第95話・誰が許しても私が許さないわ


 エメラルドグリーン家の謀反の知らせに王都中の者が動揺していた。宰相はすぐにエメラルドグリーン家当主に説明を求めるため、使者を王都の屋敷に走らせたがそこはもぬけの殻となっていたらしい。


 シーグリーン侯爵は、ギルバードを連れて一旦、任地に引きこもり、彼を旗印に掲げて大軍と供にこちらに向かっていると噂話が横行していた。王都に住む貴族たちはここが戦場になるのではと恐れ、巻き込まれては大変といち早く地方へと非難し出す者も出てきた。

 宮廷内も気のせいか近衛兵の数が少ないように思えるし、出仕している者の姿があまり見受けられないことに残念なものを感じた。伴なっている侍女のダリーが寂しいですねと呟く。それに同意する。


「主君を放っていち早く逃げるだなんて。この国の貴族に忠誠心というものはないのかしら?」

「本当に嘆かわしいことです」


 人知れず漏らした声に追従の声が上がった。


「アズライトさま」

「ジェーンさま。陛下のもとへ伺われるのでしょう? ご一緒致します」


 アズライトが途中から加わり、三人で向かった執務室では、ルイが一通の書状を前にして深刻な顔をしていた。その隣に宰相が立って出迎えた。


「陛下。ジェーンさまがいらっしゃいましたよ」

「アズライト。ジェーン」


 明るくアズライトから声をかけられたルイは、書状から顔をあげた。書状の中身が気になった。


「その書状は、シーグリーン家からのものですよね? それにはなんと?」

「余の退位を求める書状だ。この国の王として余は頼りないと。ご丁寧にも教皇さまから、ギルバードの即位を推挙する書状も添えてある」


 書状には封がしてあって、そこには見覚えのある印が押されていた。ギルバードから贈られてきた手紙に押されていたものだからよく覚えている。アズライトに聞かれてルイは力なく笑った。


「教皇さまは無駄な争いはしたくないと。余が首を差し出せば他の者は見逃すと」


 その言葉に怒りを感じた。


「無駄な争いをしたくない? こんな状況を生み出しておいてその言い草はないんじゃないかしら?」


 語尾が強かったせいか、皆が黙ってこちらを注目していた。強気の発言に驚かれてしまっただろうか? でも、一度吐き出した憤りはすぐに収まりそうになかった。


「綺麗ごとを言って誤魔化そうとしてるのかも知れないけれど、自分達が行おうとしているのは謀反で反逆ではないの? それにギルバードのことだって、教徒たちは認める訳にいかないでしょう? 聖職者が配偶者をもてない事は、この国の誰でも知ってることよ。それなのに聖職者のトップに隠し子がいただなんて。問題にならないのがおかしいでしょう? 他の聖職者たちは何してるの? これは教皇の罪ではないの? ルシアス教徒を謀っていただなんて許せない裏切り行為よ。誰が許してもわたしが許さないわ。教皇だからってぶっちゃけ何でもありなの? 変よ。おかしいでしょう? ね、そうは思わない? サーファリアスさま。アズライトさま」


 宰相のサーファリアスや、侍従長のアズライトは「ああ」と、わたしの勢いに押されて頷く。感情が高ぶって口調が荒いものになっていたけれど、気になんてしていられなかった。


「陛下のどこが悪いの? 贅沢もしないし、不正もしない。この国を富み栄えさせる為に心がけてきた。陛下は人一倍頑張って来た。それが財政にも現れているからわたし達は飢えもしないで暮らしていけるのではないの? 国内の治安が良いから毎日、平和に暮らしていけるのも陛下の政策のおかげなのに。それを争うとしているのは一体、どなたなのか? よく考えていただきたいわ」 


 鼻息も荒く言い切ると、皆が目を丸くしていた。ルイだけはくすりと笑ってくる。


「さすがはジェーンだよ。きみのそんなところは変わらないね」

「陛下」


 そこへ力強いノック音がして、ルイの入室許可が出ると同時に、馴染みの声の主が入ってきた。

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