第90話・甘えて良いのですよ


 特権階級にある者は、全て使用人に身の回りのことをしてもらってきたことから、生活に必要な水を使用人達が井戸からくみ上げて用意するのは知っていても、それは彼らに与えられた仕事の一部で当たり前のように感じていて、彼らがいかに大変なのかを分かっていなかった。


 灌漑事業の方も、それまで農家では空からの降る雨をあてにした乾燥農業を行っていたが能率が悪いとルイが指摘し、農地に外部から水を引くことを提案してきた。

 ルイは会議に出た重臣らの前で説明をする為に、紙面での説明だけではなく模型を作って説明して見せた。そのことで皆が分かりやすく同意するのに時間はかからなかったように思う。


 初めは少年王がどのような発言をするのかと、傍観者を気取っていた重鎮らはそれに驚いた。ルイのアイデアで刺激を受けた建築担当の大臣らはやる気を見せ、会議室から飛び出していくとすぐに取り掛かり始めた。

 そのおかげでこの国の水道は四年目にして全国に行き渡り、現在は王都だけではなく地方でも蛇口を捻ると水が出るようになり国民の生活が潤うことになった。

また灌漑事業も進められ、それと同時に下水道処理のことも手がけることになったので、近隣諸国からは、アマテルマルス国は美しい国として注目されてもいる。


 まだ他国では水道設備も整わず王都に住む者は、家に溜まったゴミを窓から外に捨てるところもあると聞く。スランバ国などでは川に汚れ物を平気で流し、入浴習慣もそんなにないようで遊学中のイザベル王女は、この国に来て毎日入浴できることに驚きの声をあげ、街中が美しいことに感動していた。


 数年でこの国の生活水準があがったのは明らかにルイのおかげなのだ。そのことを当たり前のように考えて彼らの求める王の姿ではないからと、追い落とそうとする教皇からの姿勢には納得が出来なかった。


 ルイはきっと自分達の計り知れない知識を持っている。それは彼が今まで生きてきた十五年の間に習得したものではないとしても、もしかしたら前世の記憶持ちでそこから得た知識だとしても、それを個人ではなくこの国の為に広めた彼の行動は称賛に値するとアズライトは思っている。


「そうです。陛下は堂々とされておればよいのです。我らがついております。たとえ五宝家が分散されようともアンバー家とアクアマリン家は陛下と供にあります」

「ありがとう」


 ルイは宰相の力強い言葉に勇気付けられて年相応の笑みを顔に浮かべた。それを見てアズライトは思う。

 自分よりも十歳も年若い王。その少年の双肩にこの国の行方が全てがかかっている。少年王は利発すぎてあまりにも手がかからなさ過ぎた。


「もう少しわたくし達に甘えてくださって構わないのですよ。陛下」

「アズライト」

「あなたさまがたとえ他人さまから非難されようが、それはあなたさまの罪ではありません。あなたが王としてやってきたことと、そのこととは全く別次元のものなのですから」


 アズライトは踏み込んだことを言ったが気にしなかった。ルイがそのことを知っていて自分達から距離を置いていた事は何となく悟っていた事だ。宰相のサーファリスもそのことを知りながら尽くしてきたはずだ。今更、外野が煩く言おうと、自分達の戴いた王は間違っていない。それだけは伝えておきたかった。


「万が一、この国に居場所がなくなったのなら三人で亡命でも致しましょうか?」


 冗談めかして言う宰相の言葉に、「それも有りだな」と、言いながらほほ笑む主がアズライトには痛々しく感じられた。

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