第65話・恐るべし、ギルバード


 昼餐時間が来て、皆で天幕の外で輪になって食事を取っている時に、ギルバードは合流した。ルイは警戒もなく「やっと来たか」と、受け入れている。隣に腰掛けているスティールに聞けばギルバードは当日、合流になっていたそうだ。そのまた隣に腰掛けている父はわたしに伝え忘れていたようで、「言ってなかったかな?」と、惚けていた。


「久しぶりだねぇ。ジェーン」


 ギルバードがわたしを見つけてにやにや笑いかけてくる。わたしの右隣が空席となっていたので、食事のトレイとグラスを持って近付いてきた。

ルイは輪の中央にいた。その隣に陣取ったイサベル王女が、こちらを挑戦的に見つめてくるけど気にはしていられない。元婚約者の方が身近な問題として迫っていた。


「隣に腰掛けても?」

「どうぞ」


 彼の意図は分からないが、先ほど女官からお金を受け取っていた辺りからして警戒するに越したことはない。下手に彼を避けると、先ほどの話を聞いていた事がばれてしまいそうで、彼を側においてじっくり観察することにした。もし、何かあれば侍女のリーズに締め上げてもらうつもりだ。リーズはと目を泳がせると、彼女はわたしの斜め後方で控えていた。


「僕はね、きみに会う為にこの鷹狩りに参加したんだよ。今日はきみの為に大きな獲物を狩ってみせるよ。命を懸けるよ」


 皆の前でわたしだけを見つめて臆せず言うギルバードに、イサベル王女の女官達が「きゃあ」と、黄色い声をあげる。ギルバードは顔は良いからね。その彼がわたしを口説きにかかってるのを見て、自分が口説かれたように思われて逆上せたのかもしれない。


 別に譲ってあげてもいいですよ。そこの女官さん達。別にわたしを睨まなくともギルバードの隣の席なんて幾らでも。


「相変わらずお口が達者ね。ギルバード。その口でこの場の女性たちのハートを鷲掴みするなんて罪作りな人だわ」

「いや僕はきみほど罪作りな人を知らないよ。そうやって僕の心を翻弄する。僕はきみしか見えてないからね。ああ、そうそう、さすがはジェーンだね。僕が鷲で参加することを知っていたんだね。それにかけて鷲掴みか。きみには全く適わない」


 そう言いながらも余裕の笑みを向けてくる無駄に顔が良い男。この男の口から飛び出す言葉は全て軽薄にしか思えない。この無駄な会話をいつまで続ければいいのやらと思っていると、狩りの再開をルイの口から告げられて、皆が立ち上がった。


 ギルバードはルイらが行ってしまうまでわたしの側を離れず、耳元に口を寄せて言ってきた。


「盗み聞きなんて悪い子だ。悪いことは言わない。天幕の中で大人しくしていることだね」

「あなたどうしてそれを?」


 ギルバードには、わたしが隠れて話を聞いていた事は筒抜けだったようだ。


「惚れた女性の匂いはすぐ分かる」

「わたし香水なんてつけてないのに?」

「とにかくここはきみの庭のようなものかもしれないが、身の回りには気をつけるんだ。なにが起こるか分からない。リーズから離れないで」


 そう言うとギルバードは、ぽんぽんと肩を叩いて行ってしまった。気をつけろってあなたが言うの? 女官からわたしを害するように言われていたあなたが? 矛盾してるわ。と、彼の背を見送る羽目になってしまった。それにしてもリーズから離れないでだなんて我が家の侍女の名すら覚えているだなんて、恐るべしギルバードだ。

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