第78話・昨晩は貞操の危機でした?


 朝日を浴びたギルバードは美しかった。染めているはずの亜麻色の髪は元からのように、端整な顔立ちの彼によく似合った。女にうまれた自分が嫉妬するくらいに彼の肌にシミ一つ見当たらないし、寝起きの彼は色気のようなものに満ちていた。


「頭とか痛くない? 昨日のきみは酔いがすぐに回って床の上で寝てしまったから、ベッドに移したんだよ」

「全然平気。それはどうもお手数をおかけしました?」


 なんでもないと即答すると、ぎろりと睨まる。昨夜の寝入るまでの記憶がないわたしは、彼の不機嫌な様子に心当たりはない。何かあったのかと思えば、彼は突如、態度を変えてにやりと笑いかけてきた。


「昨晩のきみは可愛かった。ベッドに移す為に抱き上げたら僕に抱き付いてきてね。なかなか離れなくて困った」

「そ、そう……?」

「だから寝入るまで一緒にベッドに入ることになって……」

「ま。まさか何もなかったわよね?」

「なかったよ。きみは気持ち良さそうに先に寝てしまって、僕の忍耐を試してるのかと思ったぐらいだ」


 こんなこと初めてだよ。と、笑ったギルバードの言葉に危なかった。と、思った。彼は共寝して手を出さなかった女は、わたしが初めてだと言ったのだ。もしかしたら自分が昨晩、先に酔って寝てしまったことを良いことに、ギルバードが手を出したとしてもおかしくない状況だったことを意味している。貞操の危機だった。


「きみに嫌われたくなかったからね。必死に堪えたよ。きみの柔らかな胸をぎゅうぎゅう押し付けて抱きついてくるし、角度によっては胸の先端が毛布の間から見えてしまうしね。興奮した」

「な、何を言い出すの? ギルバード」


 昨晩は裸に毛布を巻きつけたままの状態で身じろぎすれば、見えてしまってもおかしくない状況だったことは認める。でもそれをあえて言う必要ある?


「でも抱いてしまえば良かったかな? そしたらきみは僕から離れられなくなる」

「ギルバードっ」


 ギルバードは、わたしの手を取りその甲に唇を押し当てた。


「好きな女と一つ屋根の下にいて、手を出さなかった僕の我慢を認めて欲しいな」

「たまたまでしょう? 今までがゆるゆる過ぎたのよ。少しはこれを機会に改めてみたら?」

「結構言うねぇ。きみは外見はジェーンだけど、中身はジェーンではない別人みたいだ」


 ギルバードは刺すような瞳を向けてきた。痛いところを突いてくる。でも、教えるわけには行かない。彼には信用ならない部分があるから、前世の記憶があるだなんて言ったら、そこをネタに強請られそうだ。


「もう。馬鹿なこと言ってないで。昨晩、酔ったわたしに振り回されて気分を害したのかどうかは分からないけど、わたしはわたしよ。それ以外に誰だというの?」

「そうだね。色々な顔を見せてくるけど、きみには違いない」

「着替えも済んだし、帰りましょう」


 さっさとここから出ようと言えば聞かれた。


「足は大丈夫? ジェーン?」


 こういう気遣いがさらりと出来るから憎い男だ。こういう部分に女性たちはころりと参ってしまうのだろう。


「大丈夫みたい。痛みは引いたわ」

「どれ。見せて? 僕の肩に手は乗せるといいよ」


 わたしの前に跪いた彼は、わたしの怪我した足を膝の上に乗せる。わたしは片足で立つのが辛くて、彼の言葉に甘え両肩に手を乗せて体を支える形となった。


「うん。大丈夫そうだね。傷口も塞がって熱もなさそうだ」

「ギル……!」


 彼はわたしの足を離す間際に指先にキスを落とした。予期してなかった行為に心臓が高鳴る。


「迎えを呼ぶからちょっと待ってね」


 そう言うと彼はドアの前に立ち、わたしの足の指先にキスしたその唇で口笛を吹いた。


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