第104話・わたしの復讐


「あなたの動きが怪しい事を何となく感じ取っていました。ルイが出陣前に会いに来た時にあなたに関する事を教えてもらいました。ルイは亡き父王さまから託された遺書の中で、伯父の教皇にはけして気を許さないように書かれていたと言いました」

「そんなのでっちあげだ」

「証拠ならここにありますよ。マダー教皇」

「はい」


 マダーが、わたしが預けたルイから受け取った先々代王の遺書を手に前に進み出てくると、ヘンリーは噛み付くように言う。


「教皇だと? 誰の許しを得て?」

「わたくしと五宝家の承認です。あなたには王家転覆を謀り国を騒がせたこと、先代王をありもしない罪で貶めたとして不信任案が出されていました。それが可決されました。もうあなたは教皇ではない。ただの罪人です」

「ご、五宝家だと? この場には三人の当主しかいないではないか?」


 ヘンリーはあざ笑う。そのうちの二家は自分の方へ味方したのだ。当主もいない形でどうやって? と。わたしは深くため息を付いた。


「あなたさまは案外世間知らずでおられましたのね。それならば下手に世俗に干渉されない方がようございました。エメラルドグリーン家は将軍が亡くなったことで、わたくしの一存でガルム殿に当主を引き継いでもらいました。それとルビーレッド辺境伯ですが、彼からの応援部隊が届かないことに気がついておられました? あの方はあなたが挙兵した時にはすでにこちら側に寝返っておりましてよ」


 おかげであなたさまの動きが逐一、報告が入り対処がしやすかったですわ。と、ほほ笑むとヘンリーは唸った。


「ジェーンさま。あなたさまはお変わりになられましたね」

「そうですわね。あなたさまのせいで変わるざる得なかったのです。あなたさまのお考えではギルバードを傀儡の王にして、血筋にこだわる貴族を黙らせる為にもわたくしを添わせるおつもりだったのでしょうが、あてが外れて残念でしたね。あなたさまが世俗の欲になど塗れず、平和をただ祈ってくだされば良かったのに」


 わたしは眉根を寄せてから、ギルバードに命じた。


「ギルバード。ルイ陛下からの最後の命を果たしなさい」

「……ギル?」

「はっ」


 訝るヘンリーに向けてギルバードは「ごめん」と、一言だけ発して切り捨てた。鮮やかな手並みでヘンリーは瞠目したまま事切れた。実の子に殺されるなんて思いもしなかっただろう。でもそれがわたしの復讐だった。

 わたしの大切な存在を奪った者をやすやすと生かす気も死なせる気もなかった。我が子に殺される。それはヘンリーにとっては信じがたい事実だっただろう。


 ギルバードを伺えば、彼は実父を切り捨てたというのに、その死体を見る目には何の感情もなさそうに感じた。ルイからは彼が「王家のコウモリ」と、いう特殊な間諜だったことは聞いていた。彼の一連の動きを見るまではとても信じられなかったが、兵達が始末されたヘンリーの遺体を運び去っていくのを睥睨している彼は、わたしの知る彼とは別人のようにも思った。


 誰もがヘンリーの死を惜しむでもなく、ようやく戦いに決着のついたような顔で見送っていた。


「ギルバード。ご苦労さまでした。先王陛下はお亡くなりになりました。これにてあなたの任を解きます」

「はっ」


 皆はギルバードが王のコウモリという特殊な職務についていたことは知らないはずだが、わたしと彼とのやり取りで察するところがあったのだろう。誰も追及して来なかった。


「ですがあなたはあの罪人ヘンリーが謀反を企み、あなたを旗印としてしまった事で、悪い意味で広く名前が知れ渡ってしまいました。何も知らない者たちから見れば、あなたは反逆者の一人でしかありません。この状況下ではあなたを公の場に戻す事は難しいでしょう。皆の心証もあります」

「もとより覚悟しております」

「ただあなたの交渉のおかげでルビーレッド辺境伯が謀反に加わらずに済んだことと、先王陛下への忠義、そして将軍や宰相達からの助命の嘆願もありましたので、それらを鑑みてあなたを国外追放と致します」

「ありがたき幸せ。感謝致します」


 深々とギルバードは頭を下げた。臣下の礼を取る彼を見て思う。もしも、わたしが前世の記憶を思い出す事がなかったなら、今頃彼と一緒になっていた未来もあったかもしれないと。それが自分にとって幸せかどうかは分からないけれど。

 前世の記憶を取り戻した時は、彼とこのまま結ばれたなら処刑ルートまっしぐらだと気がついて、それをどうにか回避することしか考えていなかった。お先真っ暗だと思っていた。彼と婚約破棄することばかり考えていた。

 目先の不安から逃れるべく動き出した自分が、回りまわって王位につくなど想像もしていなかったし、ギルバードにこうして罰を言い渡す立場になるとは、一年前の自分は予想もしていなかった。時の流れが不思議に思えて仕方ない。


「どうぞ。息災で」


 元許婚に過ぎ去った日々を思い出し、決別の思いで声をかけると、彼は顔をあげた。

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