第11話 森の中のオーク

 南の森は、初心者殺しの森。

 この森には、とびっきり優秀な素材が手に入る。


 ----マジックマッシュルーム。

 別名、"魔力茸"。


 水や光などを使って育つ普通の茸とは違って、マジックマッシュルームは空気中に漂う魔法の源、魔力によってのみ育つ。

 魔力でのみ育つこの茸には強すぎる毒性があり、食べたりすることも、ましてや普通に素手で触る事すら不可能である。


 しかし、そんなマジックマッシュルームを追い求める者が後を絶たない。

 何故なら、この茸のみが持つ強い毒性は、体力回復のポーションなどの錬金に携わる全ての者にとっての希望だ。

 この茸のありなしによって、錬金で作ったモノのランクが1段階くらい違ってくる。

 ランクが1つ違うというのは、効果も段違いであって、けっこう重要なことなのだ。


 この辺境の近くでマジックマッシュルームがあるのはこの辺だけで、新米冒険者にとっては大金を手に入れるチャンスである。

 そして、多くの冒険者が、オークと呼ばれる豚の巨大な魔物に襲われて死亡する。


 故にこの森に入ろうとする冒険者には、覚悟が必要なのだ。


 オークと戦うだけの覚悟が。




「くらえ、【落雷斬】!」

《プギャアアア!》


 目の前で、オークが棍棒を振り下ろす。

 おおよそ3メートルはあろうかという、巨躯の豚顔の化け物は、渾身の力を持って、眼下のユウキに叩き込む。


 一方で、ユウキはそれをその身で受ける事無く、大きく後ろに下がって距離を取る。

 そして、棍棒を振り下ろしきったのを見計らい、その場にスキル【落雷斬】を叩きこんだ。


 振り下ろされた剣は距離もあって、オークにぶち当たることはなかった。

 ただ、その直後に、オークの頭上に雨雲が生まれ、そこから雷が放たれるっ!


《ピギャアアア!》

「やったっす! 命中っす!」


 雷が命中したのを確認しつつ、俺はユウキは大丈夫だと判断した。


「さて、こちらもそろそろだな」

《ピッ、ピギィィィ……》


 俺の目の前にいるオークは、全身に無数の斬られた痕を残していた。

 俺が付けた傷は、その全てから少しずつだが緑の血を流しており、息も絶え絶えで苦しそう。


 俺はそんなオークの首筋に跳ぶと、そのまま剣をぶっ刺した。


《ピギャアア……》


 小さな絶叫の声を残し、オークは倒れる。

 そして俺は、オークの心臓付近から、ドクドクと鼓動を鳴らす"それ"を、魔石を回収する。


「やっぱり、こいつも外れか」


 魔石を拾いつつ、俺はそう呟く。


 魔石、魔物の力の結晶。

 魔物の心臓付近にあるとされるこれこそが、生物と魔物との大きな違いである。


 心臓の代わりとして、魔力を蓄えながら生きるこの石を持つ者----それが魔物なのだ。

 一般的に、この魔石は水を流したり、光を放つなどの魔道具なる器具の動力源として使われ、そこそこの値段で売れる。

 だから、冒険者の目的は、魔物退治ではなく、ある意味、この魔石回収にあるといっても良いだろう。


 この前、2人が倒したゴブリンにも、回収してなかっただけで、実は存在する。

 けれども、回収しなかったのは何故か?


「……これ。割れ、てる」


 後ろの方で逃げに徹しさせていたチエが、安全を確認して戻ってきて、俺の手の中の魔石を見てそう呟く。


「だよなぁ~」


 そう、真っ二つとは言わないが、俺が取り出した魔石は、欠片となって割れていた。


 魔石のメカニズムとかは俺は知らんのだが、やっぱり相手が欲しがるのは割れてない綺麗なモノ。

 人間でも、吸血鬼でも、壊れたモノよりかは、壊れてないモノが欲しいのは一緒だろう。


 ただ、オークでそういった綺麗なのを取るのは難しい。

 オークから取り出した魔石のおよそ10個中9個は割れている、それが冒険者内での常識。

 なんで割れているかと言われれば、それは運としか言えないだろう。良く分からん。


 ちなみに、ゴブリンの場合は、そもそも取り出そうとすると、小さすぎる砂みたいなのだから、誰も取らないのだけど。


「でも、こういうのも回収しておくように。正規の金額での買取はまず無理だが、それでもある程度の金にはなるので」

「分かり、ました……」


 そう了承して、チエは俺が倒しておいた残り8匹のオークから魔石を回収していく。


「しっかしまぁ、いきなり10匹か」


 南の森に入って、まだ数十分。

 マジックマッシュルームもまだ見つかっていないのに、いきなりオークの群れの襲撃とは運が悪い。


 俺が居なかったら、死んでいただろう。


「(----まぁ、ユウキは別だけど)」


 今、目の前で雷がまたしても瞬いた。

 そして大きなものが倒れる音も。


 【落雷斬】、ユウキにあってチエにはない【剣士】のスキル。

 その効果は、剣を地面などに叩きつけて、目の前に雷雲を生まれさせるという、なんとも因果関係不明なスキルだ。


 なんで、叩きつけたら、雲が生まれるのか?

 スキルだから、としか言いようがない。


 戦闘開始時は狙いもまったく定まっていなかったが、今では3回に1回くらいは命中している。

 威力はかなりのモノで、オーク相手でも十分な力として出来ている。


「(それ以上に、良く動けてる。しっかり呼吸が出来ている)」


 2人には、このクエストが入る2週間前くらいに、"呼吸"の指導を教えておいた。

 ユウキには【静止の呼吸】、でチエには【激動の呼吸】という別々の奴。


 ユウキに教えたのは、敢えて呼吸を止めるという技だ。

 初めに大きく息を吸って、その後呼吸を一旦止めるという、なんとも変な技。

 勢いよく呼吸が入ったのに、次が来ずにどんどん失っていく。

 その最中に、人は脳をいつも以上に回転させる、力をいつも以上に蓄える。

 全ては、生きるために。


 そういう極限状態に入り、相手の攻撃を避けつつ、いつも以上の力で相手に技を叩きこむ。


 まぁ、今は何度か苦しくて時折死にそうだけど、慣れればたった1回の呼吸で、相手の猛攻を防げるようになるだろう。


 対して、チエに教えたのは、その逆で、空気を過剰に取り込む技。

 ただただ空気を取り込むだけではなく、それを腕や足などの身体中に効率よく取り組んで長く戦えるようにする。

 一点重視ではなく、ただただ長く戦い続けるのを目的とした呼吸法。


 ユウキのは、ただ一度の先頭に命と魂をかける呼吸。

 チエのは、1日中でも戦い続けられる呼吸。


 2人に教えた時は、2人とも酷かった。

 ユウキの方は呼吸が上手く出来ずに倒れ、チエの方は変なリズムで呼吸してしまっていた。

 ----けれども、2人とも今では良く出来ているようだ。


「よっしゃー! 倒したっすよ、イェーイ!」

「……うっ、ん。すごい、ね。ユウキ」


 ユウキが勝ったと宣言して、チエも嬉しそうに手を叩く。

 ユウキに関しては問題なさそうだし……問題があるとすれば、チエの方。


 先程、オークに突如として出会ってしまった時も、ユウキとチエの両方とも攻撃を仕掛けた。

 が、効果があったのはユウキの方だけ。


「(多分だが、チエはもう……)」



 と、安心しきったその時だ。


《グォォォォォ!》

「かはっ……!」


 俺の腹を、鋭利なナイフが襲い来た。

 ナイフは俺の脇腹をかっさばき、そのまま俺の割かれた部分は宙を舞う。


「「師匠っ!」」

「大丈夫、大丈夫だ」


 割かれた部分を、吸血鬼特有の血を操る能力を使って止血する。

 これ以上飛ばないように、これ以上は流れ出さないように。


「失った血までは戻らない、そこまで俺の能力は万能じゃない」


 仮にもし、吸血鬼が血を失ったとしても、すぐに自分の身体の中に入れることができるなどという曲芸が出来るのなら、俺達に敵はいなかっただろうよ。

 俺達が出来るのは、自分の身体の中に流れる血を使って傷を塞いだり、とかね。


「----こうやって、血で攻撃したりとかな!」


 「シュンっ!」と流れ落ちた血が、鋭利な刃物となって、俺を後ろから攻撃したヤツの顔に傷をつける。


《カッ……!》

「浅い、か」


 刃物となって傷つけ、そして役目を終えた血はそのまま地面にへばり付く液体の一部となった。


「凄いっす、師匠!」

「カッコいい、です!」

「カッコいいが、便利な奴じゃないぞ。たった1回しか、変形できんし」


 血の中に残っている俺の魔力を使って、たった1回だけ、変形させて攻撃できる。

 それが、俺の吸血鬼としての力だ。


 そんな何度も出来るような、便利能力なんてある訳ないじゃん。


「単一な形にしか出来んし、直線的にしかいけんし、それにたった1回だけ。

 俺の能力なんて、そんなもんだ」


 吸血鬼の能力の解説なんて、その辺にしておいて。


 まず、なんとかしなくちゃいけないのは、コイツだろうが。


「冒険者資格が停止中じゃなきゃ、そこそこに良い獲物なのに、な。

 マジックマッシュルームは見つからないのに、なんでこんなヤツばっかり来るんだか。お前ら、運が悪すぎだろうが」



 オークと、ゴブリンとの類似している点。


 繁殖力が、非常に高いところ。

 群れとなっているところ。

 武器を作らずに、拾ったモノを武器にしているところ。


 そして、最後にもう1つだけ。

 共通点であると共に、オークが《初心者殺し》と呼ばれる所以。


《グォォォォンンンン!》


 そのオークは、俺達がさっきまで戦ったヤツよりも、明らかに強そうだった。


 俺の血のナイフによって、左目に小さく傷をつけてしまっているが、未だに気合は十分。

 通常のオークよりも濃い赤色の肌の、大柄なオークの中でもさらに二回り以上大きな身体。

 身体全体に浮き出る血管は、マグマのような灼熱がぐるんぐるんと駆け巡っている。


「灼熱の血……言うなれば、バーニングオークとでもいうべきか」


 ----ゴブリンと同じように、上位種が生まれやすいというところ。


 俺達の前に現れたのは、灼熱の血をたぎらせている上位種のオーク。

 手にしている大きな包丁には、俺の血がべっとりと、他の犠牲者の血の上についていた。


《グォォォォンンンン! ブォブォ、ブォォォォン!》

「----ユウキ、チエ。ちゃんと自分の判断で避けろよ」


 ここから先、俺はこの上位種のオークをなんとかする。

 けれども、2人に構ってるほど、俺はそこまで強くはない。


「今、この瞬間。この上位種オークと戦っている間」



 ----俺は、師匠を辞める。



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【Tips】上位種

 通常の魔物よりも、経験と力をつけて、明らかに別種とも呼べる力を付けた者のこと

 中にある魔石が魔力などによって変異されたモノと考えられており、ゴブリンやオークといった繁殖能力が高く、生存本能が高い種族が多いとされている

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