第8話 勘違い勇者をやっつけろ

神様が人々に授けるジョブの中でも、俺は自分のジョブ、【暗殺者】は異色だと思っている。


 なにせ、他のジョブは魔物という化け物と戦うための力を、自分達に与えてくれる。

 【剣士】の剣は何故、鋭い技を授けるのか? それは、魔物を斬り殺すためだ。

 【魔法使い】の魔法は何故、激しい技を授けるのか? それは、魔物を弾け殺すためだ。

 【狩人】の弓は何故、射抜く技を授けるのか? それは、魔物を射殺すためだ。


 けれども、【暗殺者】の技は、違う。

 【暗殺者】の技は、"人を"倒すために授けるのだ。

 【暗殺者】が初めに覚える技、人の急所を見抜く【人体鑑定】だって、その事を象徴しているみたいじゃないか。


 そもそも、【暗殺者】の得物である短刀も、魔物相手にするのではあまりにもリーチが短すぎる。

 人間相手ならば、これくらいでも良いのかもしれないんだけれども。


「(まぁ、そういう意味でも、この【暗殺者】のジョブは変わり種なんだよな)」


 魔物と戦うよりも、人と戦っている時の方が戦いやすいだなんて。


 だから、俺は必死に努力をした。

 【千軍万馬】は山賊とか盗賊などを相手するよりも、ダンジョンに潜って稼ぐことを前提に考えたパーティーだったので、そのままでは【暗殺者】である俺は役立たずだったから。


 自分のできる事を考えて、結果----俺はSランクパーティーの【千軍万馬】に相応しい一員となった。


 それを----



「さぁ、始めようぜ? 【暗殺者】のブラドさんよぉ?

 ----まっ、裏からこそこそやるような【暗殺者】より、この正義の体現者たる【剣の勇者】であるこの私、タツヤ・ドラゴニック・イチノセ様が勝つのは、決まってるがなぁ!」



 「ガハハッ!」と、気色悪い笑いを浮かべるコイツなんかに、踏みにじられたのが、俺は許せなかった。

 実力があって壊すならともかく、実力もない奴が俺の大事な場所を壊すだなんて。



「だから、暗殺ころしてやるよ。俺らのパーティーを壊した奴が、とんでもないバカだったと証明してやるよ」


 それを、今から見定めてやる。



☆ ☆ ☆


「ほんじゃ、まぁ、始めますか!」


 ギルドから出た俺とタツヤは、少し距離を取ってお互いに試合しあう準備を整えていた。


 俺は短刀を強く握りしめ、タツヤは軽いデモンストレーションでも始めるかのごとく聖剣を軽く振りながら。

 互いに、見届け人である受付嬢の号令を、試合の始まりを待っていた。


「----良いか、タツヤ。"最初に参ったというか、気絶するか"----それが敗北条件であり、負けた方は潔く、このギルドから、この街から立ち去る事。さっき話した条件で良いよな」

「くどいなぁ、ブラドさんは。【勇者】が負けるなんて、そんな事はあり得ない。だから、その条件で良いって言ってるのに」


 俺の五度目の指摘に、タツヤは聞き飽きた顔をしていた。

 ……まぁ、五度目ともなると、流石に聞き飽きるのも当然と言えるけど。


 俺もこんなに言いたくはないが、こういった試合の基本たる「受付嬢が銅貨を投げて、落ちたところで勝負開始!」という、冒険者ならば誰もが知っておくべきルールを知らないタツヤが悪いのだ。

 こんなのは、冒険者になる時に、受付に説明されているのに。


「俺は、何事もきっちりとしたのが好きなんだ。戦いってのは、準備をしっかりしたてない方が負ける。それが世の常だ」

「残念だなぁ~。そんな不意打ちであろうとも、華麗に勝っちゃうんだよな~。私は」


 お互いに言いたいことは言い合った、もう言い残すことはない。

 俺が受付嬢に顔で合図すると、彼女は慣れた手つきで、指で銅貨を弾く。


 弾かれた銅貨は、くるりくるりと、回転しながら空を舞い、そして真っすぐ地面へと落下する。


「先手、必勝~!」


 地面につくと共に、タツヤは地面を蹴ってこちらへと向かってくる。

 そして、聖剣を振るい----


 俺の前の空間を、暴風が駆け抜けた。


「----っ」

「ありゃりゃ、距離がズレたか」


 タツヤは笑っているが、周囲の観客はどよめいている。

 軽く振っただけ、それなのにまるで巨大な魔物が腕を振って空を切ってしまったかのような、そのような勢いの強風が出たのだから。


「なるほど、それが噂に聞く聖剣の力か」


 一方で、俺は聖剣の力を目の当たりにして、「こんなモノか」と納得していた。


「確か、聖剣ドラディアブレードの特性----【複写コピー】か」


 タツヤの持つ聖剣は、元々は王国に伝わる伝承の武器である。

 古くから、タツヤと同じように聖剣ドラディアブレードを振るって、災厄から人々を倒してきた。

 そして、伝説として語られてきており、聖剣の力もそこで語られている。


 聖剣ドラディアブレード、その剣に宿りし特性は----【複写コピー】。


 所有者が望むモノを、なんであろうともその剣に写し取る力。

 強い力も、高い技術力も、希少なスキルも、それらを剣という小さな器の中に写し取るのだ。


「(恐らく、レッドドラゴンを倒したというのも嘘ではないのだろう)」


 聖剣の今の空振りは、レッドドラゴンの力を"写し取った"のだろう。

 そうして、レッドドラゴンという強敵を倒したのだろう。


「確かに、【勇者】というジョブに相応しい強力な力だ」

「そうだろう、そうだろう! 今の一撃にビビったのなら、降参しても良いぞっ!」


 確かに、強力。

 ----だが、"それだけ"だ。


「なるほど、大口を叩くだけの事はあるみたいだね」


 俺は姿勢を低くして、そのまま真っすぐに突っ込む。


 ----【暗殺者】の技法、【猪突猛進】。

 姿勢を低くして、人体が越えられないほどの速さで相手に向かって行くスキルである。


「多少、速いくらいじゃあ、この【勇者】様には勝てんぞ!」

「あぁ、だから"さらに速める"」


 俺はさらに、速度を速める。

 【猪突猛進】を、無理やり足で方向を変えて、真っすぐしか行けないこのスキルを、左右に振るうスキルとして変質させる。


 名付けて----【暗殺者】の技法、【猪突猛進・ジグザグ】!


「だから、速さだけではっ! 私は、倒せんぞっ!」

「攻撃も加える」


 俺は、自由に動く腕で短刀を振りぬく。

 素早く突いていく【疾風突き】、それのさらに上級の技----【疾風怒濤突き】!


 一度に九回もの短剣での突き攻撃に、タツヤの持つ聖剣が勝手に防ぎ始める。


「良いなっ、速いなっ! だが、どれだけ速かろうとも、この聖剣は俺を防ぐ盾にもなってくれる!

 そして----良い技は、全部、【複写コピー】!」


 聖剣が淡く光り輝いたかと思うと、俺の身体を聖剣からの白い光が包み込む。


「"覚えたぞ"っ! 【疾風怒濤突き】!」


 タツヤが、にんまりと笑うと、聖剣が勝手に動いて、俺と全く同じ攻撃を行う。

 それも、人間離れしたレッドドラゴンと同じだけの腕力で、だ。


「だが、避ければ一緒だ。【ファントム】!」


 俺がスキルを発動すると共に、俺の身体がくにゃりと曲がる。

 物凄い勢いで迫る攻撃に対して、因果をねじ伏せて、俺の身体は攻撃を受けずに避け続ける。


「ほぉほぉ! 絶対当たるはずの攻撃でも、すべて避けるスキルか! 今後に役立ちそうだな!

 ----ドラディアブレード、あの技も【複写コピー】しておけ!」


 またしても、白い光が俺を覆い、今度はタツヤの身体までもが白く発光していた。

 恐らく、聖剣が、彼の身体にこの【ファントム】を【複写コピー】しているのだろう。


「(----じゃあ、ここでっ!)」


 と、いったん技が喰らわないように距離を取って、俺は大量の手裏剣を投げつける。

 その数----40個。


 全ての手裏剣には、かすり傷だろうが強烈な下痢を起こす猛毒が塗ってある。


「はっ! そんな怪しげなヤツ、受ける訳ないだろう! お前の技で、避けきってやるよ!」


 彼の身体が白く光り輝くと、俺と同じように、彼の身体の方がくねりと曲がって、手裏剣を避けていく。


「無駄、無駄、無駄なんだよ! どんなに凄い攻撃をしようが、私の聖剣は、その全てを【複写コピー】する!

 どんなにお前が、やべぇ技を使おうが、私は一瞬にしてお前の力を使えるようになる! 私は、無敵なんだ!」


 確かに……すげぇ強いわ。


 相手がどんなに自分より強かろうが、その全てを【複写コピー】してしまうんだもの。

 さらには、俺の技術力と、俺にはないレッドドラゴンの怪力の2つを、良い所どりしてるし。


 きっと、その聖剣ドラディアブレードは、まさしく【勇者】が持つに相応しい名品なんだろう。



 ----だが、それだけだ。



「分かったら、さっさと降参と----おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 途端、タツヤがいきなりその場に向かって、吐き出した。

 彼が嘔吐したヤツからは、甘酸っぱい、なんとも言えない嫌な臭いが立ち込めていた。


「はいっ、終了っと」


 と、いきなり吐いてしまったタツヤの足を払うと、そのまま聖剣を彼の手から離れた場所に弾き飛ばす。

 聖剣は足払いも対処しようとしていたが、途中でその動作を止めていた。


 今の聖剣の強さは、レッドドラゴンの腕の一振りと一緒。

 到底、人間では耐えきれない。

 無論、【複写コピー】頼りで、ろくな体力もないタツヤならなおさらだ。


 だから、聖剣は対処を止めた。

 自分の今の力では、このタツヤ・ドラゴニック・イチノセを助ける事が出来ない、と分かったから。


「良い武器はある、けれども良い持ち主ではなかったようだな。

 自分の状態すら分かっていないほど、頭が回っていなかったんだから」

「てめぇ……ブラド……! 私に、なにを……!」

「あっ、そうだ。これは、ほんの少しの嫌がらせだ」


 と、俺は短刀を右手で握って、もう片方の左腕を出す。

 そして、小さく傷を作ると、ぽたぽたと、流れる血のしずくを彼の手に、そう両手に数滴。

 ちゃんと当たるように、流す。


「あぁ……ん? なにしてんだ、てめぇ……」

「いや、なに。お前は最後まで、俺が何者かすら、分かってなかったんだなって」


 そう、【千軍万馬】に初めて加入した時に、俺らのパーティーは亜人……すなわち、人間以外も一緒に戦うパーティーだって、リーダーが説明したのに。

 それをコイツは、【弓手アーチャー】のツバレロが、亜人エルフだからって、それで納得してしまったのだ。


 別にリーダーは、亜人が1人だとは、言ってないのに。


「教えてやるよ、俺のこと」



 そう、亜人にはいくつか種類がある。


 森の担い手である"エルフ"や、獣の特徴を宿した"獣人"。

 それに、レッドドラゴンなどドラゴンの血を引く"竜人"とか。


 けれども、俺は----俺達の種族は、その中でも誇りを大事にしている。

 なにせ、誇りある者のは、とても"美味い"から。


「俺の名前は、ブラド・ナル。【千軍万馬】というパーティーに所属していた、元Sランク冒険者。

 ジョブは【暗殺者】、そして種族は----"吸血鬼ヴァンパイア"」


 血を操り、夜をかける高貴なる種族。

 それが、俺の種族である。



==== ==== ====

【Tips】亜人

 人間以外の血を引く種族の総称。エルフや獣人、竜人、魔人など様々な種族がその中に含まれている

 人間よりも強い個性を有しているため、人間よりも優れている部分もある一方で、苦手な弱点とも呼ばれる者も存在する

 なお、亜人と人間の間に出来た子供は、半亜人ハーフヒューマンと呼ばれ、大抵は蔑まれている

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