第69話・都合の良い夢?


「ジェーンっ、ジェーン」


 気のせいか自分の名前を呼ばれたような気がする。ぼんやりする視界の中に、亜麻色の髪をした若者が姿を見せた。この場にルイが現れるはずがない。ルイは一国の王で常に守られる側だ。彼がいくらわたしの身を案じていたとしても、川に飛び込んでわたしを助けにくるなんて有り得ない。


(これは都合の良い夢よ……)


「ジェーン。ジェーン……」

「ルイ……」


 ほらね。彼が泳ぎが達者だなんて聞いたことないもの。夢の中の彼は着水だというのに水を物ともせずに水面を掻き分けてこちらに向かってきた。そう言えば、前世の彼も泳ぎが達者だった。ある夏の長期休暇に、職場の友達数人と河岸でバーベキューをした時があった。その時に付き合う前の彼がいて、うっかり足を踏み外して川に落ちたわたしを助けてくれたのが彼だった。確かそれがきっかけで付き合ったんだっけ。


 ふと前世の出来事が蘇り、わたしもそろそろなのかと覚悟した。人間は最期の時に、過去の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡るというし。ちょうど、自分はそんな状態だ。この世に生まれてから大事に育ててくれた母や父が思い浮かび、鷹狩りに興じているらしいスティールや、わたしを助けてくれる為に、果敢に戦ってくれた侍女のオナリー、リリー、ダリー、マリー、リーズの顔が次々と浮かぶ。

彼女達はあの後、どうしただろう? 皆、大丈夫なら良いけど。宰相や侍従長、ガラム、グレイと……。


 視界が霞むせいか、視界もぼんやりしてる。


「しっかりして。ジェーン。大丈夫だよ。僕がいる」

「ルイ……?」


 耳に届いたのは優しい従弟の声。


「皆は? オナリー達は?」

「きみは相変わらずだね。自分のことよりも他の者のことを気にかける」


 ルイは川の勢いを気にする事なく、わたしを胸に抱いて泳ぎだした。


「ルイ。危ないわ。誰かが助けに来るのを待つから……。あなただけでも先に……」


 わたしは着ているドレスが水を含んでかなりの重さになっている。そのわたしを抱いて泳ぐだなんて正気の沙汰じゃない。このままではふたりとも水死しかねない。不安がよぎったわたしを安心させるようにルイはほほ笑んだ。


「大丈夫だよ。これでも僕は泳ぎが得意なんだ。皆の前では披露する機会はなかったけれどね」


 その笑顔がわたしの知る誰かに似てるような気がする。その誰かが思い出せなくてもやもやした気持ちはあるけど。


「だからきみは僕にしっかりつかまってて」


 ルイの言葉を信じすがると、彼は器用にも川の流れを利用して河岸に難なくたどり着いて見せた。河岸は思ったよりも浅かったのでルイに手を引かれて川からあがったが、長時間川の中にいたせいか足腰が冷えてうまく歩けなかった。ルイはそのわたしに根気強く付き合い、近くの狩猟小屋まで導いてくれた。


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