第3話 どういう訳? なんで、挑めない?

 多くの冒険者ギルドには、酒場が併設されている。

 酒場が併設されている理由は、冒険者達が依頼を終えて、1日の疲れを癒したいからだ。

 ギルドで報告を済ませた後、そのままの流れで酒を飲む流れだと、一番良いだろう? やっぱし?


 そして、多くの冒険者ギルドには、酒場の他にもう1つ、併設されている施設がある。



「----そう、それが訓練場だ」


 今、俺は双子と共に、訓練場に来ていた。

 無論、しょうがなく、なんだけど。


 実際、こんな新米冒険者2人を指導するよりかは、お酒を飲むことの方が俺にとっては重要なんだ。

 けれどもお酒ってのは、飲むのが楽しいと言うよりかは、酔ってからが本番って言うか……。


 そう、お酒を楽しむ場合は、酔って、酔って、酔いまくれ!


 それが俺の考える、酒の楽しみ方なのだっ!


 それなのに、めちゃくちゃ双子に睨まれてしまって……あんなんで、酔って楽しめるかっ!


「(だから、適当に指導して、酒飲みに戻るのだ!)」



「「よろしくお願いしますっ! 師匠っ!」」

「だから、師匠じゃないって……言ってるだろう」


 双子の兄妹----ユウキとチエの2人は、"ビシッ"と、俺に向かって敬礼する。

 その眩しすぎる視線に、頭がズキズキと痛みだす。


 酒のせいじゃない、はず……。

 純粋に、この2人の澄み切った視線が、耐えられないって言うか……。


「はぁ~、もう良い……」


 これ以上考えていると、余計なことまで考えてしまいそうになる。


 ----さっさと、面倒なのを済ませてしまおう。


「とりあえず、やるからにはきちんとやってやる。これでも元Sランクの冒険者だからな。依頼人との信用関係ってのは、重要だからな」

「「よろしく、お願いしますっ!」」

「返事だけは良いな……まっ、とりあえずは、お前らがどれくらいの実力かを見極めるとしよう」


 腰に剣を下げて、俺は双子から距離を取る。

 だいたい……20メートル、くらい?


「師匠、実力ってどういう事っすか? 【剣士】としての実力、って事っすか?」

「えっと、えっと……そういうのは、受付さんから聞いてないです?」


 困惑する双子に、俺は受付嬢から受け取った彼らの詳細な資料に目を通す。



===== ===== ===== =====

〇ユウキ・ソルナ 13歳 人間族

冒険者ランク;Gランク

所属パーティー;未所属

ジョブ;剣士

ギルド所見;ソルナ兄妹の、双子の兄の方。剣を振り回す、と言うか振り回されているという印象。剣を用いての破壊力はGランクにしてはあるが、その分、隙も大きくてまだ若輩と言う形。


〇チエ・ソルナ 13歳 人間族

冒険者ランク;Gランク

所属パーティー;未所属

ジョブ;剣士

ギルド所見;ソルナ兄妹の、双子の妹の方。剣を丁寧に振るっているが、型と呼べるほどのモノではない。1つ1つの技は綺麗だが、威力は低い。

===== ===== ===== =====



「(なるほど。担当したギルド職員の印象だと、ユウキは力が強く、チエは技術が綺麗ね。

 良くある奴だ、珍しくもない)」


 男女で区別も、ましてや差別もする気はないんだけど、そういう傾向があるのは事実だ。

 男の方が女よりも攻撃力が高く、女の方が男よりも技量が高い。


 これは一般的に男性の方が筋力が高く、筋肉がつきやすいからだ。

 そして、女性はつきづらく、その分、技量が高くなる。


 ----まぁ、あくまでも一般的に、だけどな。

 男性でもめちゃくちゃ手が器用なドワーフや、異常に力が強い女傑族アマゾネスとかもいるし。


「とまぁ、色々と言う前に、お前らの力を確かめてやる。

 どれくらいの腕なのかが分からぬと、やっぱり指導も出来ないからな」


 「さぁ! かかってこいっ!」と、俺は手招きをして、2人を迎え撃つ。


「「えっ、えぇ~!?」」


 いきなりSランク冒険者に"向かって来いっ"と言われた双子は、大きな声と共にガクガクと震えだしていた。


「しっ、しっかし! Sランク冒険者に俺達なんかが……!」

「敵う……訳ない」


 剣を構える事もせずに、双子は俺に敵う訳がないと、最初から諦めているようである。

 ----なんとも、情けない。


「えぇいっ、情けないっ!」


 "どんっ"とわざとらしく、俺は訓練場で地団太を踏む。


 ……あっ、なんか訓練場にヒビが入ったような。

 それも、けっこうがっつりと、地面の奥までヒビが入ったような……。

 いっ、いやいや! これくらいなら、訓練をしているから、仕方ない。仕方ない。


 そう、これはこの双子を指導するために、重要な事。

 断じて、受付嬢に酒を取られた腹いせなんかじゃないぞ! 絶対に!


「……お前達は、本当は強くなりたくないのか?」


 "出来れば、そうであって欲しい"という願望も含め、俺は双子にそう尋ねる。

 そうならば、心置きなく酒を飲めるからなっ!


「「…………」」


 双子は質問に答えず、俺は話を続ける。


「お前らがなんで俺に、訓練をつけてもらいたいかは分からん。目的があるのかも、ないのかも、俺にとってはどうでも良い。

 ただ、せっかく俺が指導のために、実力を見せろと言っているのに、かかって来ない。かかって来ないなら、お前らはそれ以上は成長しないだろうぜ?」


 Sランク冒険者が、直々に戦闘を見てもらえる機会だなんて、滅多にない貴重なことだ。

 そんなチャンスを棒に振るだなんて、強くなりたくないのと一緒だ。


「"ドラゴンに挑む実力がない者は死に、挑む気概がない者は成長しない"----冒険者なりの格言だ。

 ドラゴンという超強力な生物に対して、実力がなければ死ぬだけだが、挑もうと思う事もしない者は、大成しない。強くなれないっていうね」


 ドラゴンと戦えるだけの実力ってのは、頑張れば手に入る。死ぬ気で頑張れば、なんとか。

 けれども、ドラゴンと戦えるだけの気概がなければ、その実力は絶対に手に入らないのだ。

 

「そういう気持ちがなくちゃあ、ドラゴンに挑むような勇気を持てないやつなんか強くなれる訳ないだろう。例えSランクの俺に教わったとしても、な」


 それこそが、自分の身の丈に合わない実力を求める上での、最低限のライン。

 多くの冒険者が、このSランクにまで上がってこない理由だ。


 大抵の冒険者は、初めはそう言った気持ちもあるだろう。

 "お金持ちになりたい"とか、"強くなりたい"とか、そういった欲望は、多かれ少なかれあるだろう。


 けれども、実際に冒険に挑んで、大きすぎる壁を見て、挫折する。

 そこで、成長を止めて、停滞を望んでしまう。


 俺が教えられるのは、やっぱりSランクに近付くための、かなり激しい奴しか教えられない。

 けれども、こいつらに必要なのは、ちゃんとした実力を手に入れるための、優しい、ゆったりとした指導の方が向いている。

 多くの冒険者が、そういう方が性に合っているだろう。


 そう、だから俺に教わろうとするな。

 もっと優しくて、もっとお前達を甘やかしてくれる奴に、指導を頼みなさい。


 ----そうして、ぬるま湯のような中で、楽しい冒険者ライフをすれば良いさ。


「あ~、最悪だよな。やっぱり柄にもない指導なんかすべきじゃなかったな。んじゃまぁ、そういう事で----」


 ----ぶんっ!


 と、2人の剣が、俺に向かってくる。

 ただ力任せの男らしい剣と、ちょっぴり見ていたくなる女らしい剣。


 ユウキが右手でしっかりと握って、力任せに剣を縦に振るう。

 チエは、左手で剣を持ちながら、綺麗に斜めに斬りつけてくる。


 まだまだ新米だが、ちょっぴり才能を感じる剣術だ。

 あと、ちゃんとこちらを見て、戦う意思は感じられる。


「(なんだよ、新米なりにそういう気概はあるのか。教える価値はあるじゃないか)」


 とりあえず、ギルドの心眼は正しかったようだ。

 ユウキは力強く、チエは剣の振りが綺麗だ。


「待って、くださいっ! 師匠!」

「私……頑張るっ!」


 必死な形相で、俺に迫るソルナ兄妹。


 ……うん、実力者ドラゴンに挑む実力は、あるようだな。




「----けれども、まだまだ実力不足だ」


 俺はちょっと力を込めて、訓練場に足を叩きつける。


 力を込めた蹴りは、訓練場の地面が抉れ飛ばすほどの勢いだった。

 例えるなら、爆発と言うべきだろうか?


 吹き飛んだ地面は上へと舞い、たくさんの石の礫が2人を襲う。

 飛んだ石の粒が2人を襲い、そのまま2人はその場に尻もちをついてしまう。


「そうだな。敢えて名付けるとするならば、"石壁どーん"って所か?」


 まっ、こんなの技でもなんともないけどな。


 尻もちをついた2人の手から、俺はゆっくりと剣を取り上げる。

 2人とも自分の目の前に現れた、大量の石の迫力にビビッていて、もう抵抗する感じはなかった。


「たかが石の粒なんかにビビッてどうすんだよ。当たった所で死ぬわけでもあるまいし」


 ----でもまぁ、こいつらが本気で、訓練を受けたいっていう気持ちは伝わってくるな。


「とりあえず、指導はしてやるよ。元Sランク冒険者の俺がな。

 今日の所は、基礎中の基礎だけ教えてやる。訓練するなら、まずはそれからだ」

「「しっ、師匠~!!」


 えぇいっ、泣くな! うっとうしい!

 あと、俺は師匠なんかじゃないっての!


 俺は右手で持ったユウキの剣を横に振るい、その後、左手で持ったチエの剣を縦に振り下ろす。


「----ちゃんと、見たか? 双子よ?

 これが【剣士】の基礎----横に薙ぎ払う"横一文字斬り"と、縦に振り下ろす"縦一文字斬り"だ」


 ただ乱雑に目的もなく振るうのではなく、この2つを意識することが大切だ。

 2人に剣を返して、俺は「この2つが出来るようになれ」とアドバイス。


「綺麗に、意識して縦にも横にも触れるようになったら、入門。まず目指すは、その辺だ。

 それを何度もちゃんと出来るようになったら、重畳。で、意識せずともできるようになれば、俺なんか必要じゃなくなるさ」


 と言う事で、とりあえずは、何度もちゃんと出来るようになるのを、目指してくれ。


 ----さてと、ガラにもなく、色々として疲れたぜ。

 こういう時は、やっぱり一杯、やるべきだな。うん。

 疲れた時に呑むお酒ってのは、いつもより確実に沁みるの確定だっ!



「「あのっ、師匠!」」


 ガシリっ、と訓練場から出て行こうとする俺を、2人が止める。


「「もう一度だけ……もう一度だけ、さっきの横と縦のやつ、見せてくれませんか!!」」


 ……いや、もうほんと、勘弁してほしんだけど。



==== ==== ====

【Tips】ドラゴン

 この世界における、最強の頂点に座する魔物の種族名。翼を持つ大きな鰐のような姿をしているのが、一般的スタンダードだが、人型や蛇型など様々な種類がある。強敵や実力者の例として挙げられることもある

 強さにバラツキはあるが、どれもが災厄と言っても良い強力さを持つ。また、虹の七色----レッドオレンジイエローグリーンブルーインディゴヴァイオレットの七龍が強いとされている

==== ==== ====

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る