第7話 とりあえず、勇者は強いのか
----大騒ぎだった。
何が、って? それは勿論、ギルドが、である。
テーブルは満席、多くの冒険者が酒を飲んで嬉しそうにはしゃいでいる。
その顔は心底、楽しそうで、そして彼らの騒ぎ声は扉越しでも、はっきりと外へ響いていた。
俺がユウキとチエの、ソルナ兄妹と共に、ギルドへと戻ってきたのは、ただお金が欲しかったからだ。
本当は疲れたから宿屋でちょっと寝たかったんだけれども、お金って、やっぱり大事じゃない?
そもそも、しぶしぶながら2人の依頼に同行したのだって、金がつきかけていたからである。
いや、別にそこまで貧乏な訳じゃないんだけれども、冒険が出来ない以上はお金が稼げるときに、稼いで置かないとね。
同行とは言え、ちゃんと依頼を果たしたんだ。
果たした以上は、報酬を貰って、さっさとお酒に当てたいのだけどなぁ~。
そう思ってきたんだが……。
「(にしても、えらい騒ぎようだな)」
----わいわい、ガヤガヤ!
まだ夜になるのは早い時間帯で、空はまだ赤く、けれどもギルドの中の連中は嬉しそうにはしゃいでいる。
顔は真っ赤で、目はうつろ----よほど、酒を飲みまくっていたんだろうな~。
「(いや、いつもお酒を飲んでいるけれども、ここまで騒いでいるのは珍しいなぁ……)」
そして、そんな騒ぎまくっている冒険者達の中心で、1人の男がひと際、大きな声と共に騒いでいた。
「ひゃっほぉぉぉぉ! 酒だ、酒だ! 酒を飲みまくるぜ、野郎どもぉ~!」
騒いでいるのは、【剣の勇者】であるタツヤ・ドラゴニック・イチノセである。
酒を飲んで上機嫌な様子のタツヤは、お肉を聖剣で刺してむしゃむしゃと食べており、足元もふらふらとしていて----なんか、弱そぉ~!
「(あいつ、確か俺達のパーティーから追放されてから、たった1人でドラゴンを退治したと聞いたが……)」
----ありゃ、無理だろ。
酒で酔っぱらっているとか以前に、自分が勇者である証の聖剣を、肉を刺す鉄串替わりにしているところで、武人として最悪だ。
あんなのが、
……まぁ、俺にはもう関係のない話だ。
「ささっ、ユウキにチエ。受付に行って、報酬を貰ってきな。こんな中でも、受付はやってるだろう」
ソルナ兄妹にそう言うと、2人は受付にゴブリンの耳を持って向かって行った。
よしよし、後は受付さんがちゃんとしっかり対応してくれるだろう。
依頼書、それに討伐証明となるゴブリンの耳。あと、依頼を受けた当人。
これだけ揃っていれば、どんなに
「----ガハハハッ! そこで、私は言ってやった訳だよ! 《勇者だから、家のお金を全部貰って行くぜ!》ってな! なにせ、私はSランク冒険者で、【剣の勇者】様なんだからな!」
なんか、タツヤが大声でなにか騒いでいる気がするが、気にしない。気にしな~い。
あんなのは、ただ騒がしいだけのバカだ。
「えぇ、タツヤ様は勇者ですから!」
「お金を差し出すのが、当然ですしなぁ~」
「その通りです! なにせ、タツヤ様は選ばれた存在ですから!」
……なんか、アイツの賛同者まで居るんだけど?
まぁ、アイツと同じで、顔は良くても、ゲスっぽい奴らだな、おい。
「当たり前だろうがっ、お前達! なにせ、私は勇者だぜ?
世界は私のためにあり、私のために世界はある! だから、私逆らおうなんて奴が居たら、アイツらみたいになるだろうから、気を付けた方が良いぜ! まっ、そういう意味でも、見せしめって大事だよな!」
「ガハハッ!」と、なんとも聞いているこっちが嫌になるような声で騒ぐタツヤが率いる連中。
タツヤ達一行の騒ぎ声は、聞いているこっちが嫌になるくらいだった。
「さて、俺は、っと----」
まずは、カウンターにいる受付さんに注文を1つ。
水を、一杯。たったそれだけの単純なオーダーで、受付さんは水を一杯、出してくれた。
「おっ、
いつもだったら
これ、いつもの3倍は入るから、値段が倍以上に必要となってくるから、いつもは頼まないんだけれども?
というか、なんでジョッキ?
俺、いつもはコップで頼んでるんですが?
「えっ? 俺、いつもこんなの頼んでないんだけど?」
「店からのサービスです」
俺が聞くと、受付さんは丁寧に頭を下げる。
「(----なるほど、サービスとは嬉しいじゃないか)」
そのありがたさに感謝しつつ、俺はそのジョッキに波々と注がれた水をこぼさないように注意しつつ、
「まぁ、それが出来るのも、私がこの聖剣に選ばれた勇者であwせdrftgyふじこlp----!」
「「勇者様ぁぁぁぁ~!」」
今までの勢いはどこへやら、勇者タツヤはそのまま濡れて倒れていた。
----まぁ、いきなりジョッキ1杯分くらいの水を被れば、無理もないかも?
「----って、いきなりなにすんだ、こりゃああああ!」
「あっ、普通に立つんだ。酒で酔ってたから、そのままだと思ってたんだけど」
うん、水とは言っても、けっこうの量を被れば、ちょっぴり痛いよね?
頭から思いっきり被ったから、けっこうの衝撃を加えたと思ったんだけど。
「バカにすんじゃねぇよ、こらぁ! 勇者が水を被ったくらいで、気絶してたまるかぁ!」
「そうか? 逆に新鮮な気もするが?」
"勇者、水を被って気絶する"って、ある意味、それも伝説的な出来事として語り継げそうな気もするけれども。
「----ってか、なんだよ~。お前、俺が資格停止にしてやったブラド先輩じゃないですかぁ~。
なんだよぉ~、まだ居たのかよ~」
「ぷ~! クスクスっ!」と、勇者タツヤは笑っていた。
「冒険者資格が停止してるってことはぁ~、冒険者じゃないって事だろぉ~? それなのに、なんでまだここに居るんですかぁ~? 他の人と同じように、どこかへ逃げれば良いのに?」
「逃げろって……なんだよ? それがあるとしたら、あと腐れなくされる時だけだ」
そう、もうここに未練などないっ!
そういう時に去るのって、やっぱり一番カッコいいと思うんだよね。
「少なくとも、お前のような似非Sランクが後釜って思われるのは嫌」
あと、自分の後に来る人物が酷いと、辞める気なくすよね。
「あぁん?! その似非って、もしかしてこの勇者タツヤ・ドラゴニック・イチノセ様の事か、あぁ~ん!」
「ほかに、誰が居ると?」
「見て見ろ」と、俺は周囲を指差す。
具体的には、タツヤ達以外の、なんか居心地悪そうに酒を飲んでいる冒険者達を。
「お前らは、皆に憧れられる冒険者なんかじゃない。ただ、ガラが悪いだけの荒くれものだ。
そんな奴らが、冒険者資格を持っていること自体、俺はおかしいと思うぜ? お前らの方が資格停止すべきだろ?」
「なっ----! ただの無職野郎が……!」
「第一、ドラゴンを倒せたってのも本当なのかぁ~?」
ひょいっ、と俺が足払いをすると、彼は思ったよりも簡単に倒れる。
「ぷぎゃっ----?!」
「こんなのも避けられないくらいの貧弱野郎が、ドラゴンを倒せるなんて、大口をたたくのもたいがいにしとけよ。みっともない」
ドラゴンってのは、勝てること自体が、強さの証明みたいなもんだ。
なにせ、ドラゴンを倒した者には、《
普通の魔物を倒してもなんの称号も得られないのに、何故、ドラゴンを倒した者には、その功績を称えて《ドラゴンキラー》という称号が授けられるのか。
それは、強さの証明だからである。
この世界の、頂点に近い種族を倒した、栄光の地位を手に入れし者----それが《ドラゴンキラー》だ。
「少なくとも、ただの【暗殺者】の足払いで転ぶような奴が、ドラゴンを倒したなんて言って欲しくないんだわ。
なんていうか、『ないわぁ~』的な」
----だから、確かめておきたいのだ。
俺達、【千軍万馬】を解散に追い込んだ奴が、実は凄かったっていうなら……なんとか、納得する。
なんでパーティーに組んでいる時にその実力を発揮してくれなかったんだとか、そういう不満はあるけれども、実力があったのなら、それなら納得する。
性格がめちゃくちゃ嫌でも、それは実力とは何にも関係ないし。
1年間の冒険者資格停止だって、甘んじて受けよう。
自分達が未熟だったと思って、この1年間を酒を飲みながら、現実を忘れながら、皆と過ごした楽しい過去と、これから得るであろう楽しい未来を想像しながら、待とうじゃないか。
すっごく不満だし、めちゃくちゃ嫌だし、全部受け入れるとかは無理でも、それでも----納得しよう。
けれども、ただ騒ぎ立てるしか能がない、バカで、そんな奴らに、俺の居場所である【千軍万馬】を解散させられたとしたら----
「それが、俺には耐えられないんだわ」
----だから、確かめておきたいんだ。
こいつが、本当はどっちなのかを。
本気になった勇者様とやらは、どれくらいの力を持っているのかを。
「----【剣の勇者】タツヤ・ドラゴニック・イチノセ。お前に決闘を申し込む。
お前がSランク冒険者として相応しい実力を持っているのか、いないのか。俺が勝手に
これは、ただの元Sランク冒険者としての、意地の問題だ。
こんな小石につまずいて、栄光から転げ落ちただなんて、決闘でもしないと割に合わない。
お酒が、美味しく飲めないじゃないか。
「表に出な、タツヤ。ここじゃ、迷惑がかかる。
それとも、なにか? 勇者ってのは、民家に侵入して奪う泥棒だから、酒場で暴れまわっても許されるとでも?」
「……上等だ、おらぁ。無職野郎がよぉ」
ゆらりと、剣を杖代わりにして、タツヤは立ち上がる。
そして、俺に勇者である証たる聖剣を向けて、肉を突き刺してべっとりしている聖剣を向けながら、宣言する。
「お前は、この俺を本気にさせた。この、【剣の勇者】であるタツヤ・ドラゴニック・イチノセ様をだ!
本気の、聖剣ドラディアブレードの力を、その身に叩き込んでやるよ。元Sランク冒険者の、無職野郎になぁ~!」
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【Tips】勇者
特定の聖なる武器に選ばれし、特殊ジョブの1つ。強力なる力を持ち、国王と同等の存在として扱われる
所有者には、その証として、その聖武器の管理国の名前をミドルネームとして名乗ることが許される(例;聖剣ドラディアブレードの管理国はドラゴニック国、故にタツヤ・"ドラゴニック"・イチノセ)
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