第8話・わたし付きの侍女達は個性派揃いです


  翌日。わたしの目覚めは良かった。昨日は前世を思い出し、このままギルバードと婚姻することにでもなれば断頭台行きと知って衝撃を受けたけれど、彼への想いは完全に冷めたし、無事に婚約破棄出来そうで何よりだ。昨晩は父と婚約破棄イェーイで盛り上がったしね。

 今日も元気だ。ご飯が美味しい。と、朝食を味わっていると脇から声が上がった。


「お嬢さま。今日はよく召し上がれますね?」

「そう? 良い事があったのよ」


 普段のわたしならパンを半分しか食べないのに。と、でも言いたげなダリーは訝るように見つめてくる。ダリーはわたし付きの侍女で同い年。赤茶色の髪に緑色の瞳をした気さくなお姉さんタイプの彼女は、わたしが無理して食べているように思えたらしい。確かに以前のわたしは少食だったし、儚げな容姿から皆に自分がどのような影響を与えるかをすっかり忘れていた。


 この屋敷のクロワッサンはバターがきいててとても美味しいのだ。ここの料理人はいい仕事してますよ。それを半分以上も残してきただなんて実に損してる。行儀悪くも指でちぎったパンを口に放り込むと、ダリーがお気の毒にと言い出した。


「お可哀相に。ギルバードさまに婚約破棄を言い渡されてやけ食いですか?」

「違うから。なぜわたしがあいつに婚約破棄されたことになってるの?」


 あの男にはこちらから婚約破棄してやるというのに。そう言うとなぜか他の侍女達から同情の眼差しで見られた。婚約破棄の件はすでに侍女らに知られているらしい。侍女たちはわたしがギルバードから婚約破棄を突きつけられて、やけ食いをしてるとでも思っていたらしかった。そこ違うから。訂正しておこう。


「あんな男、わたしの方から婚約破棄してやったのよ」

「お嬢さまぁ……っ」


 わたしの発言にダリー以外の侍女らが一斉に涙ぐむ。何故だ?


「お嬢さま。そんな強がりはいりませんよ。皆、お嬢さまの味方です」

「そう。ありがとう」


 侍女達がわたしを取り囲んだ。皆、個性豊かな子ではあるが、やや思いこみの激しいところがある。先陣を切ってダリーが声をかけてきた。


「お気を確かに。お嬢さま。お嬢さまは大人しいですからね。あの軽薄男に押し切られてしまったのでしょうけど」

「ありがとう。ダリー。でも違うから。わたしから婚約破棄は言い出したことよ」

「はいはい。分かってますよ。最後まで言われなくとも」


 肩を叩かれる。いくら同い年とはいえ、主人に対してその態度、あまりにも気安いんじゃない? ダリー。それにあなた全然、分かってない。


「そうですよ。男は顔じゃありません。ハートですよ。ハート」

「そうよね。わたしの見る目がなかったみたい。マリー」


 マリーには同情の目を向けられた。わたしを可哀相な目でみるのは止めてくれない? マリー。マリーはわたしやダリーよりは二つ年下。ピンク色の髪に苺色した瞳の甘えん坊タイプの子だ。この場にいる侍女たちの中で一番年下なので皆の妹分として可愛がられている。わたしもこんな感じの子だったら、前世の彼はわたしを振ったりしなかったかもな。もう終わってしまった恋だけど。あの、わたし振られてないからね?


「元気出してください。ジェーンさま。あんな軽薄男。ジェーンさまには役不足でしたわ」

「リリー。ありがとう。しばらくは男性はこりごりかな」


 一つ年下のリリーには励まされる。リリーは金髪に青い瞳をした心優しい子だ。でも感受性が強すぎる子なんだよね。今も何を思ってか、恐らくわたしが振られて可哀相と思ってるのだろう。ハンカチを目に当てておいおいと泣き出した。違うんだってば。


「じゃあ。ジェーンさま。あいつ調子にのり過ぎているんでいっちょ絞めますか?」

「止めなさい。リーズ。物騒だわ」


 リーズはリリーと同い年。濃紺の髪に金色の瞳をした彼女は、孤児院育ちで七つのときにわたしの話し相手として我が家に引き取られたが、その事で大変恩義を感じているらしく、わたしが絡むと物騒な発言が飛び出すこともある。ちょっとだけやっちゃいなさいと言いたくなったが口を噤んだ。

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