第106話◇番外編◇物事の裏側で(85話の裏話のようなものです)


「ギルバード。おまえは裏切らないよね?」


 ルイの前から辞そうとして、問われた言葉に思わず足を止めた。その言葉は問いかける形を取りながらも裏切りは許さないと言っている様にも感じられた。ルイはあることに対し懸念を抱いていたのだ。

 ギルバード自身も、ルイの伯父である教皇の下へ、ギルバードの父が足蹴く通っているという話は聞いていた。ギルバードの父であるエメラルドグリーン家の当主と言えば、この国の戦神とも謳われる将軍でもある。将軍の元には素行の知れない人物達が集められ、密かに武器が集められているとも聞く。そのことをルイは危惧していた。謀反でも起こす気ではないのかと。


 ギルバード自身としてはまさかという思いしかなかった。将軍は馬鹿真面目な忠誠の人である。母親のことを敬っていた彼が、王家に歯向かうなんて思いもしなかったからだ。その父親の気質を受け継いだ長兄は曲がった事が嫌いだったし、謀反なんて考えそうにもない。ただ、次兄に関しては分からなかった。

グレイは読めないところがある。長兄がよく溢していたのは、「あいつはギルが絡む話になるとおかしくなる」と、言うことだった。長兄曰く、「ギルのことが大切すぎて空回りしてしまうんだろうな」と、言う事だ。


 確かにそのせいで色々と迷惑をこうむったことはある。それも本人が迷惑をかけたと自覚がないので見ていてヒヤヒヤもする。

 ルイから他愛無いように掛けられた言葉に、すぐに応える事が出来なかったのは、もし、次兄が絡んでいたのなら、あり得ないこともないと気が付いたからだった。それでも問われた言葉には真摯に返すのが望ましいような気がして、


「私はあなたさまのコウモリです。いつ何時でもあなたの為ならば参上致しましょう」


 と、言えば苦笑が返ってきたのみだった。皮肉屋な主にしてはあっさりしたものだったと思いながら帰宅すれば、たった今、主が懸念していた者たちが連れ立って屋敷を訪れていたのだから、何という日だと天を仰ぎたくなった。思わず執事に「あの男、何しに来たんだ?」と、聞いても仕方ない事だと思う。


 ギルバードの父とされるシーグリーン侯爵には家族がある。エメラルドグリーン家の当主でありながら、侯爵は本宅には遠慮して足を滅多に向けなかった。母がまだ生きていた頃には、言葉を交わしたこともあったが、現在はギルバードが息子なのも忘れたかのように接触もなく、ごくたまに宮廷ですれ違っても会釈されるぐらいで全くの他人状態だった。その相手が客人を連れてまで訪ねて来たのだ。あまり良い気はしなかった。


「ギルバード。どうしました?」

「いえ、なんでも。父上さまとこうして話す機会があまりなかったので緊張しているのです」


 多少面倒くさいものを感じながらも、相手が望んでいるような親子ごっこに付き合ってやるかという心境でヘンリー教皇に父上さまと呼びかけると、相手は整った顔立ちを破顔させた。


「……父上さま。どうしてこちらに?」

「あなたに会いたくなったのですよ。あなたからは用事を言いつけないと私のもとへ来てくれませんからね」


 ヘンリーに「さあ、よく顔を見せておくれ」と、促がされて渋々、彼の隣に腰を下ろす。まだこの時点では、何が始まろうとしているのかギルバードには分からなかった。


「あなたはアマンダに顔立ちが良く似ています。髪はどうしました? また染めたのですか?」

「いいえ。最近は鬘を被ってやり過ごしています」

「そのようなもの、取り去っておしまいなさい」


 母親の名前を持ち出し、顔を目を細めてみたヘンリーは感慨深く言いながら、地毛に触れてくる。


「これのせいであなたにはいらぬ苦労をさせましたね。王家に叛意ありと思わせないようにエメラルドグリーン家に守られるようにして隠し続けてきた。そのあなたを王家のコウモリにしていたとは……。不甲斐ない父を許して下さい。ギルバード」

「どうしてそのことを父上さまが? それに王のコウモリになったのは自分の意思です。父上さま、そのように嘆かないで下さい」

「陛下はかなり前からギルバードさまがヘンリーさまのお子だと気がついておられたようでした。そこで先代のコウモリを誘導して、後任にギルバードさまが選ばれるように仕向けたのだと、グレイの調べで分かっております」


 ヘンリーが意外にも情報通なのには驚いた。ギルバードが「国王のコウモリ」であることを知っていたとは。宮廷にきっと教皇の放った間諜がいるに違いない。「国王のコウモリ」は王家の秘密だ。それを易々と突き止められてしまったとは、相手側には優秀な間諜がいると見て良かった。

 しかもグレイの名前が出て、ギルバードは嫌な予感が当たってしまったことに動揺した。

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