4.夕日に染まった教室で <後編>
僕は慧に貰った名簿を上から下までじっと見回した後で、彼の方に顔を向ける。
彼は、今の僕と同じ表情…困惑したような、何とも言えない表情を浮かべて両手を左右に広げて見せた。
僕と彼の名前以外、知った名前は一人も居ない名簿。
担任と思われる先生の名前も、聞いたことのない名前になっていたのだから、そう言った反応をするのも頷ける。
「街も学校も変わらないけれど、人が違う」
「ああ…」
「葵も、一博も居ないね」
「1組と2組のも見たが…知ってる名前はゼロだった」
「……僕達だけか」
そう言って、名簿を机の上に戻す。
どうやら、ここは何時かの喫茶店と同様に、僕達が良く知る世界によく似たパラレルワールドだと思った方が良さそうだ。
「……」
「……」
僕は机に置いた名簿を暫くじっと見つめた後で、ゆっくりと視線を慧の方へ向ける。
僕も彼も、少しの間黙り込んで、自分の中で状況を整理したかった。
「どうする?」
「毎回毎回、誰かの死体を見つけなきゃ出られねぇよな…」
「前回の倉庫?」
「多分違うだろう。まぁ、確認がてら行っても良いが…」
「外?」
「中を見てからにしたい。外も…何か違いがあるんだろうし」
「…オーケー」
名簿のあった席の周りで、僕と慧は考えを交わらせると、出入り口に近かった僕が先行して職員室の外に出た。
「…また、死体なのかな」
「生きてる人間だったらそいつは俺等みたいに平和主義だと思うか?」
「思わない。ホラーゲームだったら、訳も分からないうちに襲ってくるだろうね」
「自衛手段は欲しいけど…ああ、倉庫に行く途中に鉄パイプがあったっけ」
「ああ…確かに」
外に出て、職員室から廊下を更に奥へと進んでいく。
階段のある方角とは反対側…廊下の両面の壁にロッカーがズラリと並んでいて、更に狭くなった通路を2人縦に並んで越える。
ロッカーが無くなると、廊下は元の広さに戻るが…脇の壁には何かに使っていたような資材や使わなくなった教材?の廃材が乱雑に捨てられていた。
慧はその中から、前回も手にしていた鉄パイプを見つけて拾い上げると、僕を守るような位置について先行してくれる。
前回は最後の舞台となってくれた部屋の前にまでやってくると、慧は一度立ち止まって僕の方を振り返った。
「行くぜ」
「うん」
確認を一つ入れて、慧がそっと扉を開ける。
中は前回来た時と何も変わらず乱雑に散らかったまま…
夕暮れ時の、まだ明るく感じるオレンジ色の光が室内を照らしていた。
「……」
当然、前回と同じという事は…包まれた遺体が入っていたロッカーもそのままだ。
床まで散らかっているというのに、ロッカーの周囲だけは少し片付いていて…開け閉めに支障が無い程度になっている。
…開けてくださいと、何かありますと言わんばかりの様も前回のまま…
僕と慧はもう一度顔を見合すと、互いに小さく頷いた。
慧が鉄パイプを持っていない左手をロッカーの取っ手に掛けると、一思いにロッカーを開ける。
「!」
「!」
開けると同時に、僕達は一歩後ろに下がった。
下がったが…前回とは違い、中には何も入っていない様だ。
何も起こらず、僕は拍子抜けして深い溜息を一つ付く。
「何も無い」
「…アレが入ってた痕も無いぜ」
「長い間入ってたっぽかったしね…これじゃただ使ってなかっただけのロッカーだ」
開いたロッカーを見て僕達は感想を言い合うと、顔を見合わせた。
前回の暗闇の中では、何かの物音がここまで導いてくれたが、今回はそうじゃない…
僕達以外に物音はせず…そして、これまでにも僕達以外が発したような物音が聞こえなかった。
「…じゃぁ、何処か別の所に?」
僕がそう言った直後。
・
「…ああ…あ…………!!!…!!」
・
遠くから突然、悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
僕は驚いて体をビクつかせたが、余りにも遠い場所から聞こえてきた悲鳴だったからか、腰を抜かすような事態にはならない。
「今のは?」
「下か?下だと…何がある?」
「技術室?」
叫び声の出所にアタリを付ける。
僕はこの部屋の窓際に駆け寄って、下で何か起きていないかと目を向けた。
「…非常階段なら直ぐだ」
「行くか?
「ああ…あ!待って!慧、あれを見て!」
僕の声に、慧は即座に反応して真横に駆け付けて来る。
僕が指さした先、その先には、薄っすらと霧に包み込まれていたが…学校指定のブレザーに身を包んだ、何者かの後ろ姿が駆けて行く姿がボンヤリと見えていた。
「…下はスカートだよな?」
「そう…追いかける?」
「今から行っても見失うぜ…兎に角下を探そう」
慧はそう言って教室の外の方に振り返る。
僕は最後に今一度、窓の方に顔を向けてから、彼の後を追いかけた。
「……」
あのブレザー姿の女子生徒…特徴のある走り方に見覚えがあったからだ。
だが、その彼女の名前は、先程確認した名簿に居ない。
他人の空似…?
霧の中に消えた彼女の正体を探る時間もないままに、僕は彼の後に続いて非常階段を降りて行く。
一度外にでて、階段を駆け下りて…1つ下の階に降りて、再び校舎の中へ入った。
「こりゃ誰か居たのは違いないな」
先に校舎の中に入っていた慧がそう言って僕のことを待ってくれる。
僕が彼の横に並ぶと、彼は僕を背中側に隠すような手振りをして先に進み始めた。
彼のいう通り…きっと叫び声の聞こえる前後で何かがあったのだろう。
廊下の壁や床には血が飛び散ったような痕が残っており、その痕は技術室の方と…生徒玄関の方向の二手に別れていた。
「切られてるんだ」
「随分と血の量が多いけれど」
「…案外、ここまで多くても直ぐ死にはしないんだな」
明るい中で見るからか、既に慣れてしまったのか、僕達は怖いくらいに冷静さを保ったまま…技術室の方へ歩いていき…中が伺えない扉に手を掛ける。
そして、目の前に広がった光景を見て、僕達は凍り付いた。
「……何だよこれ」
その光景を見て、慧が絞り出すように声を出す。
僕も何かを言おうと口を開いたが、それよりも先に強い耳鳴りに見舞われて、その場にしゃがみ込んだ。
「……!」
体の内側から引っ張られるような痛み。
僕は耳を抑えて、涙目になりながらも慧の傍に寄って彼に気づいてもらおうと悪足掻く。
ボヤケる視界…深くなっていく霧の中、彼も同じ状況に苦しんでいるようにも見えた。
「…!」
最後に見えたのは、僕と同じようにしゃがみ込んだ慧の姿に、教室内に大の字で倒れている教師らしき男の刺殺体…そして、僕達の背後にやってきた、何者かの足元…
「!」
「……ハッ!……は…は………はぁ……」
遠のいた意識が戻ってくると、僕は目を見開いて周囲を見回す。
体中を嫌な汗が濡らしており…最後の景色も相まって気分は最悪と言えた。
慧も同じような顔を浮かべて僕の方に顔を向けてくる。
…休日の、慧の部屋で取り込まれた霧の中から帰ってこれたのだと気づいたのは、その時だった。
「…最後の、記憶に残ってる?」
「ああ…知らねぇが、多分、技術科の教科担だろ」
「そう。僕達の後ろに誰かいたよね?」
僕がそう言うと、彼は驚いた顔を浮かべながら首を左右に振る。
「いや…俺は見てないな」
「嘘…僕の傍に居た気がする…靴が見えて、生足が見えたから…多分女子だ」
「外に出てった奴が戻って来たとでも?」
「僕達が外に出た時の音で戻って来たとか?」
「だったらそいつが刺殺した犯人だぜ…だとしたら…最後、俺らは…」
慧がそこまで言って引きつった笑みを口元に浮かべた。
僕は首を左右に振ってそれを否定する。
「もしそうなら、僕達は戻ってこれてないんじゃない…?」
「ああ…だよな…あそこが本物の世界なのかは知らねぇが…」
慧と言葉を交わして、周囲がちゃんと僕が知っている慧の部屋だと確認しつくして…ようやく落ち着きを取り戻す。
最後の瞬間から、ずっと心臓は早鐘を打ち続けていたが、それは暫く収まりそうにも無かった。
「ヒントはあったよね?」
「ああ…収穫はあった。あったにはあったが…」
「…それが調べられるかっていえば難しそうだけど」
「だよな…俺らの知ってる状態じゃない」
彼はそう言うと、深くため息を付いて強張っていた体を脱力させた。
僕も、彼につられて溜息を一つ付いて、肩の力を意識的に抜いていく。
「慧」
気づかぬうちに、僕は完全に腰が抜けてしまっていたらしい。
「どうかしたか?」
「コーヒーを一杯、淹れてもらえないかな?…腰が抜けちゃって、動けそうにないんだ」
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