第108話◇番外編◇流行を作った者


 国外追放の身となったギルバードはツールフ国に渡った。以前、アマテルマルス国の観光大使として、自国の特産物を推進し、他国に宣伝報告活動をしていた時に知り合った商人と仲が良くなり、友人となったその彼に誘われた形で国を出た。

 友人は気の良い男で、ギルバードが国外追放になったと知ると、丁度彼が帰国するタイミングだったこともあり、彼の祖国であるツールフ国に一緒に行かないかと誘ってきた。


 ツールフ国は海を越えた先にある年中温暖な気温のアマテルマルス国とは違い、夏は比較的涼しいが、冬になると気温もかなり下がり雪が降る国でもある。年末となると大雪に見舞われるので、国民はその時期は仕事には出ず、家族と共にニ、三ヶ月過ごすのだと聞かされていた。

 その友人のもと、ツールフ国について学ぶことも兼ねて二、三年は修行させてもらい、翌年には自分の店を持つまでにはなったが、顧客がつかないことで店の商品の売り上げも思ったようにはいかず、すぐに頭を抱える事となった。


 時々、様子を見に来てくれる友人は、ギルバードはセンスが良いのだから、そのうちに勝手が分かってくるさ。と、慰めて落ち込みそうになると食事によく誘ってくれた。

 彼は妻と娘の三人暮らし。片言の言葉を話し始めた二歳の娘と、料理上手な嫁さんをもっていて、ギルバードにも所帯を持ったらどうだと知り合いの娘を何人か勧めてくれるが、現状はギルバード一人で食べていくのがやっとの状態で、妻を迎えるなんてとても考えられず断っていた。


 年末となったある日の事。友人宅に招かれて夕食にあやかっていると、友人が酔った勢いで、


「ギルバード。おまえのそれ、鬘だよな? 時々髪型が違うがいくつ鬘を持っているんだ?」


 と、聞いてきた。アマテルマルス国にいた頃は、普段から軟派な行動を取りすぎたせいか地毛を染めたり、鬘を被ったりしていたが、好みとして認識されていたせいかその事を指摘する者もいなかった。

 そこを聞いてきた友人の意図が分からず困惑すると、友人は薄くなった地毛を掻き上げながら頼んできた。


「多めに持っているなら一つくれないか?」


 彼の話によると、この国では薄毛に悩む中高年男性達が少なくなく、身分関係なく皆が悩みの種で、頭髪が寂しくなってくると頭を添ってしまう。王宮でも側近達が髪をそり上げてしまい、国王も頭を剃ってしまったのだが、それを見た聖職者たちがこれではどちらが聖職者か分からないと苦笑していると言う話だった。


「自分もそろそろ剃るべきか悩んでいるんだが。こう寒くてはなぁ」


 と、溢した彼の言葉にギルバードは閃いた。これを商品として売り出したらどうだろうと。


 自分がやるべきことが見つかったような気がした。翌日からギルバードはさっそく毛髪や絹糸のウイッグを買い付け、まずはそのことに気付かせてくれた友人にひとつプレゼントした。彼の地毛に良く似たこげ茶色のウィッグを。それを被った友人にそれは良く似合い、奥方や娘にも好評だったらしくお礼を言いに来た。

 彼はこの鬘は凄くいいから買うと言って聞かなかったが、ギルバードは「もし良かったらきみの友人で頭髪に悩む者に薦めてくれないか」と、言って支払いは拒んだ。彼に宣伝してもらうことにしたのだ。


 ギルバードの意を組んで、顔の広い友人は、ほかの友達や取引先のお客様の前で鬘の良さを仰々しくアピールしてくれたみたいで、すぐにギルバードの店に頭髪に悩む客が押し寄せて来るようになった。

 初めは様々な髪型の鬘をかぶってもらい、気に入ったものを購入してもらう形にしていたが、あるお客が「この鬘を一番気に入っているが、ほかの髪型もこの鬘でできないものだろうか」と、言ってきて、手先が器用起用だったギルバードが、髪結い師の真似事をしてみたらこれが当たった。


 鬘の髪型を提供していくうちに、女性客におしゃれとして注目されるようになり、ある貴族令嬢が評判を聞きつけて通うようになったことで、貴族社会にも広まり王宮勤めの者たちは鬘を着用し、出仕するのが当たり前となっていく。

 その頃にはギルバードは「ウィッグ師」という職業を作り、同業組合を立ち上げるまでになっていた。




そして数年後。


「あなた、大変。大変よぉっ」

「どうしたんだい。ハナリア? そんなに走ってはいけないよ。お腹にさわる」

「でも。あの急なお話で……」


 組合の事務所の机の上で発注の紙とにらめっこしていたギルバードのもとへ、妻が慌ててやってきた。気の良い友人の紹介で出会ったハナリアは貧乏子爵令嬢で、出会った当初は裕福な大商人の令嬢のカヴァネス(家庭教師)をしていた。

ジェーンほどの美人ではないが、貴族階級出身なので品が良く、気立ても良くて何より愛嬌があった。ギルバードが仕事で苦労し悩んでいた年末には、温かな差し入れをちょくちょくしてくれて、雪に閉ざされて他人との交流とも途絶えがちの彼を外に連れ出してやれスキーだ。スケートだ。と、引っ張りまわした。


 そのうち、彼女の明るさと気持ちに絆されるような形で、ギルバードは彼女に求婚し結婚した。彼女は現在妊娠八ヶ月。もうじき家族がもうひとり増える。それを非常にふたりは楽しみにしていた。


「急な話って?」


 ハナリアの慌てぶりが気になって聞いてみれば、彼女は外を見て。と、言う。事務所の窓から外を見てギルバードは目を見開いた。


「あの紋章は……!」


 この国の者なら誰でも知っている。氷の結晶に二本の組み合わさった剣の紋章は、王族使用の紋章だ。


「王宮から遣いがきたのよ。陛下があなたにお会いしたいんですって」

「えっ?」


 ハナリアの後ろに王宮からの遣いの者が立っていた。使者を案内してきたらしいハナリアは、気がはやって使者を部屋に通すよりも先にギルバードに用件を伝えたらしかった。中年男性の使者は、ギルバードと目があうと深く一礼をしてきた。

 使者の被っている鬘には見覚えがあった。今年一番の流行りの形だ。王宮勤めの者たちの間にも浸透しているようだな。などと思っていると、使者に訊ねられた。


「こちらのウィッグ同業組合の組合長は、あなたでしょうか?」

「はい。私がそうですが」

「陛下より、あなたさまを王宮にお連れするようにと命を賜りました」

「あの、私はただの平民に過ぎませんが? 陛下に呼ばれるような罪など犯したでしょうか?」


 王宮に呼びつけられるなんて覚えがない。自分の身に覚えがないところで、なにか問題が起こっていたりするのだろうか? と、訝るギルバードを見て王宮の使者は笑った。


「あなたは何も問題を起こしてませんよ。陛下はあなたに頼みがあるようでして……」

「頼みですか? 私のようなただの鬘屋の親父に?」

「それは陛下に伺って頂きたいことですが。わたくしの口から申し上げることではないかと思いますので」


 何の御用ですかね? と、聞けばそれは直接、陛下に会って聞いて欲しいと言われる。ギルバードはハナリアと顔を見合わせた後で、使者に促がされて王宮に向かうことになった。

 陛下の頼みとは自分に似合う鬘を作ってくれないかというものだった。それを機にギルバードは、王宮お抱えのウィッグ師となり活躍の場を他国にも広げていくのだった。


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