第112話◇番外編◇わたしが死んだ日2
彼と別れた後は、家に引き篭もるようになっていた。あれほど生きがいを感じていた仕事も砂のように色褪せてきて家でごろごろしていた。そんな時に例のゲームに出会う。
「ときめきジュエルクイーン」
彼の勤めていた会社が出した新作のゲームでテレビのCMで宣伝していて気になった。今まで乙女ゲームなどした事が無かったけれど(彼の勤めている会社の内容に関心を向けた事がなかったから)、彼が手がけていたらしいゲームに触れれば、彼の心情が少しでも理解できるかと思ったのだ。
まだ彼の事を愛していた。自分に別れを告げたのは何かの間違いだったと、彼が撤回してくれるのではないかと期待してしまった。だってあんなポッと出の女に、彼が奪われただなんて信じたくなかったから。
ゲームの中の綺麗で優しいヒロインに、あの女のあざとさが被って見える。これは男の理想の姿だ。こんな女性なんて存在しない。だってあの女だって彼の望む女を演じているに過ぎないんだから。
彼には彼女がこう見えているのかと思ったら、許せない思いでいっぱいになった。
(わたしの何がいけなかったの? 容姿? 年齢? あの可愛い彼女の中身に負けたとは思いたくない)
きみといると落ち着くって言ってくれたじゃない。僕にはきみしか考えられないって、他の女性に目移りしてる暇もないよって言ってくれたのに……。
ただ日々だけが過ぎ、彼の気持ちが分からなくなった。
そして長雨の続いていたある日。空腹を感じて、借りてるアパートからそんなに離れていないコンビニまで向かおうとした時に、横道から突っ込んできた車に跳ねられ、わたしの体は宙を舞った。手にした傘は道端の紫陽花の中に落ちる。
(ああ。これでようやく終われるのね……)
体が重く感じられて身動き取れないのに、わたしが考えた事はこれでもう彼のことで思い悩む必要は無くなったと言うことだった。気持ちはもう解放されたがっていた。
「はやく……神さ……ま、連れっ……て……」
こんなところに一分一秒でも居たくない。留まれば彼のことばかり考えてしまう。もう彼のことなど割り切りたいのに。忘れてしまいたいのに。
「……!」
車のドアが開いて、誰かが走りよってくる。もう動かないわたしの体を揺り動かし、必死にわたしの名を呼ぶ。
「……、……しっかりしてくれ……!」
こちらを見下ろす顔は、最期に会いたくて、こんな姿を見られたくないと思う相手だった。彼はわたしを掻き抱いた。
「逝くな。……」
「こん……な、みじめ……な、すがた。見られたくな……」
これは幻。最後の最期でわたしが望んだ幻影に違いない。わたしよりも彼女を選んだ彼が、わたしの命を惜しむような素振りを見せる事はないもの。都合のいい夢だよね?
どうせならやり直したかったな。初めからもう一度。
(ねぇ、神さま。お願い。この世に神さまが存在するなら……)
「……!」
雨の中、耳朶を打ったのは彼が泣きながら呼んだわたしの名前だった。
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