第14話 師匠からの、単純で簡単なアドバイス
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それは冒険者である以上は、誰にでも訪れる可能性がある出来事。
そもそもが、冒険者なんてモノは、ただの便利屋。
自分が出来るかもしれないことを、他の人の代わりにやる代行業だ。
依頼を受けて、それで出来るのならば、問題はない。
ただ、どんな出来事にも
そして、それをケセラセラと、いつかなんとかなると笑い飛ばせない者が至る病。
それが、スランプ。
重要なのは、このスランプを持つ者が、2種類いる事。
1つは、このスランプを勝手に解決する者。
勝手に悩み、勝手に打開策を見つけて、勝手に解決する者。
コイツに関しては、悩んでいる時に面倒な相手だと思うくらいで、特に問題はない。
問題は、もう1つの方。スランプを解決するのに、誰かの助けがいる者。
スランプの解決策が分からず、1人で悩んで、そのまま1人で抱え込んで堕ちていく。
こういうタイプには、誰かが解決策を、もしくは手を差し伸べて一緒に悩む必要がある。
「チエ・ソルナ、だから遠慮なく話してくれ。君1人で、抱え込む必要はねぇ」
と、俺は目の前で縮こまって座っている彼女----チエ・ソルナにそう声をかける。
「……はい」
落ち込んでいるのか、目を塞ぎがちでこちらを見ない。
一応、今俺は兄であるユウキから「妹が変だ」という報告を受けて、宿屋に引きこもる彼女を連れだした。
ギルドだと話し辛いかもと、前に受付嬢と話したあの酒場まで連れてきた。
来たまでは良いが、やっぱりまだ気分は晴れてないらしい。
外に連れ出して、風とか太陽を浴びたくらいで治るくらいだと簡単で良かったのだけど、そうもいかないらしい。
「(----まぁ、仕方がない。双子で、【剣士】という同じ道を歩んできたはずなのに、圧倒的な実力差を見せつけられたんだから)」
片方は、強敵に対して逃げ惑い、怯える事しか出来ず。
対して、もう片方は、強敵に対して倒すほどの力を得た。
同じように、一緒に強くなれるはずだと思っていたのに、その差は開く一方。
彼女は今、多くの冒険者が悩むところに、悩んでも仕方がないことに足を踏み入れてしまっている。
「力の差、才能の違い、輝く
「ライバル、なんて……。ユウキは、兄で……」
「兄だから、ライバルじゃないって?」
なにをバカなことを言っているんだか。
「逆だ、チエ。"兄だから"、ライバルになるんだ」
自分とまったく畑違いの、たとえば別の街のギルドに所属している【魔法使い】が活躍したからって、チエはなんとも思わないだろう。
それは彼女がその人物を良く知らないからで、さらに言えば【魔法使い】が活躍したからと言っても、彼女は【剣士】だから別に自分とまったく関係ないから。
逆に、ライバルになりうる人物というのは、彼女自身が良く知る人物が良い。
同い年だったり、ギルドに所属した時期が被っていたり、同じく【剣士】だったりと、自分に共通点がある者。
そういう者こそ、共に切磋琢磨しあうライバルになるのだ。
「その点で言えば、ユウキなんて、お前にとってはライバルになりうる要素てんこ盛りじゃないか」
双子だから、同じ年。
ジョブも、2人とも【剣士】。
ギルドに所属したのだって、あの資料を見る限りは同時期だろう。
じゃないと、わざわざ"ソルナ兄妹の、双子の~"だなんて表記は使わないはずだ。
「そう言えば、初めて【
「そりゃ……双子、だし」
「そうだな、そしてライバルだ」
----だからこそ、"
「さて、チエ。そんなスランプを抱える者に、師匠として解決のアドバイスを与えようじゃないか」
「難しい……やつ……?」
「いや、ちっとも。なんなら、すぐにでも出来る極めて簡単なモノだ」
そう、スランプ解決法と言うのは、単純な方が効果がある。
難しいモノだと、"なんで、それで解決できるんだろう?"って考えちゃうからな。
こういうのは、簡単な、今すぐに出来る奴の方が良い。
「チエ……簡単なことだ。単純で、今すぐにでも出来るのだ」
----師匠を変えろ。
「えっ……?」
「今から劇的なる強さを得ようと思ったら、それが良いだろう。なんせ、俺は本職の【剣士】じゃなく、【暗殺者】だ。同じ教わるなら、同じジョブの方が良いに決まってる」
身体の動かし方とか、より良い戦い方だとか、そういった大雑把なことは俺にだって教えられることはある。
けれども、【暗殺者】には【暗殺者】なりの戦い方や奥の手があるように、【剣士】にだって似たようなモノがあるはずだ。
そして、その戦い方や奥の手を教えられるのは、同じように進んできた者だけ。
「だから、俺の方からギルドに頼んで、そういった者に声をかけるという手が----」
「----嫌です」
言葉を言い切る前に、彼女にしては珍しく強い口調でそう言い切られる。
あんだけスランプで、物憂げな感じだったのに、一転して今でも戦場を駆け抜けようというだけの凄みを感じる。
「----それだけは、絶対に嫌です。師匠がなにを言っても、それだけは聞けない自信があります」
「……そうか。俺はあんまり気が進まんのだが」
まぁ、そういう事を言われるのはある程度、予想していた。
だって、2人とも、俺の指導を嫌々どころか、目をキラキラさせながら受けてるんだぜ?
それが演技じゃない事くらい、分かってる。
だからこそ、俺だって----それなりの気持ちで、師匠を引き受けてるんだから。
「だったら、プランを変える。師匠を"変える"ではなく、師匠を"増やそう"」
「……? 師匠が、増える?」
俺を見て、なんだか変な感じに目を上に向けるチエ。
うん、スランプで目を下に向けるよりかは良いけど、なんだか変な想像してない?
例えば、師匠である俺が2人に増えるとか、そういう類の想像。
『やぁ! ブラド・ナルだよ! 今日も一緒に訓練、頑張ろう!』
『どうも! 俺もブラド・ナルだよ! 後ろは俺が見てるから、君は前を向いて頑張っていこうぜ!』
……うわぁ、ないわぁ。
と言うか、2人とも俺っぽくない。
なんだよ、「今日も一緒に訓練、頑張ろう!」とか、「君は前を向いて頑張っていこうぜ!」とか。
吸血鬼が、そんな陽キャラっぽいこと言う訳ないでしょ?
こちとら、夜の種族だぞ、こらぁ。
「なにか変な勘違いをしているので言っておくが、俺が増えるんじゃなくて、チエを指導する者を増やすという意味だぞ」
「……! 知っ、てた!」
どうだか……今の驚き顔は、図星を突かれた時の反応そのものだったぞ。
「良いか、チエ。【剣士】は前衛を担当するジョブの中でも、かなり人数が多い」
なにせ、剣で攻撃すれば、それだけで【剣士】の仲間入りだ。
本当のジョブこそ違えど、俺だって長剣で戦えば、それだけでなんちゃってな【剣士】様である。
「そして、長剣だったり、短剣だったり、からくりで動かせる剣だったり、なにかに隠して置ける剣だったりと、剣にも様々な種類がある。
それと同時に、【剣士】の戦い方だって1つじゃない」
「1つ、じゃない……つまり、他に戦い方、ある?」
「そうそう。俺は今からこの
と、チエに1枚の紙を見せる。
===== ===== ===== =====
クラン【
【剣士の頂】では、無料にて【剣士】の修行をつける活動を行っています!
参加は自由、休日もあなた自身が決めていただいてオーケー!
全ては、【剣士】こそがこの世で一番強いことを証明するために!
さぁ、君も【剣士】として、さらなる強さを見つけないかい?!
【剣士の頂】クランリーダー、ヤイバより
===== ===== ===== =====
「【剣士の頂】による、修行……?」
「そう、【剣士】こそが神から受けるジョブの中で、一番優れていることを証明するために活動する組織だ」
世界中に道場なる修練場を用意して、【剣士】を育てるために活動する組織----それが【剣士の頂】。
【千軍万馬】のリーダーのイキレウスも、【剣士】だったから、何度か足を踏み入れていて、俺も付き合いで入ったことがあるが、
「あそこは良い場所だ。特に【剣士】として成長しようとしているのならば」
そう、とてもいい場所だ。
ギルドが用意している修練場が悪いとは言わないが、【剣士の頂】の道場には指導者がいる。師匠がいる。
どこが悪いかとか、どこを伸ばしていくのが良いだとか、そういうことを教えてくれる者がいるのは良いモノだ。
「だからこそ、チエはあそこに行くべきなんだ。1人じゃなくても良い、なんなら全員を師匠として思えばいい。それくらいの気持ちで、【剣士の頂】は利用すべきだ」
「確かに……いい、所です」
「だろぉ~?」
そうそう、ついでにそこにユウキの方も入れておこう。
チエが十分に強さを得て、スランプを完全に克服した時なら、ユウキも入れて大丈夫だろう。
そうして、ユウキとチエの2人から、俺は解放され、悠々自適な飲んだくれライフを取り戻すんだ!
それに、王都から来る新しいギルドマスター!
そいつが来てくれさえすれば、俺の冒険者資格だって復活してくれるだろうし、今よりもずっと楽になれる!
-----あぁ、なんて素晴らしい!
完璧じゃないか、まさに!
「でも……1つ、条件、ある」
「……? ユウキに教えるな、とか?」
それは、無理じゃないかな?
このクラン、【剣士】をやっている以上は、必ずといっていいほど、関わってしまうくらい大規模な組織だし、今は無理でもユウキの耳に絶対に入るに決まっている。
「ちが、う……ユウキには、後で、私から、教える」
「じゃあ、条件って?」
そうじゃないとすると、他になにがある?
「----いっしょ」
と、チエは俺の服の裾を引っ張りながら、そういう。
「場所を案内しろ的な?」
「うんうん……一緒に、頑張るとこ、見てて?」
あぁー……つまりは、俺も道場の中で、チエの修行を見届けろと? 師匠的な立ち位置で?
「いや、本職の師匠役がいる中で、俺も師匠として見守るのは、流石に……その、恥ずかしいというか」
「やっ、て、くだ、さい」
「お願いします」と彼女に頭を下げられると、流石の俺も何も言えなかったよ。
こうして、俺はチエと一緒に、クラン【剣士の頂】がやっている道場に行くことになったのである。
「(しかし、なんでこいつらは俺に、そんなに師匠として見守って欲しいんだろうな?)」
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【Tips】
1つの目的を共有して生まれる、複数パーティーからなる大規模組織。複数の街に渡っていたり、クラン専用の建物を持つなどが特徴
活動の目的はクランそれぞれ違うが、大抵は自分達が一番やりたいことを叶えるために集った仲間であり、それが故に、自分達に興味を持つ者を心優しく歓迎している
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