第2話 育成講座って、俺、知らないんだけど……

 ----と言う訳で、Sランクパーティー【千軍万馬】は解散となった。

 1年間の資格停止という内容だが、既に5人中の4人が辺境を去ってしまったので、実質的に解散だろう。これは。


 そして、辺境に唯一残ったメンバーである俺----【暗殺者】のブラドはと言うと、



「----かぁ~! やっぱりうめぇ~な!」


 すっかり、ギルドに併設された、酒場の常連となっていた。


 いや、だってさ。仕方ないでしょう。

 資格停止中だから依頼も受けられないし、辺境だけあって仕事もほとんどないからね。

 ……まぁ、最近だと週に1回ばかり、道具屋の荷整理を手伝う、とかそういうくらいだろうか。


 で、そんな仕事が毎日ある訳じゃなくて。

 まぁ、結局は、酒場で飲むくらいしか、やる事がないんだよなぁ~。


「ブラドさん、営業妨害ですよ」

「うるさいなぁ~、良いじゃぁ~ん。別にぃ~」


 目の前のカウンターの、女受付嬢さんは迷惑そうな顔をしているが、仕方がないだろう。

 ここいらで、まともな酒場って、ここくらいしかないんだから、仕方がないよね。


「良いかい、受付嬢さん。どこのギルドにも、酒場が併設されてるのには、さぁ~」

「はっ、はい」

「酒場で冒険者同士が交流してたりぃ~、情報交換だとか、仲良くなったりとかして次の冒険に繋げたり? それから、ぶっちゃけ冒険者のクエストの報酬を使わせるのが目的でしょぉ~? だったら、冒険者である俺がぁ、ここで飲んでても、普通じゃない? むしろ、良くない?」


 冒険者なんて、良く考えてみたら、物凄い非効率な仕事の代表格だろう?

 《きつい・汚い・臭い》などと言う、《3K》の代表格みたいな仕事だし。

 それなのに、多くの若者が冒険者をしようとするのは、やっぱりこういった酒だとか、宴会だとか、そういうのが楽しいからだろう?


 冒険者=宴会好きっ! うん、これって真理!


「でも、ブラドさん。冒険禁止ですよね?」

「……うぐっ!」

「冒険者と交流しても、行けないんじゃないですか?」

「たっ、確かに、そうだけど……」

「あと、ブラドさんが飲んでいるのも、水ですし」


 しょうがないだろうっ、酒って高いんだから!


「けど、酔っぱらえるぜ! なにせ、俺には、干した"ドワドワの実"があるからな!」


 あの、酒が好きすぎるドワーフすら酔っぱらってしまう実で、コップ1杯の水にほんの少し漬けるだけでも、十分に酔っぱらえるお酒になる。

 ……まっ、味に関しては、すっごいマズマズなんだけど。


 でもまぁ、お金がないのにお酒を飲みたいなら、このドワドワの実が、重宝されるよなぁ~。


「う~ん! けれども、なんか、この安っぽさが溜まらんよなぁ~」

「ギルドとしては、酒ではなく、水ばっかり注文されてて、すっごい迷惑なんですけど」


 そうは言われても、資格停止中だもんね~!

 勝手に冒険なんかしたら、怒られるのはこっちだからね!


 と言うか、そもそも資格停止を命じたのは、そっちのギルド側、なんだからなぁ~。



「「あっ、あのっ! すいませんですっ!」」



 受付嬢との楽しい会話をさかなにして、酒盛りを楽しんでいたんだけれども----いきなり、後ろから2人の声で、それを邪魔にされてしまう。

 数少ない楽しみを邪魔にされるのも嫌だったので、無視を決め込もうとしたんだけれども、目の前の受付嬢が「対応しろよな!」的な視線でこちらを見てくるのが嫌になって、仕方がなく振り返る。


 振り返ると、そこに居たのは、2人の少年少女。

 顔や身体つきなど、かなり似ている。

 双子か、それか兄妹きょうだいか、ってくらいに。


 黒髪で色黒な少年。そして、白髪で色白な少女。

 2人とも愛らしい顔つきで、似たような服装と同じ剣を腰から下げている。

 身長は俺よりもかなり低く、子供らしい姿。

 だが少年の手足は適度に鍛えられて筋肉がついており、少女の方は女らしくぷっくらと可愛らしく胸が膨らんでいる。


「(これは……どう見ても新米冒険者だろう)」


 恐らくは、見習いであるGランク冒険者か、Fランク冒険者。

 13歳になって、冒険者になったばかりといった所だろうか。


「……誰だ、君達?」


 "じとぉ~"と、面倒くさいなというオーラを出して、ちょっと威圧してみた。

 みたんだけれども、2人は怯むことなく、じっとこちらを見ている。


「(なるほど、それなりに度胸はあるみたいだな)」


 まっ、だからってなんだって話なんだけど。


「あのっ、すいません! あなた、Sランク冒険者のブラドさんですよね!」

「私達Fランク冒険者の、チエって言い……ます。13歳……です」

「俺、双子の兄のユウキって言います! よろしく、っす!」


 気弱そうな感じで妹が、馴れ馴れしい感じで兄が、そう俺に自己紹介。


「なるほど、双子の冒険者、ね」

「2人とも、【剣士】をやって……ます」


 良く似ているとは思ったんだけれども、双子だったのか。

 そして、双子とも揃って、【剣士】とは……そんなに珍しくもないな。

 親や兄弟で同じってのは、案外珍しくないし。


 ----まぁ、俺としてはなんで話しかけられるって事の方が、気になるところなんだろうけれども。


「それで、俺になにか用?」

「そうそう! 実は、ブラドの兄貴にお願いしたいことがあって、やって来たですっ!」


 お願いしたい……こと?

 と、いきなり俺の目の前に、1枚の書類を突き出された。


「なんだ、これ?」


 突き出されたので、書類の中身に目を通してみる。


===== ===== ===== =====

【元Sランク冒険者 ブラド・ナルによる冒険者育成講座】

 あのSランクパーティー【千軍万馬】所属の冒険者、ブラド・ナルによる新米冒険者の戦闘指導講座!


 "戦闘のいろは"すら分かっていない、新米の冒険者の皆さん! 

 冒険者の最上位、Sランクの冒険者にまで辿り着いたブラド・ナルさんが、戦い方を教えてくれます!

 あなた方の、冒険者としてのステップアップを確約いたします!


 詳しくは、酒場にいるブラド・ナルに、直接ご連絡ください!

===== ===== ===== =====


「いや、なに? これ?」


 まったく見た事がない、書類……である。

 と言うか、こう言うのは、事前に俺に話を通しておくべき案件だろう! 絶対!


「くっ……!」


 俺はこの書類を持って来た双子……ではなく、目の前で素知らぬ顔で仕事をしている、女受付嬢を睨みつける。

 

「いやぁ~、いっつも暇そうに酒を飲んでるくらいならば、こっちで仕事を斡旋したら、少しはマシになるかなぁ~と。いつまでも酒場で、うろちょろされるのもどうかなぁ~という意見がありまして」

「それで、戦闘指導……ね」


 要するに、酒場でえんえんと無駄に飲むくらいならば、新米たる後輩達に指導しろってこと?


「それって、ギルド的にはあり? なし?」

「えっと、ギリギリのラインで……はい」


 いや、ギリギリって言われても、"あり"なのか、それとも"なし"なのかは、はっきりして欲しいんだけど?

 あとで、"なしでした~"って言われて、なんか嫌味を言われると困るっていうか。


「あの、兄貴っ!」

「少年、俺はお前の兄貴じゃない」

「じゃあ……姉御?」

「少女、どう見たら俺が女に見えるんだ」


 はぁ~、まったく。

 なんか、酔いが覚めてしまったというか。


「(----ったく、仕方がない)」


 俺はコップを置いて、立ち上がって2人と向き合う。


「それで、あんたらは俺で良いの? 俺って、ギルドマスターから資格停止処分を受けてる、世間的にはそういう評価を受けてる冒険者だぞ? それに、俺、【剣士】じゃないし」


 そう、俺は【剣士】じゃなくて、【暗殺者】だ。

 もし本当に、指導を受けたいのならば、俺じゃなくて、【剣士】の先輩に指導を頼むべきだろう。


 ジョブってのは、神様からの贈り物だ。

 それを持っているだけで、【剣士】なら剣を扱いやすくなるし、剣を使う技もどんどん習得していく。


 だが、他のジョブは、他のジョブで独立している。

 【暗殺者】は殺しに長けたジョブ、剣を用いることもあるにはあるが……専門じゃない。

 だから、そんなに詳しい指導なんて、出来ないんだ。


 酒場で酒を飲んでるだけの男に頼むほどの熱意があるなら、そのまま隣国に渡った、同じ【剣士】である元リーダーのところまで行けば良いのに。


「「いえっ! 私達、ブラド師匠に教わるって決めたので!」」


 これだけ言ったのに……どうもこの双子さんは、俺に教わるという、謎の決意を表明する。

 なんか勢いたっぷりで、これ以上断ったとしても、"何度でもアタックするぞ!"というような未来しか見えない……。


「あのぉ~、ブラドさん? お受けになってみては?」

「受付嬢は、いつから新米冒険者を間違った道に進ませるようになったんだ? そうならないようにするのが、あんたらの仕事だろう?」

「それは、そう……なんですが……えっと……ほっ、ほらっ! いつまでもSランク冒険者を、資格停止中とは言え、休ませておくのもどうかという! そういう道の正し方っていうか!」


 あぁ、言えば、こう。か。


「(仕方ない。どうも最近の俺は《逃げる》が、上手くいかないらしい)」


 パーティー解散の時に逃げそびれたのも、今回の後輩指導を断れないのも。

 どちらも、ちゃんと逃げるタイミングを逃したからこそ、こうなっているのだ。


 こうなったら腹をくくって、やるしかないだろう。


「で、名前」

「「えっ……?」」


 短くそう聞くと、双子はキョトンとした顔で首を傾げる。

 状況を、まだ理解できていないみたいである。


「ブラドさんが説明不足なのが悪いですよ、それは~」

「ちっ……! 分かったよ!」


 受付嬢からのヤジに溜め息を吐いて、2人にもう一度、今度はちゃんと説明をして尋ねる。


「名前、名前だよ。少年と、少女じゃ、言いにくいだろう?

 ----教える時には、さ」


 あぁ! 嫌だな、これ!

 これ以上は、説明するのが恥ずかしいわ!


「「それって……!!」」

「えぇ、ブラドさんがお二人に、指導をしてくれるみたいですよ?」

「「----!!」」


 ポツンっと、涙が流れる音がしたと思ったら、両腕にいきなりタックルの衝撃がっ……!


「おい、いきなり何す……」


「ユウキ・ソルナ! 【剣士】志望です!」

「同じく、チエ・ソルナ! 【剣士】希望……ですっ!」


 がっしりと、双子はそれぞれ俺の腕をホールド。

 兄のユウキの方は左腕を、妹のチエの方は右腕を、それぞれ逃がさないとばかりにがっしり掴んでいる。


「「これから、どうかよろしくお願いします! 師匠っ!」」


 甲高い、聞いているこちらが頭が痛くなるような声で、2人はそう挨拶した。


「師匠……いや、それも止めろ。あと、袖で涙を拭くな」

「「嫌です! 師匠!」」

「息ぴったり……!」


 はぁ……やれやれ。

 これだから後輩、新米冒険者ってのは、嫌なんだ。


 初々しくて、自分達ならなんでも出来ると思っていて、そして-----


「(若い頃の、夢に満ちた自分を思い出してしまう)」


 ----だから、嫌なんだ。



 でも、今から"やっぱりなし"という気合もなく、俺は仕方なく、双子の新米冒険者を弟子として受け入れる羽目になったのであった。



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【Tips】冒険者資格

 冒険者ギルドが発行する、ギルドカードに記載されている資格のこと。"クエストを受ける"、"ギルドに金を預ける"など、ギルドからの様々な恩恵が受けられる

 逆に言えば、この資格を失うということは、ギルドからの恩恵を全て失うということである

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