第101話・即位宣言と復讐の誓い


「陛下が……? それは本当なのですか?」

「間違いありません。城郭からその身が落ちていくのをガルム閣下が目撃しております」


 宮廷の謁見室で、城郭から使わされた使者が膝をつき重々しい様子で報告する。それを嘘だと否定しようとした所に、使者の後から入ってきた五、六人の兵達が担ぎこんできた棺が目に入り体が傾ぎそうになった。それを横から宰相に支えられる。その後ろにはマダー枢機卿も控えていた。


「ジェーンさま」

「すみません。サーファリアスさま」


(ルイ……!)


 ルイが出陣してから数刻後、わたしは宮廷に迎えられた。宰相がルイの命を受け、次の王となるわたしに迎えの馬車を寄越したからだ。宮廷に来てから胸騒ぎがして気持ちが落ち着かなかった。

 自分が王になるだなんて思いたくもない。ルイがきっと無事に帰ってくれば、自分の頭の上に王冠が乗ることは避けられると思っていた。

ルイは必ず城郭の戦いを制して帰ってくる。ルイは幼い時から聡明だったもの。負け戦なんてするような子じゃない。きっと打開策があるはず。


 例えそれが万分の一の可能性であったとしても、それに掛けてみたかった。

 それなのに世の中は残酷で、二週間後ルイは物言わぬ姿で帰城を果たした。ルイは敵兵に斬られて城郭から落ちたという。あの高さから落ちれば生きてる可能性が低いことと、城郭の下からルイと背丈の似た男の死体があがったことで死んだと見なされたようだ。

 

 棺が開けられて、わたしは息を飲んだ。彼の顔には血のにじんだ白い布が巻きつけられていた。ぐるぐる巻きにされた布の間から亜麻色の髪がはみ出していた。


「これは……!」

「陛下は城郭から落ちて顔面が潰れておりました。目撃した者の話ですと、痛々しいご様子でしたので布を巻いて差し上げたそうです」

「そう。城郭から落ちて……。さぞ痛かったでしょうね」


 亜麻色の髪にべったりと血がついていた。亜麻色の髪はそうそうあるものではない。ルイに違いないのだろう。それでも信じたくなくて、どこか他人話のように聞いていた。彼が死んだなんて認めたくなかった。

 たとえその遺体が使者と共に宮廷に帰されてきたとしても。彼はどこかで生きていると信じていたかった。この遺体は誰か別な人のもの。そのうちひょっこりルイが姿を表して驚いたかい? と、でも言ってくれる。と、思いたかった。

 瞠目するわたしの前に、使者が一通の書状を差し出して来た。


「教皇さまから書状を頂いてまいりました。こちらを」


 ルイが亡くなったことで一時、戦いが中断された。向こうも先陣を切って戦っていた将軍が流れ矢に当たって亡くなり、その将軍に代わって指揮をとっていたグレイも重傷を負い、撤退せざる得ない状況になっていたらしい。

その相手からの書状に手を伸ばそうとしたのを、宰相に止められた。


「お待ち下さい。ジェーンさま」

「宰相?」

「ご英断をお願い致します。ジェーンさま」


 このような時に申し上げるのもなんですが。と、前置きした上で宰相は、背後のマダー枢機卿を伺った。枢機卿が前に進み出てくる。


「陛下亡き今、そのご意志を継がれるのはあなたさまだけです」


 宰相を始め、この場にいる誰もが縋るような目で見て来た。わたしが宮廷入りしてから悩み後回しにして来たことはもう逃げ場がないほど迫っていた。

 何気なく棺に目を落とすと、ルイの言葉が蘇ってきた。


『パール公爵令嬢ジェーン・シルバー。そなたを余の後継者とする。異論は認めない』


(ルイ。あなたがそう望むのなら……!)


 わたしは棺の前に跪いた。


「御意。陛下のおうせに従い、わたくしジェーン・シルバーはここに即位を宣言致します」

「おお」


 わたしがルイの棺の前で誓えば、誰ともなく声があがる。わたしはこの時から周囲に守られるだけの存在ではなくなった。心優しいパール公爵令嬢はここにはもういないのだ。胸に迫る憤りがわたしの心を揺さぶる。このままでいいのかと? ルイの無念が身に沁みた。


(ルイ。あなたの無し得なかったことは、このわたしが継いであげる)


 でもその前に、あなたをここまで追い込んだやつらに、目にもの見せてくれようではないか。わたしは心の中でルイに復讐を誓った。王冠を抱いたその手で一番先にすることは決まった。一切、容赦はしない。彼らに制裁を。神が彼らの蛮行を許そうともこのわたしはけして認めるわけにはいかない。


 教皇の首を取る!

 

 残酷なことを頭の中に浮かべながらも、その心は意外と落ち着いていた。

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