第68話・誰か助けて


 体からは体温が奪われるばかりで、気力も体力も失せていくばかりだ。ままならない状況にどう頑張ってみても、自然の力には適わない。自分の意図しない方向に体は押し流されて、目の前に岩が現れた時には驚いた。


(ぶつかる。もうだめっ)


 岩に叩きつけられて死んでしまうのではないかと最悪な状態を想像したら、幸いにも岩の周囲は渦を巻いていたので直接ぶつかることはなかった。

 ただ岩に吸い寄せられるように引きつけられ、岩に手を伸ばしたらそこからもう動けそうになかった。体が水流で岩に押し当てられたような状態で身動きが取れない。ここで助けを待つしかないらしい。


(誰か気がついて……!)


 しばらく岩に張り付いたまま助けが来るのを待つことにした。腰から下は重石でも乗せてるように重かった。水を含んだドレスの重みが体に絡みつく。救いは水の上に出ている上半身で、その部分は心地良い風に温かな陽光を受けて気持ちが良いとさえ感じていた。川の水流の勢いに翻弄されて軽く疲労感を感じていたわたしは、顔に差す日差しの温かさに促されるようにして目蓋を下ろしていた。そしてしばらく寝入ってしまったらしい。


 気がつけば周囲が赤く染まっていた。川岸に目をやれば狩猟小屋が目に入った。狩猟小屋は川の中流付近を過ぎた所にある。わたしが落ちた場所からここまでかなり流されてしまったようだ。鷹狩り部隊がこの辺りまで到着していれば、気付いてくれるかもしれない。ルイに同行している父や、スティールの誰かが気がついてくれたら。


「誰か……! 誰か助けてっ」


 体力が尽きそうな体で助けを求めてみたが、水流でわたしの声は消されてしまう。ぴぴぴと無情にも河岸で鳴く小鳥が恨めしかった。


(ああ。鳥になりたい。鳥になれたならこんなところ……)


 ぼんやりする視界の中で、何かの影が走った。鷹のようだ。気のせいか頭上をクルクルと回っている気がする。お腹の白い眉斑(びはん)が特徴的で、目の辺りに黒い眼帯をしたような鷹の顔には見覚えがある。確かルイの飼っているオオタカだ。


「ソウ? ソウなの?」


 呼びかけると、ヒョーと口笛を吹いたような鳴き声で応じる。そして誰かに教えるように再び高い声でピョーと鳴いた。するとしばらくして「ジェーン」と、呼びかける声がしたと思ったら、バシャリと何かが飛び込んだような音がして、バシャバシャ音をあげてこちらへ近付いて来る。


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