第89話・聡明すぎた少年王


「陛下。お部屋になかなかお戻りになられないと思ったら……。宰相、あなたですか? 陛下を遅くまで執務室に引き止めていたのは?」

「アズライト。済まない。報告書に目を通していたら遅くなった」

「侍従長。丁度いい所に来た。たった今、気になる報告があがって来たんだ。ちょっと見てくれないか?」


 執務室に入ってきたアズライトは、就寝時間を過ぎているのに執務室に籠もっていたルイと、それを引き止めていたらしい宰相に見咎めるような視線を送る。

 侍従長のアズライトにとって、ルイは国王である前に十五歳の少年でもある。彼の健康管理に彼は必要に気をつけていた。育ち盛りの少年を深夜遅くまで執務室にとどめておくとは何ごとかと、宰相をねめつければ、こっちへ来いと招かれた。


「何です? 宰相」


 宰相が陳情書をアズライトに預ける事はたまにあるので、今回もそんなところかと思い、宰相から書類を受け取ったアズライトはその紙面を見て目を見張った。


「これは本当なのですか? 教皇さまが謀反を起こそうとしているとは……?」

「残念だが本当の話らしい。教皇はシーグリーン侯爵と手を取った。他にルビーレッド家にも打診しているらしいぞ」


 宰相は渋面を作り、アズライトは困惑の表情を浮かべた。


「もともと教皇と、かの家の結び付きが強そうなのは知っていたが、我ら五宝家に亀裂を入れる事があちらの狙いだろうな」

「どうするのですか? 宰相」

「あちらさんの動きによっては正面対決となるだろう。しかし、手ごわいな。将軍家を相手に最悪戦う形となるだろうから」


 宰相がお手上げだとでも言いたげに両手をあげると、アズライトはしっかりして下さいよ。と、発破をかける。


「早くも弱音ですか? 宰相。大体、我らが父親に代わり当主に付いた時から煩い御方は沢山、いましたよ。それをいなしてきたのは何の為ですか?」

「アズライト……」


 そこへぽつりとルイが投げかけるように言った。


「そなたらはどうする? 向こう側につくか? それでも構わぬぞ」

「陛下」

「向こうはきっと余の罪を暴いて来るだろう。神の代理人は曲がった事がお嫌いだからな」


 力なく笑うルイの肩を、アズライトは引き寄せた。


「陛下は頑張って来られたではないですか? この国の為に……!」


 十五歳の少年王ルイ。彼がどんなにこの国の為に尽くしてきたか側にいたアズライトや、サーファリアスがよく知っている。当時、十一歳という年齢で王についたルイは、旧重臣らの傀儡になることなく、サーファリアスやアズライトの協力を求めた。

 ルイは聡明すぎた。沢山の書物を読み漁り国一番の知識を誇るサーファリアスが舌を巻くほどの見識があった。まず王になって彼が始めた事は、水道の建築と灌漑事業。貴族の誰もが考え付かない事だった。

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