第98話・教皇という名の皮を被った、得体の知れない犯罪者


「父上さま。このような事、間違っています」

「何を言うのです? ギルバード。ルイに気兼ねすることなどありませんよ。あの子は王に相応しくない、禁忌の存在なのですから」


 ギルバードは、教皇が謀反を決起したことに恐れ慄いていた。何度か思いとどまるように言い続けていたが、教皇は頑なにそれを受け入れなかった。禁忌という言葉を聞いて、ギルバードは訝った。禁忌と言えば限られる罪が二つほどあった。前世の記憶持ちと、近親相姦の二つ。


「まさか父上さま、先代の陛下が妹ぎみを寵愛していて、その妹ぎみに陛下を産ませたのだという、馬鹿げた噂を信じているわけではないですよね?」

「火がないところに煙は立ちませんよ」


 涼しい顔をして言う教皇が恐ろしかった。一度宮廷で陛下を恐れぬ噂が流れた事があるのだ。ルイ陛下はパール公爵夫人と、陛下の間に産まれたお子ではないのかと。

 王位簒奪で処刑となったメアリーもその話を信じていたようで、ジェーンを必要以上に警戒し敵対していた。

 その噂が流れたきっかけは、たまたま産後から体調を崩しがちになっていたパール公爵夫人が静養に訪れた地を、その周辺を視察に訪れていた陛下が見舞ったことを、前王妃が悋気を起こして女官に当り散らし、ふたりは出来ていると泣き喚いたことからだった。


 しかもその時、前王妃を宥めたのがパール公爵だというのに、妻が不貞を働いていると前王妃に吹聴されて大変迷惑されておいでだった。と、サーファリアスから聞かされたこともある。

 でも、その一方で、今は亡きメアリーから「ルイは陛下がパール公爵夫人に産ませた子なのよ。陛下は実妹である王女殿下を可愛がっていて、共寝していた時があると聞いたし、公爵に嫁がせるのを陛下は嫌がっていたというもの」

と、聞いたこともあった。そうなるとジェーンとルイは異母姉弟となるが、まず有り得ないだろう。と、ギルバードは思っている。


 メアリーは自分や母を追い出した先王のことは良く思っていなかった。彼女と母が身を寄せたルビーレッド家も当然で、彼らは王たちを深く恨んでいた。メアリーは大人たちの恨み節を聞かされて育ってきたようなものだから噂の真偽など気にせず、彼らの言うなりに信じてきたものと思われる。


 ジェーンからは、母親が父のパール公爵のもとへ嫁ぐことになったのは、兄王に好きになった御方がいると、母が自ら願い出たのだとも聞かされていた。お二人は仲の良い夫婦で、宮廷一のおしどり夫婦だと噂されて羨望の的だったとも聞く。その夫人が夫である公爵を裏切るとはとても思えない。


 それなのに教皇が言うのだ。ルイは罪の子なのだと。

陛下と王女は近親相姦をしてルイを授かったのだと。完全なでっちあげだ。


父の言葉には、死者を冒涜しているようにしか聞こえなかった。


「父上さま。どうかお考え直しを」


 目の前の父が教皇という名の皮を被った、得体の知れない犯罪者にしか見えなくなってくる。なんとしても謀反を止めさせたいギルバードは、自分の声を聞いてもらえるうちにと気が急いた。

 しかし教皇はもうギルバードの言葉など聞いてはいなかった。どこか遠くを望み、諭すようにギルバードに告げた。


「私は先代の王と双子に生まれました。この世に産声をあげたのは私の方が先だったのに、あとから生まれた弟が私よりも体が大きく、元気な産声をあげたという理由だけで、宮廷を追われ聖職者の道を歩むことになりました。もし逆の立場だったなら私がこの国の王となり、あなたが王太子であった未来もあったのですよ。

それを五宝家はじめ、父王は私を亡き者にしようとしていた。幸い亡き先代パール公爵の取り成しで生き延びることになりましたが、そのことすら無かったことにしようとする五宝家の態度や、政略結婚で迎えた王妃が気に食わないからと彼女を露骨に遠ざけ、低位貴族の娘を見初めておきながら、自分の浮気はひた隠しながら妻の浮気を大きく取り上げて、五宝家と謀り宮廷を追い出すような王家のやり方にはつくづく呆れ果てました。

この国にはご政道を正す必要があります。その為に私は立ち上がりました。このことは私が教皇の座に付いた時から考えてきた事です。いつか我が子をこの国の王にすると。あなたは選ばれし者。神もきっとそのことを望んでおられます」


 ギルバードを見つめる瞳がどこか狂気めいてみえる。もしかしたら教皇は人知れず壊れかかっているのかもしれないと漠然と思った。

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