

 

「破壊力重視の、強力な一撃を叩きこむスキルを与える剣神。そういった者には『壱』の部屋を。

 突きなどによって、相手の身体にピンポイントで攻撃を与えるスキルを与える剣神。そういった者には『弐』の部屋を。

 そして、目にも止まらぬ速さで、相手を斬りぬくスキルを与える剣神。そういった者には『参』の部屋を。

 それぞれ与え、指導をしておる」


 そして、そのどれでもない、4種類目----【剣正眼】のスキルを使っても、どういったスキルを与えるかが分からない剣神の加護を持つ者。


「そういった者に関しては、流石に【剣士の頂】でもどう指導していけば分からんのじゃ。

 すまんのぅ、本当に。力になれないのは、こちらも心苦しいのじゃ」


 どんっ、と【剣聖】にまで上りつめた男に頭を下げられ、俺は本当にどうしたらいいか分からなくなってしまったのである。



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【Tips】剣神

 ジョブの1つである【剣士】の加護を与える神のこと。【剣士】の加護を与える事が出来るのは1柱ではなく、複数の柱がいることが分かっている

 それぞれが自分が望む"【剣士】として目指して欲しい姿"があり、それがスキルとして現れてくるため、同じ【剣士】でも発現するジョブに違いが出てくる

 そして、それを極めた先に----【剣士】ジョブの到達点である、【剣聖】ジョブが待っている

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