episode11 adjustment

 その日、アレックは胎児のようにうずくまって眠っていた。マントを体に巻き付けるようにしていた。寒かった。身体も寒かったけれど、それ以上にみぞおちの奥の方が冬の凍てついた風が吹き抜けるように冷えた。頭がやけにクリアーに働いた。考えられる限りの幸福を想像しようとすればするほど、不幸な気持ちになった。温かいシチューが食べたいとか、暖炉の前でまどろんでいたいとか、そんなことを考えても、ここは大理石の階段の一番下だ。敵の基地を制圧し、見張りが必要だ、と言われた。下っ端が往々にしてそういうことを務めることになるものだ。

 アレックは昨晩から携帯食料のほかは何も食べていなかったし、水も限られているからちびちびと飲んでいた。することがないと、人はいかに自分が空虚なのかを思い知る。眠ってはいけない。注意を怠ってはいけない。目は間断なくあたりをうかがい、しかしすることはない。アサルト・ライフルは便利だが、危険な代物だ。使い方を誤った子供が、ついこの間死んだ。アレックはそんな愚行は犯さないが、その子供がたまにうらやましくなる。時間があれば、スチュアートのことを考え、彼がいかにしてミネルヴァ・シティを操っているかを考える。彼がうらやましくもある。思い切ったことができる存在が、アレックにはまぶしい。アレックには「悪いこと」はできない。そうプログラミングされているからか? わからない。

「酒があるぞ。飲むか」

 急に声をかけられた。誰だ? そう思って、肩をたたかれていることに気が付いた。とても強くたたかれているのに、体の感覚がマヒしているみたいに、その衝撃は鈍かった。「酒だってば。飲もうぜ。ちょうどおれとお前で二人分。死体の糧食に残ってた。味は悪くない。毒見済み。どうした? 疲れてる? お前、アレックだろ。おれと同期だ」

 アレックは戸惑った。なれなれしく話しかけてくる彼の名前が思い出せなかったのと、自分と彼のテンションの落差についていけなかった。

「ああ、おれ? 名前くらい覚えてくれよ。おれはレン。スノウ・レン。スノウでもレンでも好きな方で呼べばいい。そんなことよりこれ。ほら」と言って、瓶を投げてくる彼は、どこまでも明るかった。

「スノウ? これ、本当に大丈夫なの?」

「たぶん。ま、死にゃしないさ。おれがもう二時間も前に飲んで、この調子だ。ああ、おれだって、こんな戦地でいつもこんなテンションじゃないぜ。素面じゃいられなくなったんだ。それだけだよ。さあ。ほら。どうした? 飲まないならもらうぜ?」

「うん。いや、ええと」

「煮え切らない奴だな」

 アレックはひとりでに笑みがこぼれている自分に気づく。そして瓶を手に取り、一息にあおった。

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