ようやく胃のむかつきが収まった頃、もうとっくに深夜になっていると正常に理解できるようになった頃、私はようやく便器から顔を上げました。そしてふらふらとコンビニを出ました。「またお越しくださいませ」という空虚が、背後で静かに木霊こだましていました。


 しかし――帰巣本能きそうほんのうとはよく言ったものです。

 私はそう、今、一羽の鳩でした。

 鳩はどんなに彷徨さまよおうとも、やがて自分の巣へと帰りますから、そういう意味では、私もやはり鳩でした。どれだけ記憶が混濁こんだくしようとも、足は勝手に動きます。体が覚えているのです。

 酔っ払いという生き物は極限を突き詰めると、一羽の鳩になるのです。

 なんて馬鹿なことを考えていたら、見慣れた自宅の前に私は一人、ぽつんと立ち尽くしているのでした。そして不意に「あ」と声がれました。

 どうもそれは、「あ、私はここに住んでいるんだな」の「あ」だったらしいのですが――それ以上は、自分でも深く確かめないようにしました。妙な実感に襲われて、涙が出そうになったからです。もうだめなのです、ここに妻と暮らしているのだなと思うと――もうどうしようもないのです。

 ですから、玄関に入るまでにできるだけ頭を空っぽしておく時間が必要でした。


 困りました、本当に。

 酒に呑まれると、ロクな感傷がありません。


 ざぁっと冷たい風が吹き抜けた頃、ようやく、私はポケットの鍵に手を伸ばす気になりました。

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