第102話・ルイの死を乗り越えて
ルイの葬儀は細い糸を引くような雨が降りしきる中、しめやかに執り行なわれた。葬儀はマダー枢機卿にお願いしていた。天までも彼の死を悲しんでいるようで、彼の棺が王族達が眠る墓地へと運ばれる間、降り出しては止む事を何度も繰り返していた。
参列者の誰もが無言だった。献花の白いカーネーションが彼への尊敬を表し、誰もが彼の死を惜しんでいた。わたしはそれを実感の伴なわない感情で受け止めていた。雨声がいくら耳元で囁こうとも涙が出なかった。心が固く閉ざされたようになんの感傷ももたらさなかった。
泣けない自分は、よほど心が冷たく滞ってしまったようだった。
ルイを偲び泣く者たちを前にして罪悪感のようなものを抱えながら、その場を後にすればその後を宰相と侍従長がついて来た。
「……教皇を宮廷に招きます」
「御意」
胸の中で抑えていた気持ちを吐き出すように言えば、宰相たちは頭を垂れた。ルイにはまだ別れを告げられそうにない。まだわたしにはやることがあるから。ルイに差し出すはずの白いカーネーションを胸元に挿すと、宮廷へと踵を返した。
数週間後。教皇ら側からの正式な停戦の申し入れを受け入れることになった。意気揚々と教皇は自分の息子、ギルバードを連れて宮廷に乗り込んできた。彼の狙いは王座。ルイが死んでその後釜に己の子をつけようとするあたりから浅ましさが隠しきれていない。
謁見の場には宰相や侍従長、わたしの父であるパール公爵、ガルムが控えていてその中央の王座には喪服姿のわたしが収まっていた。
教皇は空席と思われていた王座に、わたしが収まっているのを見て非難してきた。ギルバードは大人しく教皇の影のように後ろに控えている。
「どうしてそこにジェーン嬢が座っておられるのでしょう?」
「いけませんか? わたくしは先王陛下から指名を受け即位致しました」
「そのようなこと私は聞いてませんし、認めません」
「別に教皇の許しを得なくとも、即位する方法はありましてよ」
この国の王はルシアス教の教皇の許しを得て承認される形をとってはいるが、万が一の場合の特例がある。教皇の座がもし、不在の場合、教皇に代わって枢機卿十二人の同意が見なされれば可能なのである。
それをわたしは逆手にとり、教皇が謀反を起こすことに躍起となり教会を留守にしたことを良いことに、ガムルが保護した枢機卿らから承認を取り付けたのだ。
「教皇不在の時は、枢機卿十二人の同意が得られれば何の問題もないはず。今回の場合は特例処置ですわね」
わたしがちらりと背後を伺うと、教皇はその目線を追ってそこにいたマダー枢機卿のほか十一名の枢機卿達を見て絶句した。
「なぜ彼らが……? そんな馬鹿な」
「幽霊でも見たような言い方ですね? 教皇。あなたは自分の意に添わず反対してきた枢機卿達を牢屋に入れて、拷問の末に殺害するよう命じていたはずですから、生きていたのが信じられませんか? さすがのグレイもそこまで手を汚す気にはなれなかったようです」
わたしが「これへ」と、声を掛けると衛兵が捕らわれた男を連れてきた。教皇は驚愕に目を見開いた。グレイはようやく体が回復した所を、わたしの命を受けた兵により連行されて来ていた。
「彼が色々語ってくれましたよ。あなたの所業を」
「……」
「教皇さま。私はもう目が覚めました。どうかお諦め下さい。我々は負けたのです」
後ろ手に拘束されたグレイが、教皇に縋る目を向けた。グレイは兄のガルムに説得された形でこちら側に寝返っていた。教皇は一瞥すると、自分は関係ないとばかりにこちらを見返してきた。
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