第94話・今は亡きお爺様の懸念
「お父さま。今の話は本当ですか?」
「ああ。シーグリーン侯爵が反旗を翻した」
「謀反なんて……!」
お父さまから書斎室に呼ばれて聞かされた話は最悪だった。王位簒奪劇から逃れたので処刑ルートから回避できたと安心していたのだ。それなのに今度は謀反だなんてどうなっているの?
エメラルドグリーン家は将軍家だし、軍事力で逆らわれたのなら勝ち目はない。
「侯爵は任地から兵を連れこちらに向かってきているそうだ。ギルバードを旗印にあげていると聞く」
「ギルバードが王位を狙っているのですか? どうして?」
「彼は教皇さまのご子息だったようだ」
「うそ……」
否定しながらも、その事実を知りギルバードの家族に対する距離感や、彼が意味不明の眠り病に倒れた時に、ルイの執務室で会った時の教皇の態度の違和感に納得がいった。もし、その話が本当ならばギルバードは教皇さまと、シーグリーン侯爵夫人との間に生まれた子供ということになる。自分がイサベル王女の手の者に襲われた時に川に落ちた時、彼が亜麻色の髪を隠すことなく晒していたのは地毛だったからか。それを迎えに来たガルムが隠そうとしていたのは当然の行為だ。
あの時は単純に染めた彼の亜麻色の髪が、他の者に目に付いて誤解を招いたら大変だという思いからとった行動に思われたが、それが地毛だと知られるのを恐れていたのか。
「父上が懸念していた事が行われようとしているとは……」
「お爺さまは、教皇さまが反旗を翻すことを予想されていたのですか?」
お父さまの顔が曇る。今は亡きお爺さまが予想されていたことってなんだろう。気になった。
「おまえも薄々感じ取っていたと思うが、教皇さまは前王の双子の兄ぎみだ。その兄ぎみを修道院に送るのを言上したのは父なのだ。他の五宝家はのちに不安の種となる者を生かすのは危険だと、すぐに始末されることを望まれた」
「それをお爺さまは回避されたのですよね?」
だから教皇さまが今、存在してるのでは? と、聞くとお父さまはああ。と、肯定した。
「でもそれが仇になってしまったのかも知れないな。父上はたびたび修道院へ様子を伺いに訪れていた。幼い頃から教皇さまは利発で前陛下よりも頭の回転が速かったと聞く。父上は幼い時の教皇さまには懐かれて、じーじと呼ばれていたこともある」
「その教皇さまがなぜ謀反を」
「あのお方は前王とは双子だった。もしかしたらと考えたのではないだろうか? 自分が王だった可能性もあるのにと」
父の話では、お爺さまはそのことを恐れていたらしい。
「祖父は後悔していた。修道院では教皇さまに素性を教えてしまっていたし、母である王妃や兄弟であった王子(後の前王)もお忍びで会いに来ていた。王妃にとっては親子の情があり、血を分けた我が子の成長を見守るつもりで足を運んでいたのだろうが、父である王のようにきっぱり関係を断っていた方が変な気を持たせることもなかったのにと」
「そのように言うからには、お爺さまは当時から教皇さまのご様子に気になったところがあったと言うことですか?」
「そうだろうね。王妃さまにお会いした後の教皇さまは落胆していたと聞くからね。どうして自分が捨てられた側だったのだろうかと」
その話を聞くと幼い頃の教皇には同情すべき点もあるけれど、だからと言って教皇自ら教義に反した行いをし、謀反を企てることには納得がいかなかった。聖職者は聖職にある限り伴侶を持つ事は許されていない。それを教皇自ら破りそのことを公にしてギルバードを表に出し、ルイから王位を奪おうとしていることに我慢がならなかった。
「お父さまはもちろん、陛下の忠実なる臣下ですよね?」
「もちろんだよ。ルイ陛下のことは先王陛下よりも頼まれている。おまえの母にもね」
お父さまは期待を裏切らなかった。五宝家は王家を守る忠義の血筋にある。初代国王が国を興す際に、力を貸した五人の忠臣がわたし達、五宝家の先祖なのだ。その忠誠で結ばれていたはずのエメラルドグリーン家の裏切り。
そしてそれを唆す存在となった教皇さまが、忌々しく思われた。
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