第13話 面倒くさい勇者のお話(閑話)

 【剣の勇者】タツヤ・ドラゴニック・イチノセには、他の者とは違うところがある。


 それは勿論、聖剣に選ばれているところだとか。

 他の男よりもカッコいい容姿のことだとか。

 女共を言葉だけで舞い踊らせるだけのテクニックを持っているところだとか。


 そういうのを挙げていけば、キリがないが、それでも敢えて1つだけ言えるとすれば。


 タツヤ・ドラゴニック・イチノセには、前世の記憶があることだ。



☆ ☆ ☆



 前世の記憶、それはこの世界ではない場所で暮らしていた記憶だ。

 そこでの彼は、一ノ瀬達也いちのせたつやは非常に運が悪かった。そう、とにかく運が悪かったのだ。


 まず、第一に。

 イケメンに生まれなかったということ。


 この世界での彼の容姿は今の凄く洗練された、整った顔立ちである。

 しかし、転生前の達也の顔は、あまりにも酷かった。

 これも全て、親がイケメンに産まなかったという、悪運だ。


 そう、全てはこのどうしようもない親を持ってしまった事に始まるのだ。


 金もなければ、頭も悪い。おまけに、顔もイケメンじゃない。

 達也は何度、自室に籠りながら、この夢が覚めないかと、もしくはこの全てを覆すほどの幸運が来ないかと待ち望んだものだ。


 だが、幸運は待てど暮らせど、達也の前には降りてこない。

 どうやら、神にも見捨てられてしまったみたいだ。


 達也に降りてくるのは、どうしようもない親が、せめてもの罪滅ぼし代わりに置いていくお金だけ。


 ----だが、お金が置いてあるのは当たり前だ。


 謝罪の代わりに、お金が置いてあったからといって、何故、達也が許さねばならない?

 何故、こんなどうしようもない世界に降り立たせた罪人共りょうしんを許さなければならないのだ?


 達也の心は天よりも高く、海よりも深いが、それでも許せないものは許せないのだ。


 ----だから達也は、自ら行動に移すことにした。


 待っていても幸運がやって来ないのならば、自ら動くしかない。

 当然の理論、当然の解答だ。


 達也には、明確な宛てがあった。


 どうやら最近、親日家らしいなんとか国の、すっげー美人の王女様が、やってくるとテレビで報道されていたのだ。

 心優しいという事らしい王女様のことだ、達也の可哀そうな姿を見るだけで、結婚してくれて、なおかつ大金を振り込んでくれるだろう。


 完璧なる計画を立て、達也は単身、その王女がいるという大使館へ向かった。


 ----だが、達也は殺された。

 ガードマンなる者達に「王女の自称夫を名乗るあなたのような異常者を、王女様に近付けはさせない!」などと、訳が分からない言葉と共に、達也は射殺されてしまったのだ。


 そうして、一ノ瀬達也いちのせたつやは死んだ。



☆ ☆ ☆



 殺された私こと、一ノ瀬達也は、そうしてこの世界を管理する神と出会い、転生する前にいくつか願った。


 美しい顔とか、優れた身体能力とか、後は【勇者】としての地位だとか。

 

 神様は最初こそ「そんなに渡すわけには……」と断っていたが、何度も交渉するうちに分かって貰えた。

 やはり、何事もしっかり、ちゃんと説明すれば分かって貰えるみたいだ。


 何故か、最後の方、神様の呆れ顔をしているのが、気になったが、些細なことだろう。


 聖剣ドラディアブレードに選ばれて、【剣の勇者】となって、"タツヤ・ドラゴニック・イチノセ"として、やっと普通の生活を送っていた。


 周りには、自分の本当の実力を分かってくれる者達。

 私が一声かければ、女共は喜んでもらおうと必死にすがりつく。

 私を中心に世界は進み、全ては私の意のままに----!


「くっ、くそぉぉぉぉ! あの吸血鬼野郎めぇぇぇぇ!」


 ----だが、それも過去の話だ。


 今の俺は、聖剣を持っても超常なる力を発動しないただの人間に過ぎない。

 ジョブはまだ【剣の勇者】のままだったが、あくまでも名前だけみたいなモノだ。


「(それもこれも、私の高貴なるこの両手に血を埋めて、なんか小細工で使えなくしたあの吸血鬼野郎のせいだ!)」


 アイツさえ、あの【暗殺者】という日陰野郎が、さっさと敗北を認めて別の場所に逃げれば良かったのだ。

 それなのに、なんか変な手段を使って、【剣の勇者】としての力を封じたのだ。

 

「アイツだけは、あのクソ吸血鬼だけは、なんとかして始末しなければ……私の栄光の道のためにも」


 しかし今、私が取れる手段は、かなり少ない。


 聖剣は、使えなくなった。

 今までは聖剣の力で、自動防御だとか、ステータスをコピーしたりして、けっこう簡単に出来たんだけれども、それがなくなったのでかなり弱くなったと言わざるを得ない。


 経済的なバックアップをしてくれていたギルドマスターは、更迭されてしまった。

 お金とか、女とか、色々と融通してくれていたんだが、裏で悪事をしてたらしくて、捕まったみたいだ。

 ギルドマスターが去ったギルドは、残ったギルドメンバーが中心に活動しているらしい。

 今のギルドでは、タツヤ個人に力を貸してくれる人は居ない……。ゼロだ。


 力も封じられ、誰かに頼ることも出来ない。

 まさに、積みという訳だ。


「くそっ! ちくしょぉ、どうすれば!」


 とりあえず、森の中で魔物を倒してレベルアップすれば、何とかとなると思っていたのに!

 魔物が全然出てこないし、あぁ! もう、どうすれば良いんだか!


 頭の中で、その悩みはぐるぐると回っていた。


「すっごく悩んでごぜぇますなぁ、タツヤ様」


 タツヤが頭を抱えて悩んでいると、後ろから変な口調の1人の人間が現れた。


 頭に黒いシルクハットを被った、ちょっぴりカッコいいタイプの美少女。

 かなり赤が強い綺麗な和服を着た、頭に龍の角、そしてぶっとい龍の尻尾を生やした彼女は、ニコリと笑みを浮かべていた。


「ドラゴンの角……?」

「あぁ、角は気にしなくて良いでごぜぇますよ? こんなんは、ただのアクセサリーでごぜぇますし、なんなら消すのも選択肢としてはありでごぜぇますし」

「えっと……じゃあ、その……」

 

 なんだか、しどろもどろな口調になってしまうタツヤ。

 いつもだったら、もっとはきはきと命令口調で喋れるのに、どうしてだか彼女相手だと遠慮してしまうというか、緊張してしまうというか……。


「ん……? どうかしたでごぜぇます?」

「……////// いっ、いや、なんでもないぞ! 私は、大丈夫だ!」

「なら、良かったでごぜぇます。タツヤ様が無事で」


 "にんまぁり"と、笑う彼女の微笑みは、まるで天使のようである。

 そう、あらゆる者をとりこにしてしまう、最上級の微笑み……。


 天使のような愛らしすぎる、彼女のためならばなんでも出来る。

 そんな事すら思ってしまうような……。


「(----って、なにを言ってんだ! 私は!)」


 彼女を見ていると、頭がおかしくなる。

 自分であって、自分じゃなくなる……彼女のことしか、考えられなくなってしまう!


「おっ、お前……私に、なにをした?! 何をしてる?!」

「おおっ、耐えてる、耐えてるでごぜぇます。流石は【勇者】のタツヤ様でごぜぇますなぁ?」


 パチンッと、彼女が指を鳴らすと、途端に今まで感じていた彼女への愛がなくなる。

 完全に消えた訳ではないが、先程までの「彼女のためなら、なんでもしてやる!」という想いほどではなくなっていた。

 今、彼女を見ても、「ただ美しいだけの龍人の女性だなぁ」くらいにしか思えない。


 どうやら、彼女から魅了魔法の類を受けていたみたいだ。


 そして、それを解除してもらったようだ。


「お前は……なにがしたい? 魅了を解かなくても、良かったはずだろ?」


 いきなり現れたこともそうだし、なにより、なんで魅了を解いた?

 もしなにか言う事を聞かせたいんだったら、魅了をさらに強くして、自分の従僕とした方が楽なんじゃないだろうか?


「(魅了魔法の持続時間とか、強化限界が来た? いや、アイツの実力なら、そんな事はないだろう)」


 私には、分かる。

 色々な人間だとか、魔物だとか、そういった強者達のステータスを【複写コピー】してる俺には、聖剣を使って見ずとも分かる。



 ----この龍人の女は、今まで出会ったどんな者よりも強い。



 そんな女が、その気になれば今の私なんて、魅了でさっさと奴隷に出来るだろう彼女が、わざわざ魅了を解く理由が思いつかないのだ。


 彼女の行動の意図が分からなくて困惑する私に、龍人の女はクスクスと笑う。


「いえいえ、魅了するってぇのは最終手段、本当に他にない時でごぜぇますよ。"意思が通じる"とか、"話が出来る"のであれぇば、魅了なんて使わねぇですぞ?」

「どういう、意味?」

「だってぇ、タツヤ様って----」


 龍人の女は、私の耳元に口を近づけて、艶っぽい口調でささやく。



「----復讐したいんでごぜぇんでしょう、吸血鬼さんに?」



 その言葉に、私はドクンっと、胸を揺さぶられる。

 先程の魅了なんかよりも、よっぽど強い揺さぶりで。


「----ほらぁ? あなたの心臓は、心ってのはぁ、正直じゃねぇですかい?

 あなたがどんなに否定しても、言葉を語らずとも、タツヤ様の胸の奥でくすぶってやがる焔は、復讐心って奴ではねぇですかい?」

「だっ、だがっ……私にはそんな力は……」


 そう、私は復讐したい。

 私をこんなどん底へと追い込みやがった、あのくそったれ吸血鬼に復讐したい。


 だが----復讐をするにしても、今の私には力はない。

 あるとするならば、この復讐心と、使えない聖剣だけ……。


「力があるとかねぇとか、そんなのは些細なことでごぜぇます。大切となってくるのは、どんな事をしてでもやり抜くっていう、強い意志でごぜぇます。

 そして、意思さえあるのなら、力なんてのは後からついてくる、でごぜぇます!」


 サラサラッと、彼女は懐から5枚のカードを取り出していた。

 カードにはそれぞれ、【無限活力】、【全属性弱点付与】、【行動封じの鎖】、【全てを癒す魔法】、【攻撃力無限倍加】などと書かれていた。


「----さぁ、タツヤ様。この中から1枚のカードを選んでぇ、くださいませ。

 そこに書かれている、力をあなたに授けます」

「これって……」

「スキルカードっつー便利な奴でごぜぇますよ。使ったらなくなっちゃうのでごぜぇますが、その分、使ったら1発でこれらの力の、どれか1つがあなたの手に」


 彼女の出すカードは、どれも魅力的なスキルに見えた。


 けれども、私の----吸血鬼に対する復讐を、絶対に成し遂げるとするならば……。


「さぁ、選んでくだせぇませ。我が名は運命の女ファム・ファタル、あなたの都合のいい女」



==== ==== ====

【Tips】スキルカード

 とある秘密機能によって、カードの中にスキルを閉じ込めた魔道具の一種。使用することによって、どんな相手だろうともカードに書かれているスキルを得る事が出来る

 スキル内容によっては1枚が小さな国の国家予算並みの金額で取引されることもあり、庶民にとっては見る事も出来ない幻の代物として伝えられている

==== ==== ====

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る