第83話・あなたには大きな借りがある


 パール公爵領の城を出た後、勤務地に戻る一行とは別れたギルバードはその後、国王ルイのもとへ顔を出していた。


「ジェーンを助けてくれて有難う。礼を言う」

「珍しいものですね。陛下がお礼を言うなんて」


 ルイとは彼のコウモリになった時からの付き合いだが、今までに彼自ら礼を言われたことはないので、ギルバードは驚いていた。


「そんなに驚くことか? 身内が……、いや、ジェーンの命が危ないところを助けてもらったんだ。礼を言うのは当然だろう? 特にあの子は泳げないから……」


 いい訳のように言いながらも、ルイは「またあの子を喪うことにでもなったら……」と、呟いた。ギルバードはその言葉を聞き逃さなかったが追及する気にはならなかった。この少年王は、時々不可解な言葉を連ねることがある。それも感情が高ぶる時。ジェーン限定だ。そのことに本人が気付いているかどうかは知らないが。


「本当なら余が助けたかった……。おまえにあの場を任せたのは仕方なくだからな」

「分かっておりますよ。陛下はこう見えて泳ぎも達者なのは存じておりますから。ソウも貸して頂いて助かりました」

「あの子の一大事だったからね」


 ルイの物言いに目を瞬かせたくなる。彼は本当に少年なのかと。ジェーンのことをギルバードの前で語らう彼は、自分と同じ年齢、いや、それよりもやや年上の男性を相手にしてるような感覚に陥る時があるのだ。

 ルイが言うあの子とは、ジェーンのこと。彼女のことを語るルイは、普段の彼とは別人のように変化する。それを知るのは恐らくギルバードくらいなもので、彼に忠誠を誓っているアズライトや、サーファリアスらさえ知らないことだ。


「ジェーンとは一夜を過ごしたようだが、何もなかったよね?」

「もちろんです」


 ルイの鋭い視線を前にすると、ギルバードは腹の中を探られているような落ち着かない気持ちにさせられる。それでも平静を装い言った。


「あなたには大きな借りがありますからね。劇的な実の父親との邂逅の場を設けて下さった。その恩人を裏切るような真似は出来ませんよ」

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