第86話・ギルバードの出生の秘密



「ギルバードさま。旦那さまがいらしております。お客さまをお連れです」


 帰宅したギルバードを出迎えた執事は、父の侯爵が客人を連れてきたと告げた。将軍職にあるシーグリーン侯爵は仕事柄、宮殿に呼び出されると、その帰りに必ず王都の屋敷に立ち寄るのでたいして珍しいことでもないのに、屋敷の中が妙な緊張感に包まれているのが気になった。

 客間へと急ぐと、侯爵の他に亜麻色の髪の中年男性がいた。亜麻色の髪の男性は侯爵と同じ貴族の男性が着る服を着こなしていて、とても似合うだけに聖職者としての彼とは別人のように見えた。


 聖職者として頂点に立つ御方が、ここへお忍びで来たのは一目で分かる。亜麻色の髪の男性はギルバードと目が合うと、彼に良く似た目元を下げてほほ笑んだ。


「お帰りなさい。ギル」

「ただ今、戻りました。父上。教皇さま」

「人払いは侯爵に頼んでしてあります。この場ではどうか父と呼んでくれませんか? ギル」


 亜麻色の髪したヘンリー教皇はソファーに座り、将軍職にある侯爵がその後ろに護衛のように立って出迎えた。侯爵と教皇の立場の違いを表しているかのようだ。

侯爵は若い頃、母の護衛を勤めていた事があるらしく、貴族の社交の場では母の理想の夫を演じながらも、エメラルドグリーン本家では、母をお嬢さまとして敬っていた一面があった。子供の頃は、母に護衛のごとく従う侯爵が奇妙に思った事があるが、今ならその理由が分かるような気がする。


 侯爵は若い頃から苦労して来た人で、ギルバードの祖父には実家の借金や、将軍職につくまで大層、世話になったと聞く。もしかしたらその恩返しのつもりで、父親を明かす事の出来ない子を孕んだ母を助けるつもりで、名ばかりの夫に徹して母を守ってきたのではないだろうか。


 聖職者は結婚出来ないことはないが、それは還俗してからになる。当時、教皇候補に名を連ねていたヘンリーは、母が身篭ったと知り還俗しようとしたが、教皇候補の筆頭だった為に周囲に止められて叶わなかったと、親子の対面を果たした時に明かしてくれた。

 目線で侯爵を伺い見ると、頷かれた。ギルバードは侯爵のことは父上と呼んでいたので、ヘンリーに父上さまと呼びかけた。


「……父上さま。どうしてこちらに?」

「あなたに会いたくなったのですよ。あなたからは用事を言いつけないと私のもとへ来てくれませんからね」


 ヘンリーは笑顔で「さあ、よく顔を見せておくれ」と、ギルバードを自分の座っていたソファーの隣へと促がす。


「あなたはアマンダに顔立ちが良く似ています。髪はどうしました? また染めたのですか?」


 アマンダとはギルバードの母親の名だ。久しぶりに母の名前を聞いたと思っていると、ヘンリーが頭を撫でてきた。


「いいえ。最近は鬘を被ってやり過ごしています」

「そのようなもの、取り去っておしまいなさい」


 ヘンリーが鬘を外してしまうと、ギルバードの亜麻色の髪が露となった。

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