第105話・最終話◇蘇った男


「最後に陛下に引き合わせたい者がおります。私の後任となる者です」


 ギルバードの言葉に、そういえばルイが彼が王家のコウモリだと教えてくれた時に、仕える王が亡くなった時に代替わりすると聞いていたことを思い出した。


「皆さまに引き合わせたくこの場に連れて来ました。この者には事情があり戸籍がありません。ですが彼ほど陛下のことを思い、命かけてお守りできる者を私は他に知りません。どうか皆さまの承認をもとに、陛下の側に置いていただきたく思います」


 そう言うとギルバードは謁見室のドアを開けた。そこには黒づくめの服装に黒のローブを身に纏った男が立っていた。男の肩には一匹の鷹が大人しく収まっている。ギルバードに室内に入るように促がされた男は、わたしの前まで進み出ると、顔を隠すように被っていたフードを頭から外して見せた。短く切った黒髪に新緑の瞳。でもその男の顔には見覚えがあった。


「あなたは……!」

「おおっ。生きておられて……!」


 皆が驚愕の声をあげる。わたしはその男と目があって言葉を失った。


「ルイ……」

「その名はもう失われてしまった。陛下、どうぞ私に新たな名前をお与え下さい」

「ああ、生きて……生きていたのね?」


 わたしは王座から立ち上がった。死んだと思っていたルイが生きていたのだ。ルイに向けて足を踏み出すと、彼は両手を広げて待っていた。


「ジェーン」

「ああ、神さま。感謝致します。これは夢ではないのね?」


 ルイが死んだと言われた時から、わたしは運命を呪った。どうして彼が死ななくてはいけなかったのか。自分が処刑ルートを免れたことで、彼に死が迫ったような気がしてならなかったのだ。


「良かった……」


 彼を抱きしめると、背中に腕が回される。わたしの背を越していた彼の胸に頬を当てれば、とくとくと生きている証の心音が伝わってきた。生きていてくれて良かった。もう二度と会う事は叶わないのだと絶望していた気持ちが泡のように掻き消えて行く。


 曇天の空から日が指したように彼の笑顔は、わたしの心の霞を軽くさせた。氷のように薄く冷たい膜を張り凝っていた心が温かな思いで満ちて溶けていくようだ。

目頭から安堵の涙が零れ落ちた時、彼の指がそれを拭い取ってくれたことで、堪えていたわけでもないのにぽろぽろと涙が零れ落ち止まらなくなった。熱く凝ったものが首元まで押し寄せてきて我慢出来ずにしゃくり上げてしまう。情けなくも子供のようにわんわん泣いてしまった。


 そのわたし達の周囲を宰相や、侍従長、父やガムルが取り巻きながら皆、涙ぐんでいた。ギルバードはそれを見届け視界の隅から外れていく。


「今までどうしていたの? その髪はどうしたの?」

「城郭から落ちた時、もう駄目だと思ったのだけど、ギルバードに助けられてね。命拾いをした。髪は染めたんだ。亜麻色だと目立って仕方ないからね」

「それならどうして連絡をしてくれなかったの?」

「済まない。頭を打ってしまい具合が悪くなって回復するまで、ギルバードの隠れ家で匿ってもらっていたんだ。その間に余、いや私の葬儀が行われてしまい、現在は幽霊になってしまった」

「じゃあ、あなたの代わりに棺に収まっているのは誰なの?」

「素性も知らない男のものだ。ギルバードが、戦いに巻き込まれて亡くなった無縁墓地の遺体を引っ張り出してきて、亜麻色の鬘を被せて布で巻き細工したんだ」

「どうしてそんなことを?」

「ヘンリー伯父はなかなかにしぶとかったからね。私が死んだことにして隙を作ることにしたのさ」

「もう。心配したんだか……」

「ごめん。ジェーン」


 わたしは再びルイの胸でむせび泣いた。この後、ルイはわたしの側で生き続けることになった。彼はオニキス・アルコンと名乗り、彼の素性を知らない者には、女王お抱えの黒衣の騎士として恐れられるようになっていく。


 その後、アルコンはアンバー家の養子に迎え入れられ王配となる。わたしとの間に子供が生まれる頃にはウィッグ(鬘)が流行り初め、ウィッグ師が活躍したことから百年ほど宮廷ではウィッグの着用が習慣化されていくことになるのだった。

 

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