第9話 ろくでなし勇者に、罰を与えよう
「
俺の種族名を、弾け飛ばされて路地に座り込むタツヤがもう一度、俺の顔を見ながら口ずさむ。
手についた俺の血を
「うん……? 俺の種族名って、そんなに変か? 西の方の国では、普通に集落として存在してるけど?」
まぁ、この辺境では、俺と同じ種族のヤツには会ったことはないけれども。
「きゅ、吸血鬼なら……これっ!」
と、なにを血迷ったのか、タツヤが両手を使って、1つのマークを作り出す。
右手を縦に、左手を横に交差させて、俗にいう十字模様という形だ。
「(いきなり、何してんだ? こいつ?)」
「なっ?! なんで十字架が効かない?! こいつ、本当に吸血鬼なのか?」
「失礼な。れっきとした吸血鬼に対して、なんて事を言うんだ?」
「日光も無事な、吸血鬼……?」って言ってるみたいだけど、なんなんだよ……?
なにがコイツの中で、気に入らないんだろうか?
「俺は吸血鬼の一人、名はブラド・ナル。ジョブは【暗殺者】。
普通の人族よりもちょびっとだけ寿命が長めで----」
----血を操る種族、だ。
パチンッと指を弾くと、タツヤの手についた俺の血が手の中へと入る。
手の中に血が染み込むと共に、タツヤの手に赤い
「うわっ?! いきなり、手に痣が……!」
「安心しろ、ただの模様だ」
そう、ただ手の中に血を染み込ませるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「----まぁ、お前にとっては違う意味もあるけど」
「なっ、舐めやがって!」
タツヤは立ち上がって、聖剣を拾うと、そのまま俺の前に立つ。
「そもそも、私はお前の【ファントム】を、攻撃を避けるスキルを【
「アホだろ、お前。全ての攻撃を完璧に避けるスキルなんて、あるわけないじゃないか」
----【暗殺者】スキルの1つ、【
そのスキルの能力は、"罠から自分の身を守る"というスキルだ。
剣での斬撃や大量の手裏剣など、物が勢いよくこちらに迫ってくる場合は、自分に迫る罠と判断して、スキルが勝手に避けてくれる。
けれども、流石に足払いは、罠とは見なしてくれないだろう。
足払いは罠ではなく、普通にただの体技だし。
「だいたい、人のスキルを【
「うるさいっ、うるさいっ! お前がどのようなのを使おうと、私の聖剣ドラディアブレードはその全てをぶった斬る!
----喰らえ、聖剣斬りぃぃぃぃぃぃ!」
ぶぅんっ、と先程と同じようにタツヤは聖剣を横に振るう。
----だが、先程とは違い、聖剣から先程のような強烈な暴風は生まれなかった。
「----はっ?!」
「あぁ、やっぱりそうなったか」
俺は武器をしまうと、周囲に集まっていた野次馬共に解散を指示する。
これ以上は、見るところなんて何もないんだから。
「まっ、待てっ! 吸血鬼ヤロー!」
どんっ、と地団太を踏んで、やたらめったらに聖剣を振るうタツヤ。
その様子は、まるで好きなモノが貰えなかった、
「お前、やっぱり私になにかしただろう! なんで、いきなり聖剣が、機能を失ったんだよ!
私の身体に、お前はなにをしたっ?!」
「----最初にも言っただろう、"俺は、何事もきっちりとしたのが好きなんだ"。
色々と情報を知っておくことで、どんな事態にも対応できるようになっていたいんだ」
そう、だから俺は色々と調べている。
ユウキとチエに指導できるのも、色々と戦術として知っているからだ。
相手のことを良く知ることによって、俺は、俺なりの力を手に入れた。
「----だから、伝承で良く語られている聖剣の勇者の伝説は、多分、
----何代か前の勇者の話に、こういう話がある。
その勇者は聖剣を片手にたった1人で魔王を倒しに向かい、そして魔王退治と言う偉業を成し遂げた。
人柄も良く、なにより顔が良かった彼の元には、多くの求婚者が訪れた。
しかし、彼は誰かと結ばれる前に、魔王退治のお祝いの宴会の際に、彼の力を恐れた何者かが放った暗殺者によって殺された。
宴の席で油断していたのか、そこで出されたお酒で酔いが回ったのかと言われていたのだが。
俺は、その勇者が戦った魔王の事を調べ上げて、1つの仮説を立てた。
「その時の勇者が戦った魔王は、呪いを操る外法の使い手だった。恐らくはお前と同様、勇者も強力な呪い耐性はつけていただろうから、大丈夫だったんだろうけど、死ぬ際になにかしらの呪いでもかけられたんじゃないか?」
呪いってのは、負のエネルギー……恐怖や怒りとかの、あんまり良くないタイプの感情の力が左右されてるっていうしな。
魔王クラスが、死を覚悟して放ったのならば、それは物凄い恨みつらみがあったんだろう。
「で、宴会の席で殺されたと知って、俺はおかしいと思ったんだ」
「御託は良いっ! さっさとかかって来いっ、ブラドぉぉぉぉぉぉ!」
「さっきまでの、お前と同じような力があったのなら、どうして勇者は暗殺者に勝てなかったんだろうな? 自然に、所有者を守っていたのに」
そう、さっきまでのタツヤの戦法は、完全に聖剣頼りだった。
相手の良い所を【
そういう、スキル頼りの戦術。
タツヤが持つ聖剣が自動防御機能を持つなら、それよりも前に活躍していた勇者が持つ聖剣にもその機能があったんではないだろうか。
そんな自動防御機能があるのに、なんで魔王退治の宴でやられたんだ?
「----そんで、その答えが、その痣だ」
「意味わかんねぇ! 分かる言葉で説明しろっ! そして、潔く死ねぇぇぇぇぇぇ!」
……あぁ、ほんと、うるさい。
コイツのどこが、"勇(気ある)者"なんだろう?
誰か教えて欲しいよ。
「うっさいから、寝てろ」
ぽんっ、と後ろに回り込んで、俺は軽く手刀を当てる。
すると、まるで疲れ切ってベッドに泥のように倒れるかのごとく、彼はゆっくりと前のめりに倒れる。
あぁ、なるほど。
地面に前のめりに倒れる勇気、これがこの勇者が持つ勇気か。
実に、くだらない。
「ほら、取り巻いてた野郎達。主役が寝てるぞ?」
「や、やべぇ!」
「早く起こそうぜ! ……いや、動かすべきか?」
「……なぁ、今から金を抜き取らねぇ?」
えっちらおっちら、どっこいしょ。
野次馬連中の中から出てきた10人くらいの、勇者であるタツヤを持ちあげていた奴らは、そのままどこかへと消えていった。
「金を抜き取らねぇ?」とか聞こえたし、恐らく勇者の彼が持ちあげられるのは、あと数週間ってところか。
うん、良いうっぷん晴らしになって、俺は満足だ。
「さて、良い感じに勇者に罰も与えたし、これで良いだろう」
「「師匠~~!」」
うわぁ、っと、いきなり飛び込んできたソルナ兄妹の突進に、俺はその場で尻もちをつく。
「いたたっ……なんだよ、いったい」
なんだよ、いきなり突っ込んでくるなよ。
「凄かったですよ、師匠! あの勇者の攻撃を、なんていうかこう、"ずばぁっ"と避けて、"がばぁっ"と斬りかかって----!」
「ずばぁっ……? がばぁっ……?」
俺、そんな変な戦い方をしていたんだろうか?
「うん……すご、かった」
「あぁ、うん。そう、なんだ」
擬音を使って感情に任せて話す兄とは違って、ただ静かにチエは俺を褒めていた。
ユウキの感情任せの喋りも厄介なんだけれども、どう思っているのかも分かり辛いチエの話も対応がし辛いんだよな……。
「でも、なんで?」
「うん……? その、《なんで?》はタツヤが聖剣を使えなくなった理由のことか?」
それについては、簡単なことだ。
ヤツの手に、俺が自らの血を与えて、痣を生み出したからだ。
「聖剣ドラディアブレードは、タツヤを選んだ。そして、聖剣は他の者に自分の機能を使わせることを許さない」
もし仮に聖剣を持てば、誰でもタツヤのように【
けれども、聖剣が、【
そう----呪いにも、他の人の血で汚染されてもいない、交じりっ気のないタツヤだけ。
「あの聖剣は、手を握った相手がタツヤだという事は分かっていた。けれども、俺の血も検知していた。
で、この世界には他人に化けられる魔物だっている」
偽物だって普通に出てくるような世界で、聖剣は間違わないように、完全に一致する者以外は、使えないようにしているんだろう。
「俺の血のせいで、聖剣は勇者そっくりの偽物とでも思っているのだろう。
だから、あの聖剣は、全ての力を封じた、ただの剣になった」
きっと、宴会の際に暗殺された先代の勇者様も、呪いを受けて身体が変になっていたのだろう。
伝承には残っていないが、恐らくは性別反転とか、そういう類の呪いだったのかもしれない。
----で、試しに、タツヤの手の中に俺の血を染み込ませた。
タツヤはちょっと痣が出来た程度に思っているのかもしれないが、見えないくらいにまで薄くなった俺の血はヤツの手の平の全てに混ざりこんでいる。
結果、聖剣ドラディアブレードはタツヤそっくりの偽物と判断して、聖剣の機能を封じた。
まっ、あくまでも勘だけどねっ!
これからタツヤは、便利だった聖剣の【
まぁ、多分だけど【剣の勇者】というジョブは無事だろうし、必死に努力すれば、俺だって倒せるようになるだろう。
どれだけかかるか、分かんないけど。
あと、あのスキル頼り野郎が、努力なんてするだろうか?
「いやぁ~、しっかし上手くいったもんだ」
うん、他にも色々と試したい事はあったのに、"上手く行けば良いや"的なノリで放ったこれが、成功するとは思ってなかったよ。
「さて、これで大人しくなってくれればいいんだが」
無理……かなぁ?
いや、これでしばらくは、ゆっくりと酒が飲めるようになってくれれば、ありがたい。
==== ==== ====
【Tips】聖剣ドラディアブレード
この世に数本しかない、聖なる武器の1つ。特定の人間と呼応して、その者に【剣の勇者】の称号と、絶大なる力を与える
所有者が選んだモノを写し取る【
自らが選んだ人間以外にその力を与えるのを嫌い、少しでも選んだ人間と性質が変わっているのならば、その力を与える事はないだろう
==== ==== ====
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます