21.霧に染めた日 <後編>

私は見飽きた校舎の階段を2つ程駆け上がって、1年生教室が並ぶ4階までやって来た。

変わらず霧が立ち込める中で、私は迷うことなく目的地の方へと足を進める。

ついさっき、現実に生きる私と対面した時から比べて、霧が少し濃くなっているような気がした。


目的地は、1年2組教室。

階段を上り、廊下を歩いて、辿り着く。

扉の上…「1‐2」と、無機質なゴシック体で書かれたプレートを見上げると、私は閉め切られていた扉に手をかけて、ガラッと開いた。


「…おっと。そっちからは逃げられなくなったぜ。どうする?」


扉を開けて、目の前に映り込んだのは、2人の男子生徒の姿。

共に同じような格好と体躯と見た目を持っていた。

1人は私に背を向けて、1人はその向こう側で私に対面する形で立っていた。


「あら、こっちの方も来ていたの。さっき、私を見かけて逃がしちゃったんだけど…連れてきた方が良かったかな」


一瞬で状況を理解できた私は、開き際に聞こえた慧の声色に調子を合わせて口を開く。

私に背を向けた…現実を生きている慧に向けて、軽いジョークを投げかけた。


「なんだ。やっぱ彩希も来てたのか」

「ええ。校庭で何時か殺した男が居たから、また楽にしてやったわ。今回の目的は彼じゃないって知ってたから」

「今回の目的は目の前のヤツだもんな」


教室の奥に居る…私が良く知る慧と言葉を交わす。

私達に挟まれて、真ん中に突っ立つしかない、現実世界を生きる慧は身動きが取れなくなっていた。

ほんの少し、体が震えているようだ。

私はクスッと笑みを浮かべると、話を続けるために口を開く。


「慧はね。私は私よ?…白い髪を持ったドッペルゲンガーさんをね」

「それもそうだ。じゃ、どうする?目の前の俺を逃がすか?」

「そうね…見逃してあげようかしら。もう一人、きっと校舎の中に隠れてるはずだから…だから、ちょっとゲームでもしようよ」


私は慧と言葉を交わしているうちに、徐々に気分が上がって来た。

クスッとした笑みは、趣味の悪い…作り慣れた嘲笑顔に切り替わる。

喋りながら、ゆっくりと、私に背を向け続ける男の傍まで歩み寄ると、ポンと彼の肩を掴んだ。


「…!」


驚く彼に、私は嘲笑顔を向ける。


「逃げられるものなら、逃げてみなよ。白い髪の私はきっと何処かに隠れて震えてる」


そう言って、ポンと彼を扉の方へ突き飛ばした。

彼はドサッとよろけて腰を抜かし、床に崩れ落ちる。

私と慧は、力なく崩れ落ちた現実世界の慧を見下ろすと、揃って小さな溜息をつく。


「どう思う?」

「情けないってよりも懐かしいが先に来た」

「さっき出会った私は、もう少し冷静で居られたんだけどな」

「言ってやるなよ。自分が言われてるみたいでムズ痒いったらしょうがねぇ」


そう言ってる間も、全く動く気配の無い彼を見て、私は首を傾げて…そして、そっと手を顔の前に持ち上げる。

持ち上げたのは、包丁を握っていない方の手。

中指と親指を重ね合わせ、パチン!と弾く。


起きたのはさっきと同じ現象。

私と慧の背後にある、教室の窓ガラスが派手に砕け散った。

霧の中、音の無い世界…静寂に包まれた中で一際派手に聞こえる破裂音。


その音が、目の前の彼を突き動かした。


「ようやく動いた」


現実世界の慧が脱兎のごとく飛び上がり、教室の外に消えていく。

私はそう言って、横に立つ慧の方に顔を向けた。


「これで本当に最後だな」

「ええ。あの2人で最後…」


外から風が吹き込む教室内で、私達は既に全てが終わったかのような声色で言葉を交わす。


「さて…どうする」

「2人が揃うまでは何もしない」

「揃ったら?」

「揃ったところで追い込む。追い込んで殺す。…どういう終わりが良いと思う?」

「そうだなぁ…1年2組か。あの机の様子…この状況は…何度かあった気がするな」


慧は教室の中を見回しながら言った。

教室の一角…2人分の机と椅子だけ、やたらと傷だらけだ。


「なんでああなったのか、未だに分からねぇよな」


絞り出すような慧の声。

私はコクリと頷いた。


「そうね。何度も何度も戻ってはやり直して…時折変な世界に当たって来たけど、この世界だけは最後まで分からず仕舞いだった気がする」

「…アイツらが合流するまで、この学校の中を回ってみっか?何かあるかもしれないぜ」

「この中に?…」

「物事には理由があるもんだ。理不尽に見えても、必ずあるのさ」


慧はそう言うと、私の横を通り抜けて教室の外の方へ歩いていく。

私も体を反転させて、慧の後ろを付いて行った。


「自惚れかもしれないけど、私達、嫌われるような振る舞いはしてなかったと思うけど」

「何処で敵を作ってるか、分からないもんだぜ」

「まぁ…確かに」


廊下を歩きながら、さっきのことなどなかったかのように会話を重ねる私達。

互いに、何処に行こうか等と相談しなくても、足先は自然と職員室の方へと向いていた。


「ただ、あんなことがあろうとも…だ。後のこと考えれば、俺等はそのまま高校に上がれたはずだ」

「ええ。恐らく」

「その時に遠くの学校を選べば良かったこったろう。どっちの親でも許可してくれたはずだよな」


慧は歩きながら考えを話し続ける。


「許可してくれるだろうね」

「でも、そうしなかった。何度も何度も、見ず知らずの奴等に殺されてきた俺達がだぜ?」

「そこに何か理由があった…と」

「ああ。普通に我慢すれば、3年我慢出来れば…何もまた10数年をやり直す必要なんて無いんだからな」


階段を降りて、階を2つ降りた先。

さっきよりも濃さを増して、最早数メートル先すらも真っ白に染まった霧の中。

私達は職員室の方へと、迷うことなく足を進めた。


霧で周囲が見えずとも、この学校の内部を歩くのに支障は無い。

何度も何度も、何度も何度も入学しては途中で死を迎えた場所なのだ。

生徒が普段いかないような場所でも、私達の脳裏にはしっかりと光景が浮かぶほどに通い慣れていた。


「1年2組の担任、誰だったっけな」

「覚えてないよ。毎回毎回人が違うんだもの」

「しゃーねぇ、虱潰しに調べっか」


職員室の扉を開けて中に入る。

扉付近からは、霧が濃すぎて職員室の全てが見渡せなかったが…私達は迷うことなく2手に別れた。

慧が霧の中に消えていく。


「何時だったかもやったよね。こんなこと」

「あったな。そん時は「失礼します」だなんて言ったっけ」

「あの頃私達は若かった…から」

「15の壁も越えられねぇジジババだもんな」


慧はそう言って笑い声を上げる。

私も同じように笑い声を上げたが、机に置かれていた鏡に反射した顔を見ると酷い笑みを浮かべていた。


「酷い顔浮かんでる」

「だろうな。顔が痛い」

「癖にしたくないんだけどね」

「染み付いてら」


職員室を探りながら言葉を交わす私達。

机の前に立っては、置かれている書類やキャビネットの中を漁っていく。


まだ、答えには辿り着けていない。

その間にも、校舎内にはもう1組の"私達"が何処かを歩いていることだろう。

ひょっとしたら、ひょっこりこの職員室に現れるかもしれない。


そうなったらそうなったで…何も考えていないのだが。


「足音したか?」

「さぁ…何処かに隠れて震えてそうなものだけど」

「アイツら以外に人は居ないよな?」

「居ない居ない…ああ、さっき一人居たけど処理してきた」


私は6つ目の机の前に立つ。

散らばったデスクの上、何気なく手にしたプリントに目を向けた私は、小さく口笛を吹いた。


「当たったか?」

「1年2組の学級通信」

「当たりだな」


直ぐに慧がこちらに駆け寄ってくる。


「何の変哲も無い、見慣れた体裁の通信ね」


私は慧にそれを手渡すと、キャビネットを開けて中を漁り始めた。


「ああ、面白みもねぇや。ただのブログだぜこりゃ」

「価値があるのは時間割だけ」

「ただ…そう言っても、今なら読み応えがあるって言える。子供には通じない文だ」


慧は一通り読み終えたプリントを机の上に戻しながらそう言った。

私はキャビネットの中にあった缶箱を取り出す。


「それは?」

「如何にもって感じしない?」


慧と顔を合わせてそう言った私は、机の上に置いた缶箱の蓋を外す。

中には幾つものプリントやメモ帳が仕舞いこまれていた。


「溜め込んでんな」


慧が適当に中に入っていたメモ用紙を取って確認する。

そして、直後に驚いたような声を上げた。


「彩希、適当に取ってみてみろよ」


私も彼に言われるがまま、中のプリント…A4のコピー用紙を取って書かれていた内容を眺めてみる。


「ああ…」


そしてすぐに、慧が驚いた理由が分かった。

分かったと同時に、気分が悪くなってくる。


「この世界の俺等は嫌われていたらしい」


慧の言葉が突き刺さった。

手にしたプリントに書かれていたのは、私達2人への罵詈雑言。

内容は幼さが残っていたが、ただの私的な恨みでは無い事が分かる。


「こんなことやったっけ…?」

「いや覚えてねぇ…見の覚えもないぜ」


私達は缶箱に入ったプリント類を適当にとっては中身を読み、気分を悪くしていった。

全て、内容は私達に対する恨みを先生へ宛てたモノ。


「缶箱に仕舞ってたのはどうして?」

「対処を面倒くさがったとか?」

「…いじめ相談でもないのに?書いてるのが正しいなら、悪いのは私達よ?」

「俺等に話を聞きゃ終わりか」

「なんか歪ね」


私達はプリントを手に話し込む。

時間も忘れ…呼び寄せた私達の存在すらも忘れて話し込んだ。


ここがクリアにならなければ、私達は動けない。

過去をクリアにしなければ、私達は全てを清算したことにはならないと思ったから…

互いにそう言わずとも、私達はそれを理解できていた。


"私達"を殺すのは、その後だ。

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