第113話◇番外編◇悪夢


「……ろ。酷い……!」


 愛しい女性がカウチソファーで居眠りをしていた。彼女はまだこの国の王になったばかり。自分から引き継いだ仕事を率先してやってくれるのは嬉しいけれど、彼女は必要以上に、頑張りすぎるところがある。

宰相から休憩を言い渡されて気が緩んだのだろう。カウチソファーに座ったら目蓋がおちてそのまま寝入ってしまった。休憩は二時間ある。

 彼女の体に肌掛けを掛けようとして、誰かの名前を彼女が呟いていた。それは前世の自分の名前でハッとさせられる。銀色の長い睫毛が縁取る目蓋から、ぽろりと綺麗な涙が零れ落ちた。


「ごめん。きみの中の私がまた泣かせてしまったんだね?」


 ジェーンの前で跪き、彼女の涙を唇で吸い取ればしょっぱい味がした。彼女を悲しませているのは前世の報われなかった想い。それには自分に非がある。こうして今生で彼女と廻りあい、彼女を大切に思えば想うほど彼女の苦しみの深さを側で感じさせられる。

 夢の中での彼女は、ちっとも幸せなんかじゃない。


「どうして……どうして、わたしではな……の?」


 彼女の寝言から垣間見えるのは前世をこうして夢に見ているということ。彼女が夢を見て涙するのはこれが初めてではないことを自分は良く知っている。

 幼い頃に前世の記憶を取り戻してから、彼女が昼寝する時に居合わせると決まって彼女は涙した。それも彼女は自分が居合わせた時にしか泣かないようだ。彼女に仕える公爵家の侍女らが不思議ですよねぇ。と、言っていた。そしてそれは彼女がルイに心を開いているからだと大きく誤解もしてくれたが、 これがきっと神から自分へ下された罰なのだろう。と、ルイは思っていた。


 なぜなら前世で彼女を苦しめて死なせてしまったのは自分だったから。神は彼に懺悔と戒めを促がしているように思える。


 ジェーンはこうして昼寝の時間に悲しい夢を見ているようで涙を流す。そして不思議なことに、覚めた時には夢の内容を全く覚えていないらしい。

 以前、それについて聞いた時には、「何か悲しい夢を見ていたような気がするのだけど、思い出せなくて」と、首を傾げていた。

 でも現に彼女は、悲しそうに自分の前世の名前を呼ぶ。それはもう感情を押し殺したような何とも言えない声で。前世の彼女が行き場のない想いを吐露しているようで痛々しい。

 ルイはそっとジェーンを抱きしめた。






 あの日。彼女に別れを告げた時に後悔した。人前で滅多に泣かない彼女が涙を堪えて立ち上がり、自分のことを非難するでもなく笑って「さよなら」と、告げた顔に胸が締め付けられた。

 彼女の背を見送る自分を、横にいた後輩が「さあ、行きましょう」と、声をかけてくる。いつまで別れた彼女に未練を残しているのかと、面白く思っていない事は、引っ張られた腕の加減で気が付いた。


 後輩は嬉々として「今晩は泊まっていくでしょう?」と、上目遣いに見つめてくる。これまで可愛いと思えていたその仕草は、彼女の涙を堪えたような顔を見た後ではそそられるものではなかった。疎ましく思えてきた。

 その時に、自分は選択を誤ったのだと気が付いた。彼女とは別れるべきではなかった。別れるのはこっちの女のほうだったと。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 自分の馬鹿さ加減に笑いたくなった。今頃、気がつくなんて。今更だろう。後輩のことは可愛い存在だとは認めていた。何でも「先輩~」と、職場では甘えてきて何でも聞きたがる。自分が頼られて悪い気はしなかった。


「先輩のこと、好き」 


 と、告白されても、自分には結婚を約束した彼女がいたし、断った。一度は諦めたかのような後輩の態度で、こんな展開になろうとは思わなかった。

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