第80話・礼ならあいつに言ってやって下さい


「ありがとうございます。ガルムさま」

「礼ならあいつに言ってあげて下さい。ジェーン嬢。あいつはあなたを必死で捜していたのですよ。我らが捜索を打ち切った後も捜し出すと言って利かなかった」

「……」

「しかし、おふたりが一夜を明かしたともなれば邪推する者も出てきますからね、ここは申し訳ないのですが、ジェーンさまは我らが捜索隊に発見されて保護されていたことにしてくれませんか?」

「分かりました。その方がわたしにとっても都合がいいです」


 未婚の男女が共にいて一夜を明かしたとなれば貴族社会では良く思われない。元許婚の仲だったとしても、わたしはギルバードと関係を結んだのでは? と、邪推される。貴族令嬢は婚姻前まで処女でいるのが当然とされているので、婚約破棄した上に、他の男性と寝ていただなんて醜聞が立ったら、わたしの立場がないとガルムは考えていてくれたようだった。


「もしもこれでジェーン嬢が非難され不評が立つことになったのなら、公爵には申し訳ない。その場合はあいつに責任を取らせる気でいますので……」

「そこまで考えていただかなくとも結構です。わたし達の間には何もなかったですし、わたしももう彼には何の想いも抱いてませんので」


 ガルムがまじまじと顔を見てくる。何か変なことを言っただろうか? と、思っていると彼は苦笑した。


「これではもう諦めるしかないな……」

「ガルムさま?」

「あ、いえ。では城まで送りますのでドアを閉めさせてもらいます」


 ぱたりと馬車のドアが閉まり、それからすぐに馬車は動き出した。






「おお、ジェーンっ」

「義姉上さま。お帰りなさい」


 わたしがシーグリーン家の馬車で帰ってくると、馬車のすぐ外に父とスティールが待ち構えていた。


「義姉さま。靴を」


 スティールが馬車の踏み台の上に靴を置いてくれた。わたしが川に落ちて靴を無くしたことも連絡が行っていたらしい。スティールの手を借りて靴に足を通すと、城の前でオナリーを初めとする使用人達が勢ぞろいして出迎えた。


「お帰りなさいませ。ジェーンさま」


 使用人達の出迎えの声に、帰ってきたのだと思う。


「ジェーン。本当に無事で良かった」

「義姉上さま。心配しました」


 父やスティールに代わる代わる抱擁されて、彼らに大層心配されていたのだと知った。


「ごめんなさい。ふたりとも。心配かけました」

「おまえが川に落ちたと聞いて目の前が真っ暗になったよ」

「僕も心臓が止まるかと思いました」

「わたし生きて帰ってこれて良かった」

「ジェーン」

「義姉上さまっ」


 三人で抱きしめあって感極まっていると、横から遠慮がちに声をかけられた。

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