第10話 生まれや育ちが、同じでも

 勇者タツヤ・ドラゴニック・イチノセが決闘で敗れたという事は、この辺境に大きな衝撃を残した。


 強さ以前に、色々とやりたい放題で、いつか「あの野郎、ぶっ殺してやる」という民衆の意識が根強く残っていたからな。

 そもそも、うちの【千軍万馬】に来た大量のクレームは、全部、あいつの身勝手な行動についてだし。


 タツヤは、聖剣を失った。

 正確には、聖剣に宿る"力"を扱えなくなった。


 聖剣を妨害する俺の血は奴の両の手の平にあって、ぶっちゃけて言えば、剣を足で掴んだり、口にくわえたりすれば、使えるんだろうけれども、タツヤはそういう事情は分からない。


 彼が分かっているのは、いくら剣を握っても、聖剣はなにも答えてくれないという、ただ一点だけだから。




「いやぁ~、今日も酒が上手いぜ~!」


 あれから、数日後。

 俺は、相も変わらず、酒場でドワドワの実入りの水で、美味しいお酒を飲んでいた。

 "ギルドの酒飲み野郎"、ブラド・ナルは相変わらずだ。


「はぁ……変わりませんね、ブラドさんも」


 目の前で呆れた様子で、そう語るのは、いつもの女受付嬢。

 今日もなんだかぐったりとした疲れた顔をしているが、それでも相変わらずの美人っぷりで、酒が進む! 進む!


「いや、おだてたってなにも出ませんよ。そもそもわたしの顔が美人でも、不美人でも、酒の味なんて変わりませんでしょう」

「おや、声に出てたか」

「はい、そりゃあもう。しっかりと」


 そっか、そっか。

 ----まぁ、別に良いけどな!


「こっちは、そりゃーもう大変なんですよ。誰かさんのせいで、ギルドマスターが更迭されたんですから」


 そう、辺境で起きていた大きな変化は、なにも勇者タツヤのことだけではない。

 彼を支持し、俺に冒険者資格停止を宣言し、彼と共に好き放題やってきたギルドマスターも、だ。


 色々と表立って悪評が広がっていたタツヤと違い、ギルドマスターの悪評は裏で静かに広がっていた。

 ギルマスの悪評は、主に賭博。それと、女関係。


 ギルドの運営資金を使っての、連日に渡る賭博浸り。

 そして、ギャンブルに飽きたら、女がいる酒場に行く。


 まぁ、賭博や女に手を出すのも悪いが、そのお金をギルドを運営していくための資金を使っていたんだから、本当に性質タチが悪いな。


 今まではタツヤがバックにいたから無事だったが、そのタツヤは聖剣の力を失った。

 だから、ギルドマスターは悪事の証拠を叩きつけられて、憲兵に捕まって御用となったのだ。


「おかげで、ギルドマスターが抱えていた仕事を、皆でしなくちゃいけなくなったんですよ?

 街で行う依頼の事前調整とか、宿屋や武器屋で使える割引機能の説明、他にも色々と……ギルド所属の冒険者の素行調査だとか、もう本当に色々と----」

「----今までと、何も変わらんのだろう?」

「えぇ、それはもう。前から、ギルド職員で分散してやってたので」


 そりゃあ、だろうなぁ~。


 あのギルドマスターが、まともに仕事をしているという印象がないんだ。

 自分がすべき仕事を誰かにやらせているに決まっている。

 それで、お金だけは貰っている以上に奪っていく。


「----で、俺の資格も戻らないと」

「えぇ、それはなんと言うか……」

「良いよ、説明はちゃんとしてもらったし」


 俺の、ブラド・ナルの冒険者資格。

 この停止については、勇者であるタツヤと共謀したギルドマスターの独断専行だという事は、調査で判明していて、すぐにでも冒険者資格は使えるようになるみたい。

 ただ、その"すぐ"ってのが、いつになるのかが分からんのだ。


「すいません。ギルドマスターによる資格停止は、ギルドにおける絶対的なモノでして。例え、本人がどのような性格であろうとも。

 ギルドマスターが出した決定は、仮のギルドマスターでは撤回できないし……撤回できるのは、王都から来る本物のギルドマスターだけ、っていうか……」

「で、その本場のヤツが来るのが、いつになるか分からない」


 いや、分かるよ?

 勝手な現場の判断をされたら、困るのはこっち、だって。


 ……でもさぁやっぱり、こっちとしては早く撤回してもらいたい。

 じゃんじゃん依頼を受けて、ぶっちゃけ依頼はなくても報酬だけは欲しいというか。


「でも、良いじゃないですか。ドワドワの実の水割り、好きなんでしょう?」

「いや、違うからね。これが一番安上がりだからしてるだけあって、ぶっちゃけ、俺は普通のお酒が飲みたいんだが」

「ふふっ、それなら----」


 と、女受付嬢は数枚の依頼書を取り出す。

 そこには、ソルナ兄妹のようにまだまだ伸びしろたっぷりな新米冒険者達の情報が書かれていて----


「いーっぱい、ありますよ? ユウキ・ソルナ、チエ・ソルナのソルナ兄妹のように、ブラドさんの指導を待っている人が」

「その指導、ほとんど金が入ってこないんだよ」


 ほとんど慈善事業のもんじゃねぇか。


「だいたい、そんないっぱい、指導できるか、っての。俺、そんなに器用じゃねぇんだよ」

「なるほど、なるほど。と言う事は複数は無理で、ソルナ兄妹の指導はきっちりやってくれると」

「……へっ?」




 という訳で、俺は南の森へ向かっていた。

 ちなみに、この前にゴブリン退治しにいったのは、初心者向けの東の森。

 それに対して、南の森は----


「あんまり初心者向けではないんだけどなぁ」


「あっ! 師匠、師匠! こっちっす!」

「コクコクっ……」


 それなのに、なんでこの2人が----ユウキとチエの、初心者の2人が、いるんだ?


「見てください、師匠! これ、今回の依頼っす!」

「あー、はいはい。知ってる、知ってる」

「見て欲しい、っす!」


 近いっ! 近いから!

 というか、知っていると言っているのに、なんで俺に見せるように押し付けてくるんだか。


===== ===== ===== =====

【採取クエスト】

 南の森にて、マジックマッシュルーム。あるいはマジックマッシュルームの液を採取してくること。

 回復薬など、マジックポーションの原料に使うため、鮮度は出来る限り良いモノが望ましい。


 報酬;銀貨1枚(なお、採取物の状態によっては報酬の減額、もしくは増額もあり)


 南の森では、オークの群れが確認されているため、採取には出来る限り注意する事。

===== ===== ===== =====


「ちゃんと、受付嬢に見せてもらってるから」


 というか、じゃないとこんな所に来ないだろう……。

 俺、2人がこんな依頼を受けてるだなんて、まったく知らなかったんだから。


「凄いっしょ! これって、Eランクの依頼らしいんすよ! 俺達、Gランクなのに! 2つも上の!」

「それも聞いてる」


 まぁ、マジックマッシュルームは採集が難しいというか、取り扱いがすっごく面倒だから、Eランク以上の冒険者じゃないと、取り扱えないというか。


「まぁ、それだけお前らの採取技術が凄いって、評価されてるんだろ? 少なくともGランクにするには勿体ないくらいの」

「ですよねっ! 俺、やっぱり評価されてるんっすね。----こりゃあ、俺も師匠のようなSランク冒険者になるのも近いっていうか!」

「はい、調子に乗らない」


 調子に乗りすぎなユウキの頭に、ブラドさんチョーップ。


「あうっ! 痛いっすよ、師匠!」

「----まぁ、でもこの依頼をこなしたら、昇格も考えてるってさ」

「それ、マジっすか!」


 うん、それだから俺も一緒に行くんだ。

 マジックマッシュルームは気を付けてさえいればなんとかなるけれども……南の森には、オークがいるからな。


 オークは、ゴブリンなんかよりもよっぽど厄介なんだ。


 オークとゴブリンは良く似ている。

 高い繁殖能力だとか、群れを作るところとか、色々と似ているけれども、その強さはオークの方が圧倒的に上だ。

 

「(コイツラが会って倒せるかどうか。それが冒険者として、Eランクとして認められるガイドライン。

 運よく会えなかったとしても、それもまた冒険者の実力だ。運が良いってのも、必要な要素の1つだし)」


 俺が行くのは、そういう不測の事態に対する面、っていうのもあるらしい。

 オークに出会わないのも良し、オークを倒せるのも良し、ただオークを倒せない実力ならばそれに対処する者がいないとならない。


 今、2人は試されている。

 ギルドに、これから上のランクでも活躍できるのかっていうのを、試されているんだ。


「(……まぁ、この間の指導をちゃんと続けていれば、兄の方は大丈夫だろう)」


 ユウキ・ソルナは、英雄になれる人間だ。

 性格だとか、境遇だとか、そういうのとは全く関係なく、彼にはそうなる才能がある。

 Sランクになれるかどうかまでは分からないが、少なくともオークの1匹や2匹くらい、軽く倒せるだけの才能はある。

 ただ、それがどの程度まで、今の段階でどの程度まで引き出されているのかが問題だ。


「うっひょぉ! 今から楽しみっす! さっそく、行くっすよ!」

「はいはい」


 まぁ、こっちの問題は、さほど大きくはない。

 問題があるとするならば----


「…………」


 こっちの、妹の方だ。


 チエ・ソルナは、英雄になれるかどうか分からない人間だ。

 兄よりも技術はある、丁寧にやっているというか、単純に覚えが良い。感覚も冴えている。

 だけど兄のユウキには力がある、技術もあるが単純に力がある。


 技術ってのは案外時間をかければなんとかなるんだ、けれども力の差ってのはそんなに容易には埋まらない。

 【暗殺者】の俺が、【剣士】であるイキレウスのリーダーに、一向に勝てなかったのも、そういう奴だ。


 そして、時間をかければ、恐らく2人の技術力なんてそんなに大差がなくなってしまう。

 チエが今の所、ユウキに勝てると断言できる要素も、ユウキの頑張りによっては、そうとも言えないような状況になる。


 だから、なにかチエだけの、ユウキが絶対に真似できない才能が必要なんだ。


 けれども、チエ・ソルナにはまだそれだけの才能は見えてこない。

 兄と一緒に【強度上昇レベルアップ】したのに、兄には【落雷斬】なる妹にはないスキルが発現していたのに、妹にそういうスキルはなかったからな。


 もしかすると、今後もユウキにだけオリジナルのスキルが生まれ続け、チエには一切出てこないってのもありうる話だ。


 同じように生まれ、同じように育ち、同じように過ごしてきた。

 ただ、双子でも、神がくれる才能には、差がある。


「(さて、今回のクエストで、一番問題なのは、彼女の方だな)」


 少しの問題を考えつつ、俺達は南の森に足を踏み入れた。



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【Tips】ギルドマスター

 ギルドで一番偉い人のこと。その者の決定は、例えその者がギルドを去った後でも残ってしまう

 ギルドマスターが居なくなった場合には、職員が彼の職務を引き継ぐ決まりになっているが、それでも決定を取り消したりすることは出来ない。

 もし仮に、前ギルドマスターの行いが間違っていて、それを取り消したりできるのは、王都にあるギルドの本部から新たに派遣されるギルドマスターのみである

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